283 試写会3
土曜日。
教習所で朝一番の座学を受けながら、今日のスケジュールを再確認。
綾乃との待ち合わせは午後1時。
待ち合わせとしては俺の定番となりつつあるバスターミナル。
スケジュール的にバイクの教習所で1時間消化しても十分間に合う。
土曜日と日曜日でちまちまと消化しているけれど、夏休みに一気に消化しようと考えているので、今のところは問題ない。
今日の予定としては、朝一番の教習を受けたあと、美咲の家に向かうことになっている。
試写会が終わったあとは綾乃を送り届け、その足で美咲と晩飯を食べに行く予定だ。
場所は美咲の家の近くにあるレトロなお好み焼き屋。二人とも気に入っている。
予定外の行動を追加して時間にずれが出たとしても、最終的に美咲を家に送ることも考えれば、自転車を美咲の家に預けていた方が帰宅する際に行動が楽。
昨日の帰り際に美咲と話して決めたことだった。
綾乃との待ち合わせはバスターミナルだが、おそらくバスで合流することになるだろう。
綾乃が乗るバスの路線の途中に、俺たちが乗るバス停があるからだ。
終業のベルが鳴り、今日の座学が終了した。
帰り際に教習所の発行している7月分のスケジュールを手に取って教習所を後にした。
☆
美咲宅へと到着。予定よりも早く着いてしまった。
呼び出しベルを押す。インターフォンからガチャッと音がして美咲が出る。
「はい?」
「明人です。ごめん。予定より早く着いた」
『えええっ!? ちょ、ちょっと待ってて!』
インターフォンがまたガチャっと音を立てたあと、ドア越しにトタトタ、ガラッ、トタトタ、キィー、ガシャガシャ、パタン、トタトタ、と美咲が慌てている光景が思い浮かぶような音が聞こえる。
「ちょっと春ちゃん、手伝って!」
「嫌だよ。朝っぱらから散らかしたの美咲じゃないか」
あれ、春那さんもいるんだ。てっきり仕事でいないと思っていたのに
「お願いだから~」
「……じゃあ」
春那さんの声が聞こえたあと、またドア越しにキィっと音がした。
随分と近い。美咲の家の間取りを考えると、浴室へ繋がる洗面所かトイレ辺りに来ているのだろう。
「……これでよし」
春那さんの声がした後、ガチャッと目の前の扉が開いた。
「やあ、明人君」
「春那さんこんにちは。もう大丈夫なんですか?」
春那さんは珍しくロンT、デニムパンツ姿で出迎えてくれた。
パンツスーツ姿かパジャマ姿ばかり見ていたので新鮮だ。
「明人君どうぞ」
くるっと振り返る春那さんの挙動はまるでモデルのような感じがした。
すらっとした手足、ぷりぷりと動く形のいいお尻。
こういうのを毎日美咲は見ているのか。うらやましい。
「実はまだ片付けが終わってなくてね。待たせるのも悪いから明人君にこれでも見て時間を潰してもらおうかと。右見て」
「はい?」
言われた通り右を見てみると、洗面所から浴室が見える。
そこには今では見慣れたものが干してあって、すぐに誰のものか分かった。
しかし、中には俺の記憶にない物もある。
「美咲の新しいコレクションも入ってるの分かる?」
「あの赤い紐パンは見たことないですね。あのふわふわしたピンクのは見たことあります。あれ、あんな黒いレースのあったっけ?」
「目が高いね。その赤いのと黒いのが美咲の新しいコレクションだよ」
「ちょっと春ちゃん! 明人君上げちゃったの!?」
俺を家に上がったのに気付いた美咲が慌てた様子で顔を出したが、俺たちの様子を見て顔を引きつらせた。
「……えーと、二人とも何してるのかな?」
「美咲の下着鑑賞会。どこであんなの買ってくるのか私も不思議なんだ」
「美咲って下着はこだわりますよね。布の面積が少ないというか、やけにセクシー系が多い」
「見せる相手もいないのにね。なんなら明人君見せてもらえば?」
「そこはノーコメントでお願いします」
「明人君と春ちゃんのばかぁっ!」
美咲は不貞腐れながら出かける準備中。まあ、悪乗りした俺も俺なんだけど。
美咲と一緒に暮らしたこともあって、美咲の下着は何度となく目にしている。
下着姿の美咲ならきっと焦るだろうけれど、下着単体ならそれはただの布。
洋服や靴下と同じ感覚で見てしまう。
そう思っている俺には下着泥棒の気持ちが永遠に理解できないと思う。
さすがに下着売り場でじっといるというのは人の目が気になってできないけれど、家の中なら普通でいられる
「二人して人の下着見て何が楽しいのよ。大体明人君、下着見て何も思わないっておかしいと思う」
何が楽しいかって言われたら、美咲の反応見るのが楽しいんだけど。
春那さんが美咲をからかうのも分かる気がした。
春那さんは仕事が休みらしく、昼から街に出て買い物しようと思ってるらしい。
「明人君の身体が空いてたらデートしたかったね」
「今度空いてたら付き合いますよ。荷物持ちくらいならできますし」
「お、いいのかい? だったら行くホテルも考えとかないといけないな」
「殺気が充満してきたので、その話題は触れないでもらえます?」
耳だけ傾けていたようで美咲から怖い気配が流れてきていた。
これ以上この話題に踏み込むと俺が襲われることになるだろう。
「一人で行くんですか?」
「いや、大学時代の先輩とだよ。てんやわん屋でバイトしてた人でね。私を紹介してくれたのもその人なんだ。その人、車を持ってるから連れていって貰えることになってる。明人君も知ってると思うんだけど」
俺が知ってる? 誰のことだ?
