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帰路  作者: まるだまる
287/406

284 試写会4

 総合会場内にある文化会館に到着。


 文化会館では各種セミナーや、写真や生け花の個展、全国名物の展示発売会などの様々な催し物がここで行われる。

 大きなスクリーンの付いた100席程の収容数を備えた一室がある。

 小規模な映画館みたいな部屋で、美咲が通う清和大学の映画研究会やアニメ制作サークルも、ここで上映したりして世話になっているらしい。


 今回のイベントは俺が思っていた以上に大きなものだったようで、会場前は混雑していた。

 今日のメインイベントのようで入り口に大きな看板。

 中にも登場人物が描かれた大きなポスターが所狭しと並んでいるのが見える。

 会場内の一角に設けられたブースでイベント関連グッズの販売もしているようだ。


 明らかにオタクっぽい人もいるけれど、それはほんの一握りでほとんどが普通の人に見えた。

 

 まず、チケット交換を済ませる。


「これはなかなかいい席です」


 どうやら席の位置はこの時に決まるらしく、綾乃の喜び方からするといい位置の席が取れたようだ。

 このあと美咲と綾乃は、意気揚々と二人して販売ブースへと突っ込んで行った。

 

 なんでもこのイベント限定グッズがあるらしく、それがお目当てらしい。

 順番を並ぶ美咲は綾乃から何かチラシのようなものを見せてもらっていて、眉間にしわを寄せている。

 どうやら欲しいものが思ったより多いらしく選択に悩んでいるのだろう。

 

 何となくだけれど、こっちに美咲の視線が飛んできそうな気がする。

 俺の予想は当たり美咲が俺へと視線を向けた。

 

 じっと俺の顔を見つめる美咲。

 俺はこの美咲の目を知っている。

 

 二人で暮らしていたころに、俺に同意を求めてきたときと同じ目だ。

 あの時はたかだかフィギュア付きのお菓子を買っていいかどうかを俺に聞いてきたことだったけれど。

 

 俺は販売コーナーに並ぶ商品を見てから少しばかり考える。

 見た感じ一〇種類くらいの商品がある。


 右手の指を5本、左手の指を4本立て順番に強調するように振る。

 欲しい物は物欲に任せるのじゃなくて、5つか4つにしておけと美咲へ返した。

 

 すると美咲は口を尖らせ手をパーにして応える。さらにそのパーに指を一本添えて強調。

 どうやら俺の意図は伝わったようだが、俺の意見に「6個にさせろ」ともの申したいらしい。


 美咲はアリカほど衝動買いするタイプではないけれど、物を大事にするので、気を付けないと物がどんどん増えていくタイプだ。一緒に暮らしている間にそれが分かっただけに甘やかすとつけあがるので、ここは首を横に振っておこう。限られた条件の中で自らが厳選した物に価値が膨らむと知ってもらおう。

 

 美咲の眉尻が少し下がったが、コクコクと頷いてまたチラシに視線を戻した。

 どうやら俺の考えを受け入れてくれたらしい。


 しばらくして、グッズを手に入れた二人がちょっと興奮した状態で帰ってきた。


「うへへへへ。お宝、お宝」


 だから美咲はその締まりのない顔を止めなさい。

 せっかくの奇麗な顔が台無しになるぞ。

「兄も少しカンパしてくれたので欲しいものはキープできました」

 綾乃は買った商品をしっかりと胸に抱いて興奮気味に鼻を膨らませていた。



 ☆



 開場時間が近づき、試写会会場入り口で並ぶ。


「引いてください」


 綾乃が持ったチケットをシャッフルし、俺と美咲がくじ引きの要領で引く。

 結果は綾乃、俺、美咲の順になった。

 くじ引きの結果とはいえ、何で美咲と綾乃の間に入るかな。

  

 美咲と綾乃は開場前まで、どこが使われるかと予測話をしている。俺も美咲から借りた原作小説を読んだけれど、まだ初巻だけということもあり、主人公の入れ替わりの特徴を把握したに過ぎない。  


