288 明るい家族計画3
冗談だと思っていたが、3人は本気で泊まりに来たらしい。
お泊りセットを持参してきた本居先生と春那さんには順番に入浴してもらった。
後に上がった春那さんは、美咲がやっていたみたいに風呂上りのスキンケアをしている。
濡れた髪が色っぽい。春那さんってあんまり化粧してもしなくても変わんないんだよな。
化粧するとより顔がはっきりする感じになるらしいんだけれど、俺にはよく分からない。
あまりじろじろ見るのも失礼なので、視線を本居先生に移す。
先に上がった本居先生は籠の中にいた猫たちを解放していた。
籠から出された2匹――ルーとクロは本居先生から離れない。
この様子だと、随分とクロも先生に馴染んでいるようだ。
どうやら初めての場所で警戒して緊張しているらしい。
緊張を解くためか、本居先生はおもちゃを使って二匹と遊びはじめた。
するとすぐに緊張が解けたのか。遊びに夢中になり始める猫たちだった。
灰白猫のルーは少し太めの猫だけれど、のんびりした気質のようでちょっとどんくさい。
太一が助けた黒猫ことクロは元気溌剌でやんちゃという言葉がよく似合う。
本居先生が与えたおもちゃを追いかけて、家の中をあちらこちらと走り始めた。
こらこらクロ、興奮してカーテンによじ登るな。また降りられなくなるぞ。
ルーは止めとけ。お前がやったらカーテン破れそうだ。
楽しそうだな。本気で俺も混ざりたい。
俺は改めて俺のために来てくれた2人に向かって頭を下げる。
「お恥ずかしいところを見せました」
「いやいや、明人君。私はこれでも君の相談役だ。君を表からも陰からもサポートする気満々だ。今後もこういったことは不躾にガンガンするから覚悟しといてねー」
「ところで明人君。そのままでいいのかい?」
春那さんが俺の背中に張り付いた美咲を指差す。
俺が泣いてからずっと俺の腰をしっかりと抱いてへばりついたままだ。
美咲にも風呂に入るように言ったが、俺から離れず今の現状である。
「もう大丈夫って言ってるのに離してくれないんです」
「駄目。まだ駄目。絶対駄目」
「美咲、もう本当に大丈夫だから。俺もルーたちと遊びたいんだけど」
「駄目。駄目って言ったら絶対駄目!」
「――だそうです」
ぎゅうと俺を抱きしめて離さない美咲に困ったものだけれど。
どうやら俺を心配しての行動みたいで、無理に剥がすこともできずにいる。
「明人君、ああ、そのまま聞いてくれていいよ。今の今考えたんだけどさ、君さえよかったら私と一緒に暮らさない?」
「へ?」
本居先生の言った意味が分からず間の抜けた声が出る。
「ちょっと考えたんだ。君に行動を報告してもらうつもりでいたんだけれど、どうせなら近くで見ていた方がいいかなって。君は家事ができるとはいえ、未成年ということに変わりはない。子供が一人で暮らすっていうのはいかがなものかというのもあるし、私は君の相談役であり、いわゆる保護者代理でもある。君のお父さんからもそのつもりでいいとも言われている。だったら一緒に暮らした方が便利じゃないかな?」
「いやいやいや、先生ちょっと待った。独身女性が同じ学校の生徒と、しかも男子と同居はまずいでしょ」
「何で? 保護者代理なのに。もしかして私、襲われちゃう?」
あの、そういう余計なこと言わないでもらえます?
