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帰路  作者: まるだまる
293/406

290 清高へようこそ1

 週明けの月曜日。

 本居先生から週末に引っ越してくることを告げられた。

 俺が不在中に引っ越しはよくないと感じたらしく、俺がいる時間帯に行う予定だ。


 その翌日の火曜日、オーナーと春那さんがてんやわん屋を訪れ、春那さんらも週末に引っ越してくると報告を受けた。引っ越し準備をする間、美咲は邪魔になるので預かっていてほしいと春那さんに言われる。

 美咲は先行してうちで暮らし始めることになり、美咲は美咲で「お世話になります」とあっさりしていた。やけに嬉しそうだったけれど、邪魔者扱いされたってことちゃんと分かってるんだろうか……。

 俺としては、一人じゃなくなるからそれはそれで嬉しいけれど。 


 そして本日、水曜日。

 案の定、預かった美咲を起こすのに苦労した。

 美咲は床敷きの布団で寝ると移動範囲が広いせいで逃げるようにコロコロと転がる。


 何とか起こしたら起こしたで、朝っぱらからハグを要求してくる。

 放置して朝食を並べていると、俺の視界に入るところで拗ね始める。


 面倒なので、自分の背中をとんとんと叩き「あんまり邪魔するなよ」というと、犬みたいに寄ってきて背中にへばりついていた。美咲がへばりつくのは慣れたけれども、頼むからブラをつけてからにして欲しい。

 背中といえど、感触は伝わるんだ。


 本居先生らと一緒に暮らすことは公にすることにした。

 変に隠した方が色々と大変なのは美咲と一緒に暮らして経験済みだ。

 

 太一に話したときは、

「マジかよ!? 春那さんと美咲さんも一緒にって……お前、それ最高にヤバくね? あんな美人が二人一緒に暮らすって、もしかしたら、着替えてるところに遭遇とかいうラッキーイベント起きるんじゃね? 俺も泊まりに行っていいか?」


 とても羨ましそうに言ってくる太一だったが、泊まりに来るのはいいとして羨ましい出来事なんぞ期待せん方がいい。そもそもそういうことは起きないし、春那さんは血が騒いだら俺を襲おうとするし、そしたらそしたで美咲からのお仕置きが自動的に俺に降りかかってくる。


 日曜日にバイトへ行く前の午前中だけでも三回発生したんだぞ。春那さんがいると、やけに美咲がピリピリし始めるから俺は気が気でない。

 美咲も美咲でバイト中に急に思い出して、いきなりお仕置きしてきて大変だった。理不尽だと訴えたが、美咲の迫力に負けてそれ以上文句は言えなかった。


 アリカはアリカで、俺と美咲が同居する話を聞いた途端、ボディブローしてきてそのままアイアンクローで俺を沈めて戻って行った。顔を合わせたときは機嫌が良かったのに、あの機嫌の変わりようは止めてほしい。一体、俺が何をした。


 愛に話したときは、目が点になったあと、しばらく呆然としていたが、

「……明人さんに手を出したらろう漬けにしてぶっ殺す」

 と、病んだ表情で物騒な独り言を呟いていた。

 

 響に話したときは、話が終わった途端に俺の腕を掴むと同時に地面に打ち倒し、

「どういう経緯でそうなったのか、聞きましょうか?」

 俺の腕を極めながら、のしかかりながら無表情に聞いてきた。

 決断即実行は止めていただきたい。とても痛かったし、無表情が怖かった。 

 話すことは最初に全部話してるのにこれ以上なにを言えと?


 結局、響も愛も俺の説明に納得できないようだったけれど、最終的には二人とも俺が隠さないで正直に話したということで引いてくれた。

 この件がきっかけで響と愛が俺の家へと来訪してくるのが増えてくるのである。

 

 

 ☆

 水曜日。


 今日は近隣の中学生が高校見学に来校する日。

 生徒会からの依頼で手伝いの俺と太一は体育館の檀上に集合していた。


 既に体育館には、バスでやってきた近隣の中学生が説明会を聞くために集まっている。

 中学一つ辺りおおむね三〇人というところか。思ったより多いな。


 俺が通っていた南中の制服姿になんだか懐かしいものを感じる。

 今思えば、あの頃は家族関係も良好で何一つ悩みなどなかったように思う。

 

 俺と響は西中――清和西中学校を担当する予定だ。

 西中は響やアリカ、愛の出身校でもある。

 西中だけ女子もブレザーで、他の中学の女子はセーラー服だ。

 制服姿の中学生を見ると、やはり俺たちよりも幼い顔立ちが多く感じる。


 視線を移していると、東中の列に綾乃の姿を見つけた。

 一緒にいる子とぼしょぼしょと話している。

 上から見ると意外と見えるもんだな。   

 

