281 試写会1
バイトに入った俺は土曜日に見に行く試写会の原作小説を美咲から渡された。
現在、発売されているのは十巻が最新刊らしく、アニメになった部分は二巻の話がメインらしい。
一応、続き物とはいえ一巻ごと数話構成でそれぞれ完結しているようだ。
美咲が言うには、予備知識なしに見たら訳が分かんなくなるという理由から一巻だけは読んだ方がいいと家から持ってきてくれたのだ。ラノベというだけあって、何だか萌え系のお姉さんが二人表紙を飾っている。
「ちょっと読んでみて?」
まあ、本を読むのは嫌いじゃないから、とりあえず頭だけでも読んでみるか。
☆
『ブラック×ブラック×ブラック』
「黒い獣に関わるなら一匹だけにしろ。もう一匹現れたら地獄の門が開き、三匹揃ったら生きてるほうが奇跡だ」
誰から言い出したのか闇社会に流れるある噂。単なる風説なのか。都市伝説なのか。答えを知るものは誰もいない。
――とある夜。
――とある港。
その一角にある倉庫の中で鈍い光沢を放つ細長い筒先が、男の口の中を弄ぶように舌を撫でる。筒先の根元で引き金に指を軽く添え、男を見下ろす双眸。闇と同化しそうな黒い瞳は男を捉え続け、腰ほどまでの黒髪は男を逃さぬ鎖のように靡き、全身の服から靴に至るまで全てが黒でコーディネイトされた姿は男の精神をも捕縛していた。黒を更に際立たせる肌の白さが、男に生きる猶予を与えていた。
「あなた方には失望しました」
筒先を口に放り込まれ、目の前に立つ少女を見上げる男の目にはどうにもならぬ恐怖と色褪せた後悔が浮かんでいた。少女と男の周りには、十数人の男が倒れ伏している。倒れた男の一人は、腕があらぬ方向に曲がり、また別の男はうつ伏せに倒れたまま、苦痛の表情だけが天井を見上げていた。共通しているのは、既に命の灯火が消失していることだった。
「……た、助けてくれ」
「お断りします」
少女は男の懇願を素早く丁重に断り添えていた人差し指を曲げる。筒先から轟音が響く。躊躇うことなく、戸惑うことなく、一切の感情も乗せず、筒先から一つの狂気が放たれた。
男の後頭部から赤い花弁が飛び散り、世界との別れを望まないまま命の灯火を失った。
ひゅーっと、誰かが口笛を吹いた。
少女は視線だけを口笛がした方へ向ける。
「……何ですか?」
「黒は容赦ないねー。命乞いしてる相手をあっさり殺しちゃうなんて」
「ちゃんと、お断りしました」
「いいね黒。あんたやっぱりイカれてるよ」
黒と呼ばれた少女は、先ほど男を散らせた筒先を声の主へと向けた。
狂気を吐き出す口先を向けられた赤髪の少女はまた一つ口笛を吹く。
「おいおい。このあたしのそんなの向けるなって。知らない仲じゃないだろう?」
黒が構えたのを見て、赤髪の少女は嬉しそうに微笑む。
「慣れあいはよしましょうブラック。あなたと私は敵同士なのを忘れては困ります」
黒は無表情に引き金を引いた。
☆
――これはアクション物か?
「どう明人君?」
「どうもなにも、読み始めたばっかだし」
登場人物のうち黒と呼ばれる黒ずくめの少女。それとブラックと呼ばれる赤い髪の少女。俺が読んだ部分で登場した黒とブラック。一巻の表紙に描かれているのはこの二人だろう。
絵面で見ると、黒はクールビューティーな感じで、ブラックはワイルドな感じがする。身近な例でいうなら黒の見た目が何となく響っぽい。響と全く違うところをあげれば黒は胸がない。まるでどこかのちっこい悪魔並みだ。それとためを張るくらいのペタンコだ。
それと相対するブラックは、身近な例でいうとアリカのようなちょい釣り目、ボディで言うならまるで愛のような豊かな胸を所有し、胸の谷間を惜しげもなく露出している。愛里姉妹を足して割ったような感じだ。
これはバイト中に読むのは止めて、試写会に行くまでに家で読むことにしよう。
「あれ、読まないの?」
「家でゆっくり読ませてもらうよ。ここだと落ち着かないし、これアクションもの?」
「え、んー、アクションはたしかにあるけど、主人公との色恋ものだよ? 特に絡むシーンはラブコメぽい」
出だしからそういう系列に全く思えなかったけど?