 一つの身体を共有し、異なる三つの性格――灰音、黒音、白音が共生している主人公――桐ケ崎灰音。

 黒と呼ばれる少女とブラックと呼ばれる少女がヒロイン。

 白音、黒音、黒、ブラックは強く、灰音は何もできない。


 ヒロインのどちらかが灰音の元に訪れ、事件に巻き込む形で話はスタートし、必ず最後には三人が揃い、三人の力を合わせて決着をつけていく。最後には灰音の取り合いで黒とブラックが争い始めて、灰音がひどい目にあって終わる。物語としてはこれが基本の流れだ。


 美咲と綾乃に一巻で気になるところを聞いてみる。

 ネタばれは綾乃にとってタブーらしく、「教えてあげたいけど、続きを読んでください」と言われた。  

 その言葉に目をキラキラさせていた美咲の口が開きかけて止まっていた。言いたかったんだな。

 

 入場が開始され、並んでいた列が前へと進みだす。

 

 チケットを渡し半券を貰う。

 シアター室の入り口まで青い絨毯が敷き詰められ、入り口の分厚い扉が解放されていた。

 薄暗い通路と曲がり角を抜けると緩やかに段差がつけられて並ぶ座席があった。

 

 俺の指定された席は6列目H。綾乃は慣れているのか「こっちです」と俺たちを案内。


 席は一列辺り12席。起き上がった座席には列を表す数字にアルファベットが書かれている。

 前の5列目とは通路のために距離が開いている。おかげで足元も広いし、移動も楽だ。

 綾乃がいい席だと言っていたのはこれのことか。

 

 座席に座り前のスクリーンを見ると、スクリーン脇でスタッフがチョロチョロしているのが見える。

 招待客が座席に着くのを見張っているような感じだ。

 

「試写会って俺初めてなんだけど。何かあんの?」


 美咲は「さあ? 私も初めてだもん」と首を傾げる。 


「今回は作者さんは来てないですけど、監督さんと声優さんがきてますね。作品紹介とか、制作中のここだけ話とか聞けますよ。都内で最初完成披露会があって、清和市が最初の試写会会場なんです。何でなのか分かります?」

「そういや、そうだね。なんでここなんだろうね。都会の方がいいと思うんだけど」


 やけにもったいぶった言い方の綾乃に美咲が身を乗り出してくる。

 こらこら、綾乃と話すにしても人の前に身体を覆い被せるな。


 美咲の言葉に綾乃は眼鏡の位置を直しながら、


「この作品のモデル地がここらしいんですよ」

「……それって、ここが聖地になったってことなの?」

「そのとおりです。私の部活ではどこが使われているか調べて巡礼ツアーに行く予定です。すでに分かっているのは、この総合会場が使われています」

「うわー、私の知ってる風景が出たらいいなー」


 話をしていると、スクリーン前の照明が点いて、MCが登場。


「お待たせしました。これより「ブラック×ブラック×ブラック」試写会を始めます」

 


 ☆


 冒頭シーンはプロローグをそのまま採用、黒とブラックが登場。

 派手な爆発シーンとサイレンの音を最後に画面が切り替わる。


 主人公灰音のくつろぐ部屋に銃を持った黒が乱入。

「あの人を出してもらえますか?」


 黒は銃口を向けながら怯える灰音に詰め寄る。


『この子を知っているのはワタシだ。灰音君変わりましょう』

 

 途端に怯えた表情の灰音が穏やかな表情へと変わる。

 銃口を向けられるも構わず黒に笑顔を向ける灰音。

 

「黒さん困りますよ。ワタシはまだあなた方のことを彼らに話していない」


「申し訳ありません。緊急事態が発生しました」


 1巻にある物語の最初のシーンだ。

 読んだばかりなので記憶の中の違和感はない。

 声のイメージは自分がしていたものと違うけれど、すんなり受け入れられるレベルだ。

  

 本来ならここで黒と白音の共闘により、第1章「黒」は解決されるのが原作だ。

 次の第2章「ブラック」ではブラックが黒と同じように灰音の前に登場し、第1章では心の中でしか登場しなかった黒音との共闘で解決する話。

 第3章「黒×ブラック」では黒音と白音が入れ替わりつつ、黒とブラックの二人と共闘し3人で解決していく。

 これが俺の読んだ1巻の構成である。 

  