 教頭先生が壇上に上がり生徒たちに挨拶。

 それから生徒会長の挨拶に移り、俺たちもざっくりと紹介された。


「では、このあとはそれぞれの引率に従って行動してください」


 俺と響は予定していた西中の生徒たちの列へ移動開始。

 すると、坂本先生に呼び止められた。


「ごめん。急で申し訳ないけど、木崎と東条は東中見てくれる? 西中に面倒な子がいるらしいのよ」

 

 坂本先生は中学生たちに聞こえないようにぼそぼそと小声で囁く。

 面倒な子? ぱっとみで何となく分かった。

 明らかに俺は強いぞ、俺は不良だぞって雰囲気を出している奴がいる。

 周りにいるやつもビビっている感じだ。

 普通なら関わり合いたくないタイプだな。


「何なら、叩きのめしますけど?」


 響がさらっと言うけれど、それこそ問題になるから止めろ。

  

「万が一に備えて職員で対応するから。東中お願い」


 結局、俺と響は急きょ変更となり東中担当へ。

 東中の生徒の前に行き、「では、案内します。着いてきてください」というと、生徒たちは素直についてくる。

 奇麗な顔立ちをした響がきたせいか、男子が浮足立ってるのが見て分かる。

 おまえら落ち着け。とりあえず眺めて満足しとけ。下手に声かけるなよ。

 響は人の目を見て話す癖があるからな。数回は男子が固まることを想定しておこう。


 さっと見た感じ、さっき見た西中の不良少年のような悪ぶってる子はいない。


「響、さっきみたいな奴はいないようだけど、お前は別の意味で注意しておけよ」


「分かったわ。男子は明人君に任せるから。それよりも綾乃さんがいるのは少し問題ね。目を見て話せないから困るわ」

 

 女子にも固まる子がいるから、女子を担当する響が心配するのも分かる。

 特に固まるのが分かっている綾乃には先に声を掛けておく方がいいだろう。   

  

「綾乃ちゃん」


 同じ学校の女子と話していた綾乃に声を掛けると、二人とも一緒に振り向く。


「ああ、明人さん今日はお願いします。明人さんが担当だったんですね。兄からは先生だって聞いてたんですけど」


「ああ、急きょこっちになったんだ。よろしく。響も一緒だから気を付けてね。他の子も危ないかもしれないから」


「はい。了解しましたです」


 隣にいた女子は何が危ないんだろうと不思議そうな顔をしていた。

 目を見たら固まるかもしれないって言っても訳が分かんないだろうな。

 

 俺たちが移動を開始すると、バレー部とバトミントン部が待ってましたとばかりにコートの準備に取り掛かる。やけに張り切って準備しているけれど、アピールのつもりだろうか。


 まずは、それぞれの階と購買部やら特別教室を回っていく。

 教室では部活をしていない生徒の一部が残っていて、中学生の団体を見て話が盛り上がっているところを見ると新たな話題となったようだ。 

 

 一年C組の前に来ると教室内に愛の姿が見えた。花音とジャージ姿の留美も一緒にいる。

 留美はぱっと振り向き俺たちの姿を見るや、慌てた表情を見せる。


「やっべ。もう見学始まってる。先輩に怒られる。じゃあ、行くから」

「行ってらっしゃーい」

 花音はにこやかに手を振って留美を見送る。


 愛はというと――


「明人さん、愛に何か御用でしょうか?」


 俺を見つけて留美が挨拶するのも構わず俺に迫っていた。

 また瞬歩使ったよね?

 留美が移動する数倍の速さで入り口にきたよね?

 今度、どうやればできるのか教えてもらっていい?

 それよか、留美ちゃん放っておいていいの?


「あれ、綾乃ちゃん?」


 視界に入ったのか。身体を傾けながら綾乃に呼びかける愛。

 

「どうも、愛さん。お久しぶりです」


 くしくしと前髪を指で撫でながら答える綾乃。

 呼ばれたせいで周りから注目を浴びて少し恥ずかしいようだ。


「あれ、やっぱり綾乃ちゃん背が伸びてる」


 綾乃の横に並んで確認しながら愛が言った。


「最近、急激に伸びたんです」

   

「愛と変わんない感じになったねー」


「いやあ、でも愛さんにはスタイルで全然負けてますし」


 綾乃の視線が愛の胸元に行く。

 確かに愛は、胸は大きいし、腰は細いし、ぷりぷりとしたお尻でスタイルいいからな。

 俺も一緒になって視線を移した途端、脇腹に響の繰り出した手刀が突き刺さる。


「何を下品な視線を送っているのかしら?」


 みんなの前で手刀は止めてほしい。しかも、結構深かったぞ。

 まあ、確かに邪な視線を送ったのは事実なので反省しよう。


「響さん、愛は別にいいんですよ? 明人さんなら生で見せ――むぐ」


 綾乃が俺より素早く反応して愛の口を塞ぐ。

 愛の耳元で何か囁くと、愛はこくこくと頷く。

 素晴らしい。さすがは綾乃。気が利くところは太一の妹だ。

 ああ、こらこら。男子諸君は変な妄想するなよな。

 と、言ったところですでに遅いだろうけど。

 