裏切りか。
それとも重く始まっていきなりライトになる感じのやつか?
「この二人がヒロインであってる?」
俺は表紙に乗っている黒とブラックをそれぞれ指差し美咲に聞いた。
「そうそう、その二人はヒロインだよ。でもね、ファンの中でもどっちがメインヒロインかって意見が分かれてるの。私は黒派なんだけど」
「主人公はこいつらより強い感じ? 最初の部分見た感じだと、ヒロインがやばいくらい強い感じがしたけど」
「主人公も強い系。主人公は多重人格みたいな感じなのね。一つの身体を三つの人格が共有してるの。人格が何かのきっかけで勝手に出てくるんじゃなくて、人格同士が心の中で話し合って出てくるの。主人公の名前は 桐ケ崎灰音っていうんだけど、これが本来の人格というかほとんど表にいる人格。一人称は「ボク」。臆病で優柔不断で人を殺せないただの子。いつも、他の二人に表に出ることを押し付けられてるの。他の二人の人格が表に出るときは自分のことを「白音」と「黒音」って言いかえるんだよ。白音の一人称は「ワタシ」、口調が優しくて礼儀正しいの。銀糸って武器を使うんだけど殺し方は残忍なの。黒音の一人称は「オレ」、乱暴な物言いで態度も横柄。長い針みたいな武器を使うんだけど相手を苦しませずに殺すから殺し方は優しいって言われてる。それでねそれでね。黒は白音のことが好きで、ブラックは黒音が好きなの。でも白音も黒音もなかなか表に出てこないから、黒とブラックはいつも灰音を追い詰めるの――――それでね。それでね。」
これ、いつ終わるんだ?
美咲が段々興奮気味になっている。なんだか一緒に水族館に行ったときを思い出す。
あの時も延々と鯨とイルカの説明してくれたっけ。
好きな物のことを話すときって、美咲は饒舌になる。
しかし、そろそろ止めないと貸してもらった本を読まなくてもいいくらいになるかもしれない。
「美咲、ちょっと落ち着こうか?」
「まだまだこれからだよ! 今夜は寝かせないぞ?」
その言い回しは止めろ。こういう時に使う言葉じゃねえ。
てか、夜通し話す気か。
「気になることがある。殺しのシーンとかあったらR15じゃない?」
「だから二巻がアニメになったと思う。二巻は人がほとんど死なないから。一巻はちょっと多すぎだしグロイシーンも多いから。腸がでたりとか、首チョンパとか」
「あと一つ。タイトル的にブラック×ブラック×ブラックなんだから、黒音が主人公ぽいけど?」
「あー、それは違うんだよ。タイトルは名前から取ってるってわけじゃないから。理由聞きたい? 聞きたいよね?」
あ、これはまだまだ続きそうだ。
俺は美咲を放置してカウンターを離れようとする。
すぐさま美咲に捕まった。
「お願いだー。聞いてくだされー。このままじゃおら、欲求不満になっちまうだぁー」
背中に抱きついて俺がカウンターから出ていくのを阻止する美咲。
とりあえず、その言い方を止めるのと、胸が背中に当たってるから離れようか。
☆
バイトが終わった帰り道。
「――それでね。白音は何かを隠してるんだけど、まだ分からないの。何かもったいぶった言い方ばっかりして、フラグ回収はいつなのよって感じなの」
美咲の話はまだ続いていた。
「明人君、聞いてるの?」
「あー、はいはい。聞いてる、聞いてる」
延々と聞かされているけれど、少しばかり美咲に感謝している。
おかげで親の離婚のことを考える時間が短くなった。
一人になったときには、きっと嫌でも考えてしまうだろうけれど。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。