表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰路  作者: まるだまる
294/406

291 清高へようこそ2

「千葉は相変わらず……アレか?」


 小坂の言葉に綾乃は苦笑いして頷く。


「お前は高校に入ったら運動部の方がいいと思うぞ? 絶対活躍できると思う」


 身体能力の高い綾乃だ。小坂の言ってることも間違いではないだろう。

 しかし、OBなら同じ高校を希望する後輩を勧誘するのが普通じゃないだろうか。


「あなた、漫研なの? だったら、入学したらぜひうちに」


 狐目をした漫研部長が綾乃に声をかける。

 うん。普通はこうだろう。

 だが、その言葉に小坂がさらに苦笑いを深めた。

 小坂は綾乃に紙と鉛筆を渡す。


「千葉。ちょっとざっくりでいいから描いてみて。えと、これでいいか」


「……え。今ですか?」


 小坂は部室に置いてあった小さな猫のぬいぐるみを綾乃の前に置く。

 パーツも少なく。表情もシンプルなので描き写すにしても、それほど難しいものではないだろう。

 綾乃は鉛筆をささーっと走らせていく。


「――できました」


 ……これなに?


 目の前にあるぬいぐるみは猫だ。

 でも綾乃の描いた絵は謎の生物に仕上がっている。

 扇形した鼻の形が、豚のような鼻になっている。

 三角形であるはずの猫耳が熊のような丸耳になっている。


 何故、瞳が渦巻きなのだろう。

 この稲妻みたいな髭と眉毛はアレンジだろうか。

 ぬいぐるみに牙はないけど絵には生えてるよね。

 てか、可愛らしい猫のぬいぐるみがすごく凶悪化してるよね?


「相変わらず半端ねえな」


 小坂が絵を見て小刻みに体を震わせる。

 笑いを堪えているのだろう。


「まあ、東中の漫研は普通と違う研究部だからイラスト描けなくてもいいしな」


 小坂の言ってる意味がよく分からない。

 普通と違うって意味が分からない。 


 綾乃に聞くと、綾乃の所属する漫画研究部は漫画の中身を研究する部らしい。

 漫画は主に空想世界のことだけれども、現実世界に近いシーンや内容がある。

 どこまで実現可能かどうかを研究するのが、部活動らしい。

 ギャグマンガや格闘漫画で使われるシーンが実際に可能かどうかを調べて撮影するという。

 

「ああ、それだと絵は関係ないよね」

  

「でも、ほとんどの人はちゃんと絵も漫画も描けるんですけど……私は絵の才能が全くなくて、というか、物を作る系が全く駄目でして……着いた二つ名が「湧き出す混沌」とか「秩序の破壊者」とか……ひどいですよね」


 二つ名をつけられるくらいなんて、よっぽどなんだな。

 まあ、実際に絵を見てみて分かるが、相当に不器用なのだろう。

 俺も絵が描けるわけではないが、このぬいぐるみくらいなら近いものが描ける気がする。


 狐目の漫研部長もこの空気にいたたまれなくなったのか、いつの間にか別の生徒に声をかけている。

 逃げたな。


「まあ、高校に入ったら別の部活するのもありだしね。自分の可能性に賭けてみるみたいな」


「そうですね。また、考えてみます。読むのは好きなので自分でもやりたいってのはあるんですけど」


「まあ、数をこなすのも大事じゃない? 好きなことは好きですればいいと思うし」

 

