28 看板娘と密約3
しばらくすると、珍しく客の入りが多くなってきた。四人連れで入ってきた男の客は音楽関係の商品を手にとっては、ああでもない、こうでもないと討論しているようだ。見たところ学生のような感じだ。
そのうちの一人が、やたらとレジの方を見ている。
いや、美咲さんを見ているのか?
ちらりと、美咲さんを見ると、俺と目が合い小首をかしげている。
美咲さんは客からの視線に気がついていないようだ。
「明人君なに?」
俺の視線を疑問に思ったのか、美咲さんが聞いてきた。
「あの人達見たことありますか? 何か美咲さんを知ってるような感じで、さっきからこっちを見てますよ」
「んー。見覚えないけどねー」
指を顎にやり、思い出そうとしているが、記憶になさそうだ。
あの男は美咲さんの美貌に惹かれているのだろうか?
春那さんは、美咲さんが大学でも大人しくて男の影も見ないと言っていたが、これだけ人懐っこい美人がもてないわけがないだろうに。
「美咲さんって、大学とかで仲がいい男の人いないんですか?」
「へ? 男の子で? いない、いない! だって私、全然もてないよ?」
……この人、マジで言ってるんだろうか?
「美咲さん。それはないでしょ?」
「え? 本当だって、私声かけられたことなんて、今まで一度しかないし、それだって、春ちゃんと一緒にいた時だよ? 大学だって、私から話かけても冷たくされること多いし……」
……それは多分緊張しているんだろう。美咲さんみたいな美人に声かけられたら、女慣れしてる奴ならともかく、普通の男ならドキドキして固まってしまうと思う。
俺も美咲さんと初対面の時、心臓を何度も攻撃された覚えがあるし。
「だから大学でも、いまだに親しい男友達いないわ。自分で言ってて、なんて寂しい大学生活送ってるのかしら……」
美咲さんの表情が一気に暗くなる。もしかして気にしてるのか?
「いやいや、美咲さんは綺麗すぎて普通の男なら緊張しちゃいますよ。俺だって、美咲さんとここで知り合ってなかったら、近寄れなかったと思います」
これはフォローじゃなくて本心だ。
「わ、私が綺麗?」
俺の言葉を聞いた美咲さんは、かあっと頬を染める。
「自覚ないんですか?」
「だって、そんなこと言われたことないもん」
「この間、俺が言ったじゃないですか?」
「え? あれ冗談でしょ?」
顔を赤らめたまま、慌てた表情で俺を見る。
「え? 冗談だと思ってたんですか?」
「へ? え? ええええええ!?」
美咲さんは、俺が本心で言ったことに気付くと、さらに顔を真っ赤にして慌てふためいている。
「春那さんだって、顔はいいのにって言ってたじゃないですか?」
「だって、春ちゃんは家族みたいなもんだから、あばたもえくぼって言うじゃない」
あれだ、この人マジだ。マジで自覚ないんだ。
「美咲さんはマジで綺麗ですよ。鼻にかけてないなと思ってたけど、自覚が無かったんですね」
「私が……綺麗……」
そう呟くと、力が抜けたようにヘナヘナと椅子に座り込んだ。
自覚して急に恥ずかしくなったのか、俯いて何かぶつぶつと呟いている。
これは、しばらくほっておいたほうが良さそうだ。
視線を美咲さんから四人連れの男に戻すと、商品を手にした男が購入を決意したのか、手にしたままレジに向かってくる。
美咲さんは、まだ俯いてぶつぶつ言っていたが、俺が「お客さん来ましたよ」と言うと、虚ろな表情で立ち上がった。美咲さん、その表情はちょっと怖い。
男はレジに商品を置くと、美咲さんに向かってこう言った。何で俺じゃない?
「すいません。これの型番違いを探してるんすけど、無いですか?」
このパターンは初めてのパターンだぞ。どういった対応取るんだろうか?