 この映画では登場シーンが少し変わっていた。

 

「ちょっと待った。あたしもそいつに用事があるんだけど?」


 黒に次いでブラックも乱入してきた。

 どちらかというと、ブラック単体の第2章を削り第3章を入れたという感じで話は進む。

 

 ここからは俺の知らない話ばかりで展開についていくので必死だ。

 ところどころ俺の知っている会話のやり取りが入っていたので、削った分の辻褄合わせなのだろう。 


 気が付けば、のめり込んで映画に夢中になっていた自分がいた。


 ☆


 試写会が終わって、総合会場内フードコーナーの一角に移動。 

 

「……良かった」

「……はい。良かったです」


 惚けた状態で余韻に浸っている美咲と綾乃。

 上映中に何度か美咲と綾乃の様子を見ていたが、食い入るようにスクリーンに視線が釘付けだった。

 二人とも作品の出来に大満足のようだった。


 内容的に俺の知っている1巻とまだ読んでいない2巻のミックスという感じ。

 原作との違和感もなく、話のつなぎ方の違和感も俺の素人目には全く分からなかった。

  

 上映前に行われた声優トークでは、主役3人の話し方が普通で「え、この声?」と違和感があったけれど、実際に始まって聞いてみるとそれぞれが役にはまっていて、「声優ってすげえ」と思ったのが印象だ。

 灰音役の声優が口調だけでなく、微妙に声のトーンを変えて話すのが特にうまいと感じた。


 今後、全国で上映されてテレビアニメ化もする予定らしい。


 上映された映像の中で、美咲の通う清和大学もモデルとして使われていたのは。古い時計塔が印象的で場所こそ違うところで使われていたけれど、俺の知る時計塔が確かに作品中に使われていた。

 あの作品の中の色々な風景がこの街にあると思うと、街の住人として少し嬉しい。


 美咲はイベント会場で購入した限定発売の設定資料集を取り出す。

 何で同じのが3冊もあるんだろう。


「何で3冊?」

「使う用と保存用と布教用」

「美咲さんが羨ましい。やっぱりバイトしてるとそういうのできますよね。私もそうしたいけど金銭的にきつかったので2冊が限界です」

「お気に入りは大事に手元に置いておきたいよね」

「そうなんですよね。学校に持っていくと汚れちゃいそうで」


 理解できない謎の共感が生まれているがそういうものなのだろう。


 ☆ 


 綾乃は遠慮していたが、家まで送り届けることにした。

 待ち合わせはともかくとして預かった以上は最後まで責任を果たしたい。

 無事に帰して太一の依頼は完了だ。


 バスで移動し、バス停に到着後、綾乃宅へ向かう。

 向かっていると、反対側から太一が自転車で帰ってくる姿が見えた。

 太一も気づいたようで手を振っている。

 そのまま家の前で俺らを待つ太一に合流。


「明人悪かったな。美咲さんも付き添いありがとうございました。綾乃が迷惑かけなかったかな?」

「いや、迷惑だなんて全然ないよ。こっちも楽しんだから」

「綾乃はどうだった?」

「うん。すっ――――――ごい、良かった」


 綾乃の表情を見て、太一はふっと笑みを浮かべる。

 なんだかんだと妹のことが可愛いのだろう。


「そっか。約束忘れてて悪かったな。今度はちゃんと覚えとくから。あ、そうだ。二人とも家に寄って行ってくれよ。このまますぐに帰したんじゃ申し訳ないわ。俺も明人に今日のこと少し話したいし」


 綾乃も兄の提案を嬉しそうに同意する。

 太一の提案に美咲の表情を窺ってみたが問題ないようだ。

 

「じゃあ、ちょっとお邪魔させてもらうわ」


 そう返すと、太一は玄関を開けて、

「母さん、明人と美咲さんちょっと家に寄ってもらうから」

 と、大声で叫んだ。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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