 綾乃にはそう言うだけ言って、深くコメントするのは全力で避ける。

 せっかく来てくれているのに水を差すのもよくないだろう。

 漫研から出て次の文科系の部活へと移動することにした。

 それぞれ中学にはない部活では話を聞く中学生らは興味津々な子もいる。


 特に男子が反応したのは、サバイバルゲーム部。

 文化部が集まっているところにあるが、カテゴリー的には運動部である。

 生徒会メンバーの西本が所属する部だ。

 見学に来た生徒たちは整理整頓されて棚に並べられた銃やライフルを見て、興味深げに見まわしている。


「サバゲ部部長の牧瀬里香よ。うちは中学生でもお試し参加いつでもOKだから。いつでも連絡ちょうだい」


 牧瀬は何故か見学に来た中学生にお手製のチラシを配っていた。

 上履きの色からすると、牧瀬は俺や響と同じ2年生だ。

 見たことない顔だけど、どこのクラスだろう。


 普段の部活は、野山を走り回ることも多いので体力錬成がメインだという。

 ハンドサインやコールサインなど、作戦を実行するために覚えなくてはいけないことも多いらしい。

 ゲームもフラグ戦、殲滅戦、陣地攻略戦と数種類あるらしく、それぞれに応じた作戦が必要なのだと言う。


 牧瀬は棚に飾ってあったハンドガンを一つ取り出す。


 慣れた手つきで弾を込め、壁に貼ってある的に狙いをつける。

 パスパスと軽い音がして弾が発射され、弾は的のど真ん中に当たった。


「この距離なら確実に当てられる。相手が動いてないからだけどね」

 

 見学用のパフォーマンスだったらしい。


 興味を持った男子の一人が「撃たせてもらっていいですか?」と牧瀬に聞くと、

「どうぞ、どうぞ。危ないから人には銃口を向けないでね」

 と、銃を受け渡す。

 他の部員も付き添いみんなが楽しめるようにしていた。 

 

「意外とみんな食いついてるな」


「最初だけよ。やり始めると体力的についてこれなくなる子が多くてさ。入っても辞める子が多いのよ。うちの訓練厳しいし」


 俺が聞くと牧瀬がため息を吐きながら答える。

 2年生にしてサバゲ部の部長か。何か北野さんに感じが似ている。

 何となくカリスマというか、そういった気迫を感じるというか。

 あと胸が残念なところも似ている。

 そう思った途端、背中にゾクゾクとしたものを感じる。

 この気配は見なくても分かる。 


「……どうした響」


「……今どこを見てたのかしら?」


 どうやら俺は常時監視されているらしい。

 怖いので真後ろに立つの止めてもらえませんか?

 それとその準備している手刀は鞘に納めてもらっていいか?


「そんなに見たいなら、ずっと私のを見ててもいいのよ?」

 

 え、マジですか? 響って意外と大きいもんね。

 愛と比較してもそれほど大差ないはず。

 俺の腕がそう覚えている。 


 いやいやいや、何を考えてんだ。駄目だ。駄目だよ。

 女の子の胸をずっと見てるなんておかしいだろ。

 俺どんだけ変態なんだよ。


「東条、いちゃつくなら他でやってくれる?」

 

 牧瀬から文句を言われた。そう見えるよね。申し訳ないです。

 だけど、牧瀬の様子がおかしいな。

 俺にはフレンドリーな感じで接してきたのに、響には言葉に棘があるような。


「牧瀬って何組?」


「E組だけど?」


 響と同じクラスじゃねえか。響も言えよ。

 んー。この様子だと響に好印象を持ってるって感じじゃないな。

 やけに目を逸らしてるし……。


「響、もしかしてこいつって固まる人?」


 牧瀬に聞こえないように小声で響に聞いてみる。


「さらに正確に言うなら、私と揉めた張本人よ」


 お前な、そういう情報はちゃんと先に入れとけよ。

 そうか。こいつがクラス委員を決めるときに揉めた相手って訳か。

 俺の勝手なイメージで意地悪そうなやつが相手だと思っていたけれど、そうじゃないようだ。

 

 牧瀬は見た感じで悪い奴に見えない。

 いざこざでお互い印象が悪く残った結果ってところか。


 牧瀬は2年生にして部長をしていることを考えると人望はあるのだろう。

 本人は意識していなくてもクラスで影響力を発揮していると考えるのが無難か。

 

 響は歩み寄るタイプではないし、牧瀬もそのタイプかもしれない。

 何とかできないものか。

 