俺の腰を抱いている美咲の腕に力が籠ってきているので。
このままベアハッグに移行しそうな勢いなんですけど。
「襲いませんって! それに、もし暮らすとしても俺が先生のところに行くんですか?」
「逆でもいいよ? 私がこの家に引っ越してくるのもあり。いや、そっちの方が私的にはいい。ここだと駐車場もあるし、うちのマンション家賃も駐車場も高いんだよね。雨の日とか学校に送ってあげられるよ? それにもれなくルーたんとクロちゃんがついてくるよ。いい考えじゃない、どう?」
「……」
ルーとクロがついてくるのは大歓迎だが、そんな簡単に即答できるわけないだろ。
「沈黙は肯定とみなすって言ったでしょ。よし、それではさっそくおっちらおっちら引っ越しさせてもらおう。一週間もあれば後は大物だけで済むでしょ」
「文先輩。引っ越すだけならオーナーに言えば明日にでも可能ですよ」
「ああ、その手があったか。おじさんの力を借りよう。おじさんには借りもあるけど、貸しもたくさんあるからね」
おい、ちょっと待て。何をどんどん話を進めてるんだ。
父親にだって話して了解を取らないとまずいだろ。
「えーと。それでは――」
「……納得できない」
この低音は聞き覚えがあり過ぎる。
黒美咲の声だ。
「なんで明人君が文さんと一緒に暮らす話になってるの?」
美咲が何を怒っているのか分からない。
そんな美咲に本居先生は、
「じゃあ、みんなで暮らしちゃう? あ、すっごいいい考え。春那と美咲ちゃんも今のアパート引き払ってこっちに移っちゃえばいいんだよ。明人君も美咲ちゃんを毎回送ってるんでしょ? ここだったら一緒に帰ってくればいいだけじゃない。美咲ちゃんの場合はここの家に居候してたときもあるんだから、全く問題ないでしょ。これすっごいよくない? 春那もまた出張とかあっても平気で行けるし、それぞれ生活費とか出しあえばかなり予算も浮くし」
本居先生の提案にその場にいるみんながポカンとした。
何、言ってるんだこの人。
「あのー、文先輩? 私もいきなり同居ってのは予想外なんですが」
「春那。ちょっと耳貸しなさい」
本居先生は春那さんにこそこそと耳打ちする。
すると、春那さんはニヤリとしながらうんうんと頷く。
「なるほど。それはそれで面白いですね。だとしたら、今のアパートを契約を解約しないといけないか。すぐには厳しいかな……」
え、春那さんまで何で急に乗り気になってるんだよ。
マジで本居先生の提案に乗る気か?
「おや、明人君。私と一緒に暮らすのは嫌かい?」
「嫌じゃないですけど、本気で言ってます?」
「だって……明人君を襲うチャンスが増えるじゃないか」
マジですか!?
冗談だと思ってたけど、未遂とはいえ一度前科があるだけにそうだとしたら怖いような、嬉しいような。
俺の横で小さくプチっと音がすると同時に、俺の腰からみしみしと音がし始める。
「おしおきだあああああぁっ!」
「ぐあああああああああああああああああああっ!」
何でお仕置きされたんだ?
頼むから教えてくれ。
☆
本居先生は、みんなで一緒に暮らすことは本気のようで色々聞いてきた。
「部屋的にはどうかな? 私はできれば自分の部屋を貰いたいのだが」
うちは無駄に部屋が多い6LDKなので、父親の部屋と俺の部屋以外にあと4つある。
1つは1階にある和室だけど。そこも使っていない。
「空いてる部屋なら4つありますけど……」
「じゃあ、みんなそれぞれ部屋が貰えるってことだね。ばっちりじゃん。先に言っとくけど、家事は期待しないでほしい。インスタントとコンビニ弁当が私の主食です。家事の主担当は春那かな。明人君がサブ。美咲ちゃんは目を逸らしたから私と同類だね。味見担当は私に任せてもらって、副担当を美咲ちゃんにしよう」
本居先生は面白がって何だかどんどん一人で話を進めてしまっている。
春那さんも「引っ越すとなると……」とスケジュール帳を取り出してにらめっこしている。
「何か勝手に話が膨らんでっているけれど、美咲はどうなの?」
「私は……春ちゃんがここに移るって言うならついてくる。私、一人じゃ暮らせないし。それにここで過ごしたこともあるから、私は全然平気。明人君こそどうなの? 私たちが一緒に暮らすと困ったりしない?」
困る?