「こちらの型番違いですか? 少々お待ちください」
美咲さんはいつのまにか普通の表情に戻り、事務的な対応をちゃんとしている。
インターフォンを手に取り店長に型番を伝える。なるほど、こういった対応すればいいのか、覚えておこう。
どうやら商品は倉庫にあるらしく、持ってきてくれるようだった。
「お客様の言ってる商品はあるそうです。今から係のものが持ってきますので、お待ちください」
その言葉を聞いたお客は「ほらみろ。聞いてみるもんだ」と連れの三人組に言った。
俺は気を利かせて、お客が置いた商品を手に取り尋ねてみた。
「こちらの商品は元に戻しておいても構わないですか?」
「あ、すんません。かまわないっす」
俺のほうがどう見ても年下なのに、このお客見た目と違って礼儀正しいようだ。
商品を元の棚に置き戻ってくると、美咲さんがなにやら話しかけられていた。
「君、同じ大学の子だよね? 見たことあるよ。ここでバイトしてるの?」
さっき、レジの方をちらちらと見てた奴だ。俺がいなくなった途端声をかけたのか?
バイトしてるからここにいるのに、おかしいだろ。お前のことはチャラ男と呼ぼう。
「え、あ、はい、バイトしてます」
美咲さんは少しうろたえながら返事していた。
「今度の日曜日にさ、俺ら駅の近くのクラブ借りてライブやるんだけど、良かったら見にきてよ」
「わ、私そういうの苦手で……」
「同じ大学のよしみで頼むよ。人集まんないと格好悪いからさ」
嫌がってる女にしつこく言ってる時点で格好悪いぞ。チャラ男、お前の下心丸見えだ。
「日曜日は、お店の親睦会があるから無理ですね。残念ですね、せっかくのお誘いなのに」
俺は美咲さんに言うように見せかけて、やんわりと断りの手助けをした。
実際、日曜日はバーベキューをやる予定だから、この話は乗れないはずだ。
「あ、日曜日はそれがあったよね。ごめんなさい。私やっぱりいけないです」
「残念だなあ。先約があったのか。次の時はよろしく頼むよ」
無理強いしなかったのは偉いと思うが、あきらめていないのは感心しない。やっぱりチャラ男だな。
「ふられてやんの~」
チャラ男は商品を持ってきた連れから馬鹿にされている。俺も便乗させてくれ。ざまあみろ。
でも何、この空気? チャラ男のせいで美咲さんの肩身が狭いじゃないか。美咲さんに申し訳なさそうな顔をさせるとは、腹立たしいぞ。
何とかしてあげたいけど、どうにもならず困ってしまった。
そんな空気を一気に変えるように、奥の扉が開いてアリカが現れた。
「おまたせ。いわれた物持ってきましたよ」
アリカは連絡した物を持ってカウンターの中に入ってきた。
今日のアリカは淡いブルーのパーカーとショートパンツに膝上までのソックスと、これまた幼い格好だった。茶色のエプロンにひよこのプリントは幼さを強調しているようにも見える。
ひいき目に見ても中学生にすら見えない。お前、わざとだろ。実は計算しているだろと問いただしたい。
美咲さんと俺の間に並んだアリカは物を置くと一歩後ろに下がった。
アリカが物を置いた時に頭頂部がよく見えると思ったが、言うと絶対喧嘩になると思ったので心にしまった。
アリカの事よりも、俺の目の前にいる四人連れのうち、ずっと黙っていた二人がアリカの姿を見てから、浮ついた感じになったのが気になる。お前ら、実はロリコンだろ。気の高ぶりが隠しきれてないぞ。アリカを見る目線がいやらしい、興奮するな。
商品の状態を確かめ、値段も予算内であったからか、男は商品を購入した。
美咲さんとアリカが並んで「ありがとうございました」と営業スマイルを送ると、男たちは少しにやけながら店を後にした。
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