「響さーん。今度一緒に――」


 綾乃が響に声をかけた途端、響が反応してしまい目を直視。

 哀れにも即座に綾乃は固まってしまった。


「あ、こら。二人とも気を付けろって言っただろ」


「綾乃さんごめんなさい。つい目を見てしまったわ」


「あー、響ちょっと一回外に出とけ。次は気を付けろよ。あ、ちなみに外にいろよ。うろつくなよ」


「分かってるわ。外で待ってるから声をかけてもらえるかしら」


 響がサバゲ部の部室から出たあと、綾乃の身体がぴくぴくっと動き出す。


「ぷはあっ。油断した。明人さんすいません」


 息を吐きながら、指をワキワキとさせて確認する綾乃。


「いや、俺はいいけど。そういやそれって大丈夫なのか?」


「ああ、全然なにもありませんよ。ただ身体が動かなくなるだけなので」


「……ねえ、それってどういうこと?」


 俺と綾乃の会話を聞いていた牧瀬が質問してくる。

 ああ、そうか。そういや牧瀬も揉めたときに固まったんだっけ。

 誤解を解いておくのも必要だ。

 だが、それは響を戻してからした方がいいだろう。

 

 牧瀬に少し待つように言い、響を呼び戻す。

 響が戻ってきたところで、牧瀬に響の特異体質について話した。

 

「――金縛り?」


「ああ、男子は全滅らしいけど、女子は一部の人がなるんだと。お前もその一人ってことだな」

 

「それって、東条の意志で何とかできないの?」


「できるならとっくにやってるって」


「ああ、それで東条が人と目を合わせない理由が分かった。ちょっと東条、そうならそうと早く言いなさいよ。私ずっとあんたのこと誤解してたわよ。お嬢様だから高慢ちきで庶民は相手にしないんだって」


「ひどい言いようね。一度もそういう風にした覚えはないんだけれど」

  

 まあ、響が説明しないのも悪いが、そうそう信じてもらえないことだけに説明できなかった部分もあるだろう。

 そもそも説明する前に相手が固まる恐れがある。

 牧瀬も思い込んでいたのはよくないが、これが改善されるきっかけになればいいと思う。

 

「よし、これであんたに言いたいことが言えるようになるわ」


「あら? 言いたいことがあったのかしら?」


「まず先に、ごめん。クラス委員選出のとき、私は規則を知らなかったからあんたを責めた。あとから西本に聞いたの。それを謝りたかった。次、文句。あんたさ、もうちょっとクラスに馴染みなさいよ。みんなあんたに気を遣ってんのわかんない? 生徒会とか習い事で忙しいのは分かるよ。でもさ、クラスイベントとかもっと積極的に絡みなよ。我関せずって態度が気に入らないのよ。よし、とりあえず満足した。――次からは私も協力するからさ」


 牧瀬は一気に吐ききると満足そうな笑みを浮かべる。 

 その言葉と牧瀬の表情を見て、響が珍しくポカンとした顔をした。

 そして、また珍しく笑みを浮かべると、


「私もごめんなさいね。誤解を解く努力を惜しんだわ。あと一つ、一度くらいぶつかったくらいで音を上げないでもらえると、こちらも対応のしようがあるんだけれど」

  

「あんたも言うわね。あー、なんかすっきりした」



「あのー明人さん。これってどういう感じなんでしょうか?」


 横にいる綾乃が状況が見えずに困惑していた。


「綾乃ちゃんのおかげでわだかまりが解けたってことだよ。偶然とはいえいい仕事したってこと」

 

 そんな綾乃の頭をぽんぽんとして撫でておく。

 綾乃はよく分かっていない様子だったが、綾乃がいい機会を与えたのは間違いないだろう。


「あら? 明人君、しまったわ」


 響の声に視線を戻すと、響が手を口に当てて牧瀬をじっと見ていた。

 その牧瀬は響の目を直視したらしく、固まっていた。


「つい、相手の目を見て会話をしてしまったわ。躾が行き届いてるのも困ったものね。ところで明人君、私のポケットにはペンがあるんだけれど髭とか描いてもいいかしら?」


 やめろ。せっかく仲良くなる機会がきたのに自分で壊す気か。

 牧瀬の目がすごい拒否してるぞ。顔まで真っ青になってるじゃないか。 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=617043992&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