「正直な気持ち言っていい?」
「うん」
「美咲とまた一緒に暮らすなら朝起こすのが大変だなって。それ以外は困ることないよ」
俺が言うと、顔を赤くしてぷくっと頬を膨らませる美咲だった。
「明人君は意地悪だ!」
美咲のいう困るどころか、これで1人じゃなくなると思っている自分がいる。
でも、こんな話うまくいくわけがないと分かっている。
父親にどう説明する。どうやって理解してもらう。
本居先生はともかく、春那さんや美咲まで一緒に暮らす理由が見当たらない。
そんなことができるように思えなかった。
「とりあえず、美咲もいいかげんお風呂入ってきなよ。美咲で最後だから水は抜いといてくれよ」
「うん。わかった」
とりあえず、みんなには美咲が使っていた部屋で寝てもらうことにするか。
布団足りるかな。美咲が使ってた他にもう一組はあったよな。
本居先生は布団はなくてもいいと言っていたけれど、そういう訳にもいかない。
ああ、そうだ。最悪、美咲には俺のベッドで寝てもらおう。
そうしたら、寝相の悪さで移動することもないはず。
俺がリビングで寝れば問題ないだろう。
「春那さん、俺ちょっとみんなが寝る布団の用意してきますね」
「ああ、それなら私も手伝うよ。断ると今から襲うよ?」
春那さんが言うと冗談に聞こえない。
お客さんに手伝ってもらうのは気が引けるんだが。
「分かりました。じゃあ一緒に」
通路に出ると、浴室から美咲の悲鳴が聞こえた。
「ええええええええええっ! おかしい、また太った!?」
まあ、今日の晩飯も美咲にしては食べてたからな。
とりあえず、無視しておこう。
☆
来客用の布団の数が足りない。うちには二組しか来客用の布団がなかった。
とりあえず、敷いた布団をくっつけて幅を広くしてみる。
女性三人が寝るのには問題なさげだが、美咲の寝相的にどうだろう。
いや、美咲の寝相を考えると、これでも駄目っぽいな。
くっつけた布団をまた離して敷きなおす。
「ここは本居先生と春那さんが使ってください。美咲には俺のベッド使ってもらいます。美咲は寝相悪いから組み合わせ的にそっちのほうが無難でしょ。俺はリビングのソファーででも寝ますよ。十分寝れますし」
「いいのかい? 何だったら私と一緒に寝るのも有りだよ? あ、やばい。文先輩が隣に寝てるのにするって考えるだけでゾクゾクする。音を立てないようにするのってすごく興奮しそう」
あんた一体何する気だ。
急にもじもじしだして何言うかと思ったら、この人怖い。
あ、なんか目つきも怪しくなってきてる。
これは春那さんの火が着く前にさっさとこの部屋を出よう。
また、襲われては敵わん。
リビングに戻ると、本居先生が誰かと電話中だった。
「――今、降りてきました。代わりますね」
本居先生は携帯電話を差し出してくる。
「――明人君のお父さんだよ」
「父さん? ――もしもし?」
父さんからの電話は、この家で本居先生と同居するのを認める内容だった。
父親もその方が安心らしく、本居先生からの提案を飲んだらしい。
それに加えて、
「は? 父さんマジで言ってんの?」
『藤原美咲さんと牧島春那さんも一緒にだろ? 三人で明人をサポートするって話を本居先生から聞いて、私としてはその方が安心なんだ。藤原美咲さんは一度顔を見ているし、本居先生も二人は信頼できるとおっしゃってね。坂本先生の後を引き継いでくれただけでもありがたいのに、明人のことを考えてくれてるよ』
本居先生は父さんにどんな説明をしたんだ。
完全に丸め込まれてるじゃないか。
てか、変に親馬鹿なところ出さないでほしい。
『じゃあ、皆さんに迷惑かけないようにな。困ったときはちゃんと皆さんに相談するんだぞ。本居先生に代わってくれ』
本居先生に携帯を返す。
「――はい。代わりました。――――はい。まあ、今月中には移ります。なるべく早い方がいいと思いますので――――ええ。では、また例の形で報告はさせてもらいます。――はい。では、失礼します」
携帯を切った本居先生はニヤリとする。
「これでお膳立ては整った。明人君これからよろしくね」
「さすがは文先輩。思いついたら即行動するのは昔と全く変わってない」
春那さんが本居先生を見つめながら苦笑して言った。
マジで本居先生の行動力半端ないんだけど。
こうして、本居文香、牧島春那、藤原美咲の三人と同居することが決定した。
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