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帰路  作者: まるだまる
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282 試写会2

「やあやあ、木崎君よく来てくれた」


 随分とフレンドリーな感じで本居先生はパイプ椅子を指し示す。


「しかし、来てくれとは言ったけど、付き添いがあるとは思わなかったね。しかも、この人数は何?」


 本居先生はさすがに困った顔をしている。

 そりゃあそうだろう。

 当然、俺だけが来ると思っていたに違いないだろうから。


 俺の後ろには太一、響、愛、川上、柳瀬、長谷川が並んでいた。

 すいません。何でこんなに増えたのか俺にもよく分かりません。


 ☆

 

 きっかけは昼食のとき、いつもの太一と響に加え週末参加の愛に放課後、本居先生のところへ行くと話したことだ。太一は「本居先生のところに?」と怪訝そうに聞き、愛は「響さんにやられた傷が疼くんですか?」と、やけに響にやられたところを強調して言い、響は「明人君は校医さんに興味があるのかしら?」と、手刀を準備しながら言った。


 好き勝手に言ってくれているが、ちょっとした相談と説明。

 この言い方も悪かったかもしれない。

「相談?」と異口同音に返され、そうだ、と俺も簡単に答えた。

 この時はこれで話が終わったものだと思っていた。


 帰る際になって、階段のところで愛と響が待ち構えていた。

 二人は俺の周りをぐるぐると回り、俺の身体から持ち物から上から下までじろじろと眺めみる。


「二人して何?」


「愛さんと意見が一致して合意したの。本居先生のところに行くのついていくわ。安心して、明人君の相談を横で聞くとか野暮なことはしないわ。生徒会もあるからその前に引くわ。愛さんは私を生徒会室まで連れて行ってくれるということで合意したわ」


 響の言葉を信じるなら、変なことにはならないだろう。

 何を考えているのか分からないが、ついてくるだけならと断らなかった。


 今日は相談も何もこれから付き合っていく上でお互いを知るために話をするだけだ。個人的にはさっさと終わらせたい。少し楽しみといえば、本居先生の飼っている猫の写真を持ってきてくれると言っていたので、それを見るのが楽しみなくらいだ。


 響と愛は俺の左右につくと、息を合わせたかのように俺の腕を取る。

 これは変わらないんだな。さっさと行くことにしよう。


 

「千葉ちゃん。そんなコソコソして何してるの?」



 足を進めようとした矢先、聞き覚えのある声に振り向くと太一と長谷川がいた。



「こっそりついていこうとしたのに……長谷川のせいでバレた」



 C組の出入り口で身を潜めていた太一が、がっかりした顔で長谷川を睨みつける。

 長谷川はそんな太一に能天気な笑顔を浮かべて「ん?」と首を傾げる。


「ばれたらしょうがない。行こうか明人」


 開き直った太一は俺の後ろについて、手を振って早くいけと促す。

 その様子を見ていた長谷川は、少しばかり何かを考えたあと、ポンと手を打つと太一の横に並んだ。


「面白そうだからついてく」


 ちょっと話をしに保健室に行くだけなんですけど?

 長谷川が何を想像したのか分からないが、ついてくる気は満々のようだ。


 俺と響、愛。それと太一と長谷川の五人で校舎の一階にある保健室まで移動。

 何人かの生徒とすれ違うが、女子二人に腕を組まれた俺の様子をチラ見して通り過ぎる。

 響や愛はまったく気にしていない。度胸が据わり過ぎだ。

 

 保健室前についたとき、ぱっと後ろを見ると人影が増えていた。

 いつのまについてきていたのか、川上と柳瀬がいる。


 おそらくは長谷川をマークしていて、太一と一緒に行動し始めたからついてきたのだろう。

 こうして総勢七名で保健室のドアをくぐったのである。


 

 

「うーん。これは予想外だったなあ」


 本居先生がどうしたものかと表情を曇らせる。


「概ね、ここにいる人たちが君の親しい人たちと思っていいのかな?」


 今いるメンバー以外で親しいといえば、何かと縁ができた生徒会メンバーか。

 大熊たちや花音、留美は間接的に知っているというだけで、そこまで親しいわけでもない。

 俺の交友関係、男が少なすぎだな。太一以外ほとんど付き合いがない。

 

 本居先生は少し考えていたが、何か思いついたようで急ににやりと笑う。


「えーと、君たち。お姉さんは木崎君と二人きりでみんなに言えないことしたいから……明人君を残して帰ってくれる?」


 と、微笑みながら碌でもないこと言い出した。

 この感じどこかで味わったことがある。

 そうだ。春那さんだ。

 春那さんも俺をいじる時に、こんな感じで周りに誤解を与えるような発言をする。


 その言葉を聞いた同伴者たちはそれぞれの反応を示す。


 愛は病んだ目になると同時ににやりと笑い、響は両手が瞬時に手刀に変わり、太一は「ん?」と首を傾げ、長谷川は太一とシンクロしたように「ん?」と首を傾げ、川上はメモ帳にものすごい勢いで何かを書き込み、柳瀬はものすごい勢いで携帯に何かを打ち込んでいた。


 もう嫌な予感しか残ってない。 

 

「明人君、どういうことかしら?」


 あの響さん。襟首を掴んで手刀を突き付けてから聞くのって順番間違っていませんか?