「明人君の学校で校医してる本居って人だよ。……その顔は知ってるって顔だね?」
知ってるも何も、本居先生は新たに俺の相談先になったばっかりだ。
昨日も放課後、面談をして猫の話を聞いた。
本居先生の名前に美咲が反応する。
美咲には昨日のバイト中に本居先生の話をしてあるから気が付いたのだろう。
「本居先生って、明人君が話してくれた人だよね? 新しく相談役になったんだっけ」
「うん、そうだよ。本居先生は学校での俺の相談役」
「おやおや、先輩もなにかとてんやわん屋に縁があるらしい」
本居先生は「てんやわん屋」開業当時の初代メンバー。
今でもオーナーとかと付き合いはあるらしい。
本居先生とは猫以外で共通する話題ができそうだ。
「明人君がてんやわん屋の後輩だってこと先輩に言っておくよ」
美咲の準備が整い、春那さんに見送られていざ出発。
徒歩で近くのバス停まで移動。
美咲は移動の間に、俺が予備知識をちゃんと仕入れてきたか確認。
美咲に借りた本はちゃんと昨日の夜に読み終えている。
美咲からの質問に答えると美咲は満足気に頷く。
どうやら俺の予備知識は合格ラインを突破したらしい。
今日は続きを借りて帰ろう。
試写会に向けての心構えを確認してもらったところで、ホワイトカラーにオレンジラインの入った路線バスが見えた。俺たちが乗る予定のバスだ。
バスが停車し、美咲、俺の順で乗り込む。
「美咲さん、明人さんこっちです」
乗り組んですぐに後部座席に一人で座る綾乃が声をかけてきた。
ポニテ―ルに赤いフレームの眼鏡をかけ、だぼだぼなTシャツに七分丈のカーゴパンツと、今日は何だかボーイッシュな格好していた。
綾乃の横に美咲が座り、俺はその前の座席に腰を下ろす。
「今日はありがとうございます。すいませんね、兄の代わりを頼んじゃって。美咲さんも急にごめんなさい」
「ううん、逆、逆。私もこの試写会応募してたけど外れちゃって。綾乃ちゃんのおかげで行けるから嬉しいの」
美咲と綾乃は小説の話をし始めた。何やかんやと趣味が似ている二人は相性がいいのだろう。
しばらくしてバスターミナルに到着した。次は総合会場行きに乗り換えだ。
バスが完全に停車したところで立ち上がる。
バスの運賃を払う順番待ち中に、後ろにいる美咲たちを振り返る。
美咲の後ろに並ぶ綾乃の姿に違和感を感じた。
何だか前と違う気がする。
何が違う?
――ああ、そうか。美咲と並んだ背丈が違うんだ。
「綾乃ちゃん前より背が伸びてない?」
「あ、分かっちゃいました? この一か月で急激に伸びたんですよ」
「あ、ほんとだ。目線の高さが違ってる」
美咲は気が付かなかったらしい。
総合会場行きのバスが来るまでバスターミナルで待機。
その間、綾乃の身長の話題が続いた。
何となくだが、愛と同じくらいか。
「少し前に測ったら156だったんです。あと4センチは欲しいです」
「160だと私と同じだよ。まだ大丈夫じゃない? 私も高校の時少し伸びたし」
こうして少女は大人へとなっていくか。
身体的な変化は身長だけにとどまっているようだけど。
胸はそれほど成長していない。
ペタンコのアリカよりはあるようだけれど、気持ち膨らみがあるのが分かるくらいだ。
そう思った瞬間、俺の目の前にチョキの形をした手が飛んできた。
咄嗟に避ける。
その手の主は美咲で、綾乃の胸を見ていた俺に目つぶしを仕掛けたのだ。
「あぶなっ!? 何てことすんの?」
美咲は氷の笑顔で放った指をちょきちょきと動かす。
「今どこ見てたのかなー? そんな悪い目にはお仕置きしないといけないよねー」
人のことよく見てやがる。
成長したって言うから気になって見たんだ。少しくらいいいじゃないか。
美咲の言葉にどこを見られていたか気付いた綾乃は、くしくしと前髪を撫でる。
照れたときの癖は変わらないようだ。
「ごめんなさい。反省します」
「それならよし」
美咲は満足気に頷き、チョキチョキ動かしていた手を元に戻した。
そろそろバスが来る時間だ。乗車口で待つことにし移動する。
後ろに並ぶ綾乃が美咲に何かこそこそと聞いている。
聞き耳を立ててみると、
「胸って、どうやったら大きくなるんですか?」
その声は真剣そのものに聞こえた。
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