「失礼しました。うちの学校はいいところなので希望してくださいね」


 綾乃が手を外すと、愛はにっこり笑って引率していた中学生らに語り掛けた。

 ああ、これ何人か男子はやられたな。

 まだ純情な子が多いのだろう。愛に見惚れてる感じが伝わる。 

 その視線を感じ取ったのか、愛は笑みを深める。


「――ちなみに愛にはすでに明人さんという彼氏がいるのです」


 余計な一言はいらん!

  

「聞き捨てならないわね? いつから明人君が彼氏になったのかしら?」


 そこで響も食いつくな!

 そこは全力で流すとこだろ。


 響は一歩愛へと詰め寄る。愛はふふんと鼻を鳴らし迎え撃つ気満々だ。

 お前ら、一日一回は言い合いしないと気が済まないのか?

 さすがに見学者の前では止めなさい。


「はい、ストップ。響さんも愛さんもみんなの前ですから!」

 

 響と愛の間に即座に割って入る綾乃。君は本当に気が利くいい子だね。

 もし俺の妹だったら、俺自慢してたよ。


 あー、しかし、俺を見る生徒の目が痛いものを見る目に変わっている。

 これは印象悪くしたかもしれない。


「愛も実はこのあと部活なんです。そろそろ行きますです」


「あれ? 火曜日と木曜日だけじゃなかったっけ?」   

 

「今日は見学に来るということであるんです。あ、その代わり明日はないのでお勉強会は明日でもいいですか?」


 ああ、そうか。本来だったら今日は愛と勉強する日だった。

 愛と約束しなおすと愛は花音の元に戻り少し言葉を交わすと鞄を手にする。


「では、調理部でお待ちしています~」


 愛はひらひらと愛嬌よく手を振って調理部のある家庭科室へと向かっていった。


「調理部ってのもあるんだ?」と小さな声が聞こえる。

 俺も中身は詳しく知らないけれど、愛は勉強になるって言ってたよ。

 料理に関してはものすごく真面目な子だから、それは太鼓判押せるよ。


 校舎内を順々と巡っていく。

 吹奏楽部や美術部、放送部、新聞部と代表的な文化部を回っていく。    


 川上や柳瀬の姿もあったが、特段変わった様子はない。

 それよりも何だか真面目に部活動しているように見えた。


 響が言うには、どの部活もいつもより部活らしいことをしているようだ。

 見学に来るから、それに合わせて見栄えよくしているらしい。

 まあ、人に見られるのにちゃらんぽらんな姿は見せられないからだろう。

 漫研と書かれた部室前で、「あやのん、漫研だ」と声が聞こえた。


 綾乃も中学で漫画研究部に所属しているって太一が言ってたな。

 なら、ここも興味があるだろう。


 ドアをノックして声をかける。


「はーい」


 と、可愛らしい声が返ってきた。


 ドアが開き、中から出てきたのは漫研の女部長だった。

 おかっぱ頭で狐をイメージさせるような目の細い顔した人だけれど、声が妙に可愛い。

 上履きの色からして三年生のようだ。

 

「あ、中学生の見学ね。どうぞ、どうぞ」


 俺たちの後ろに並ぶ中学生たちを見て、気さくな感じで中に入るように促される。


「この高校に入ったら、漫画とかイラストに興味ある人はぜひうちに来てね」


 と、部長は今から勧誘モードに入っていた。


 部室の壁には綺麗に書かれたイラストや背景が並んでいる。

 イラストはファンタジーぽいものから和装姿の侍などが並んでいた。

 

「うちとは違う。ちゃんとした漫研だ」


 ぼそっと綾乃が呟いたのが聞こえた。

 漫研に違いがあるのか?

 

「千葉?」


 座って背景画を描いていた男子が顔を上げると、綾乃の姿を見て声をかけた。


「あ、小坂先輩。お久しぶりです」


 綾乃も行儀よく姿勢を正して頭を下げて挨拶。

 どうやら、東中出身の生徒で綾乃が所属する漫研のOBらしい。

 上履きからして1年か。


「みんな元気?」


「はい、変わらず元気です。活動はしっかりやってますよ」


 すると、小坂は苦笑い。


「俺の時もそうだったけど、東中漫研はイラスト書かないからな。よく続くよな」


 どういう意味だろう。

 漫研って漫画とか描くところじゃないの?



 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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