「本居先生、最近物騒なので事故には気を付けてくださいね?」


 愛、お前は何をする気だ。


「ブラボー。現時点を持って木崎明人を重要ターゲットに切り替える。送れ」

「了解。状況開始。――――木崎明人新情報書き込み終了。拡散許可求む。送れ」


 また新たな情報が俺のところに書込まれそうだ。

 もう、その辺は諦めよう。

 

「ふむふむ。まあ聞いてたとおりという感じかな? 今のは冗談として、木崎君と面談しないといけないのは本当の話だから、ここからは当人だけにしてもらえる?」


 本居先生は白衣の襟を正すと、みんなにそう言った。

 急に真面目な態度にみんなも言葉が出ず、本居先生の言葉に従って退室して行った。

 本居先生は俺にパイプ椅子に座るよう促してくる。


「さて、それじゃあ、お話しようか?」

   

 本居先生に話したのは、今現在自分が置かれている状況を話した。

 両親の離婚問題。親権を受け持つ予定の父親が単身赴任中で家には俺一人で住んでいること。

 土曜日以外はバイトに行っていて、家にいる時間は短いこと。

 父親から先生以外にもバイト先の店長が相談相手としていることを話した。


「ご両親の離婚か。子供的には嫌な話だね。何か思い当たる節とかある?」


「父親が単身赴任ばっかりしてるんで、よく分からないです。俺が原因ではないと言ってはいました。でも……」


「でも? 実は自分も両親の離婚に関係があると木崎君は思ったりしてる?」


 本居先生の言葉にただ頷く。


 俺も一つの要因だったのではないかと自分では思ってる。

 俺の態度や行動が母親に離婚を決意させたのだと。

 だから、俺の親権を放棄するんだと……そう思えて仕方がなかった。


「そっかー。そうやって考えちゃうときもあるんだね。じゃあ、ちょっと質問変えるね。学校は楽しい?」


「まあ、さっきのを見てたから分かると思うんですけど。色々あるから疲れることもあるけど、楽しいですよ。毎日賑やかだし、色々知り合いも増えてますし、今の時の方が一年の時より充実してるかも」


 俺がそう答えると本居先生は笑みを深めた。

 

「じゃあ、次はバイトのお話。これも聞いちゃっていい?」


 もっと深く聞いてくるかと思えば、あっさりと話を切り替える。


「今のバイトは――」


 バイト自体はものすごく暇だ。今までのバイト先と比べるとそれは明らかだ。

 けれど考えてみれば、てんやわん屋に勤め始めてから俺の生活は大きく変わった。

 

 それまでの俺は、人との距離をずっととり続けていて、一人で何もかもしようと考えて、ただ、その時の環境から逃げ出したい一心で、自分からは歩み寄りもしない拗ねた子供だ。気に入らないことがあっても、押し黙って流れるのを待つのが当たり前。それで俺に得たものはわずかばかりの金だけ。


 友人と言えるのは、俺が距離をとっても諦めずに接近してきてくれた太一しかいない。

     

 その太一からの紹介でてんやわん屋で働くことになり、美咲と出会って、アリカと喧嘩して、春那さんにからかわれ、愛に好かれて、響と友達になって、愛と同じく俺を好きだ言いだして、オーナーや、店長や、高槻さん、前島さん、立花さん、仕事をする木崎明人じゃなくて、木崎明人個人と接してくれている。

 俺の受験失敗から始まった家族との軋轢を、美咲はよく頑張ったねと言ってくれた。

 アリカは、俺の甘い考えをズバリ指摘してくれた。

 愛は、俺が分かってないだけでへっぽこだって言った。その意味は未だに分からないけれど、多分いつか分かる日が来ると思う。


 みんなと遊びに行ったり、デートしたりと考えれば考えるほど、今までになかったことがてんやわん屋で働き始めてから起こっている。わずか三カ月足らずで事が起きすぎた。

 

 それを思うと、俺の口から出る言葉は、


「――濃いです。仕事は楽なんですけど、人が濃い人ばっかりです」


「ふーん。毎日行ってるって聞いてたけど、木崎君自身が望んでるって感じもするね。私は週に4回は休みたい派なんだけど。よし、今日は真面目な話はこの辺で終わっちゃって。うちの子ルーたんの話をしようか?」


 本居先生はそう言うと、小さな厚めのアルバムを机から取り出し俺に見せてくれた。

 

 本居先生の愛猫「ルー」はメスの灰白猫。ルーが産まれたときに友人から譲ってもらったらしい。

 写真の量からルーへの愛情が溢れていると言っても過言じゃなかった。

 たまにふざけたのか眼鏡をかけたものがあったり、猫のくせに仰向けで手足をまっすぐに伸ばしていたり、「ごめん寝」をしてる姿があったりした。

 

「これがクロちゃんとルーたんのペアリング」


 本居先生はスマホを見せてくれた。


 太一が助けた黒猫がルーのお腹の上でだらんと脱力して寝ている。

 その下ではルーがクロを見ながら目を細めていて、「どうしましょ?」といった表情に見えて面白かった 

 

「飼い主見つかったんですか?」


「ううん、この近くの町内会には連絡したんだけど、まだ返事ないの。まあ、このまま私が飼ってもいいけどね。クロちゃんもいい子だし、ルーたんと相性いいみたいだし。ただ、しばらくたってから飼い主が見つかった時は別れるのが辛いけどね。さて、ところで木崎君、うちの子の愛らしいところ語っていい?」


「喜んで聞きますよ。ただし、バイトがあるんで時間制限ありでお願いします」


 本居先生は頷き、アルバムを広げると一枚一枚説明していく。

 早く終わらせたいと思っていた俺だったけれど、そんな考えはいつの間にかなくなっていた。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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