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帰路  作者: まるだまる
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280 平和な日々4

 愛には癒しが必要です。


 ――この一言から俺の精神は削られ始めた。

 

 愛が俺の背中にへばりついてぎゅっと抱きしめてきたのである。

 それを目の前にして、響が黙っているわけがなかった。

 無言のまま俺に近づき、正面から俺に抱きつきにかかる。


 うん。このサンドイッチ。特に胸って具材が大きいよね。

 

 俺の背中を頬ずりしてる人に言いたい。

 気のせいか。頬ずりの速度が上がって摩擦係数も上がってきてないかな?

 ちょっと温かいのを通り越して熱いんだけど。


 正面から抱きついてきてる人にも言いたい。

 お前、明らかに便乗してキスしようと企んでんだろ。

 こんな公の場でするな。いや、公の場じゃなくても駄目だ。



「お前ら離れろ!」


「嫌です」


「嫌よ」

 

 即答で拒否された。

 ガリガリと俺の精神が削られていく。

 

 ――――誰か助けてくれ。


「こらあっ! あんたたち何やってるの!?」


「求愛です」


「明人さんに癒してもらってます」


 だから、即答すんな。

 姿は見えないけれど、今の声は坂本先生だな。

 どこだ。どこにいる?


 きょろきょろ探してみると――いた。


 駐輪場の屋根の上から、俺たちを見下ろしている。

 何でそんなとこに上ってんだよ。危ないだろ。

 てか、どうやって上ったの?

 

「木崎を見張っていれば何か起きると思ってたら、いいかげんにしなさい!」


 貴様、今なんて言った。俺の見張りと言ったか?

 実は俺が気付かなかっただけでずっと見張られていたのか?

 てか、そのためにそこに隠れてたのか。

 あんた暇なの? 教師ってもっと忙しいんじゃないの?


「ともかく……」

 

 言葉の途中で坂本先生の動きが止まる。

 実際は飛び降りたかったようだが、その高さに躊躇したようだ。

 そのまま屋根の隅っこに移動して、フレームを足場にして降りてくる。

 スタスタと俺たちの前にきて何事もなかったかのように、ビシっと指差す。

 

「ともかく離れなさい!」


 締まらないことこの上ない。

 坂本先生の言葉に成り行きを見守っていた響と愛が俺の身体から離れる。


「あんたたちは毎朝毎朝、みんなの目があるのもおかまいなしにイチャコライチャコラと。私への当てつけか!?」


 こらこら。30代に入った独身教師。最後に本音を曝すな。説得力が一気に下がる。

 それとちょっと憐れんでしまうから止めてくれ。


「恋愛に口出しはしないけど、学生らしい節度ある行動しなさい」


「………………」


 響と愛は無言のままだ。

 黙秘は肯定と受け止めるとか本居先生は言っていたけれど、こいつらの場合、黙秘は否定と受け止めなければいけない気がする。


「まあ、いいわ。とりあえず先に用事を済ませたいの。木崎に話したいことがあるんだけど、今日の昼休みにご飯食べたら私のところへ来てくれない?」


「俺?」


「うん。用件は来たら話すから」


 何の用事だろう?

 父親が学校関係のことは坂本先生に頼んであるとも言ってたし、その絡みだろうか?


 ☆


 朝から愛も変わらずドタバタはあったものの教室までたどり着く。

 

「おはよう」


 自分の席に着いたところで川上と柳瀬が近づいてきて「おはよう」と挨拶。

 

「今日も木崎君は疲れてるね」


「まあ、いつものドタバタだ」


「金曜日に近づくにつれ木崎君が少しずつやつれていくのが柳瀬的にツボ」


「分かってんなら助けに来てくれよ」


「何故? 面白いのに」


 柳瀬の返答に肩を落とす。こいつに言っても無駄だった。

 少しずつだが、接する機会の増えてきた川上と柳瀬のことが分かってきた。

 川上と柳瀬は響からのお願い――俺に話しかけることを何だかんだと実行している。

 その成果の現れか、体育の時からクラス内の他の男子とも話す機会は増えている。もっと自分から声をかけられればいいのだが、何を話していいか分からない。自分のコミュ能力が低いことを実感させられる。

  

 まあ、今はこれで十分だ。

 

「ところで木崎君。昨日の放課後、いんちょと千葉君が一緒にいたっていう追加情報が入ったんだけど。何か知ってる? わけないか。木崎君バイトだもんね」


「いや、それなら知ってる」


 昨日の放課後にあった話を川上に伝える。

 川上の目がキランと光り、笑みを浮かべる。

   

「ほほう? いんちょは千葉君に頼みに行ったと――計画通りしばらくいんちょをマーク。こちらアルファーとする。ブラボー」


「ブラボー現在位置。ターゲットを今後タンゴとする。送れ」


「了解。ブラボー、タンゴ現在位置知らせ。送れ」


「了解。タンゴ現在位置ブラボーの10時方向6メートル。着座、入り口付近観察中。送れ」


「了解。監視継続。終わる」


「了解。ブラボー監視継続。終わる」 


 いきなり無線通話みたいなことを始めるな

 普段もこんなことしてんのか。

 

「アルファー。タンゴ挙動変化。送れ」


「了解。そのまま監視継続。終わる」


「了解。ブラボー監視継続。終わる」


 柳瀬の報告に長谷川を見ていると、入り口付近を覗き込むように姿勢を変えていた。

 柳瀬よく見てるな。 

 

 すると教室の入り口から太一が現れた。

 いつものように教室をぐるっと見渡したあと、自分の机へと移動する。

 椅子に座るとすぐに机に突っ伏した。


「アルファー。タンゴが心配げに見ている。送れ」


「了解。そのまま監視継続。終り」


「了解。ブラボー監視継続。終り」

 

 いつまで続けてるんだ。

 それよりも太一が机に突っ伏したのは俺も気になる。

 ちょっと話を聞いてみよう。太一のところへと移動する。


「太一おはよう。どうした?」


「ああ、明人。おはよう。昨日は色々悪かったな」


「いや、それはいいんだけど。何をへこんでんだ?」


「……明人。俺、愛ちゃんになんかした?」


 どうやら愛は太一に八つ当たりしたらしい。


「考えても全然分からないんだけど。挨拶したらいきなり「太一さんの馬鹿ー」って意味分かんねえ。それから口聞いてくれねえしよ」


「まあ、愛ちゃんも色々あったんじゃないか? 機嫌が悪いことくらいあるだろ」


「そうならいいんだけどよ」


 そらそうだろ。原因は太一にあっても、その太一は愛の思惑など知らなかったのだから。

 いわば逆恨みだ。

 

「まあいいや。そのうち機嫌も治るだろ。ところで明人、昨日の猫は本居先生が預かってくれた。この近くの町内会とかにも飼い主がいないか連絡してくれたみたいだ」


 ああ、それなら一安心だ。

 太一にも坂本先生に呼ばれたことを伝える。


「何した?」


「俺も分からん」

 

 何となくだが、父親のことなのではないかと予感はあるけれど。

  

  

 ☆


 何故か今日の昼食は川上と柳瀬が合流。

 俺がいなくなるのを見越して太一が持ち掛けたようだ。

 響のことを考えての配慮と言えるだろう。


 響はすぐに太一が仕組んだことに気が付いたようで、


「そういう気遣いを綾乃さんにもしてあげなさいよ」


 バッサリ斬っていた。

  

 昼食を食べ終わったあと、俺は先に切り上げ教員室に向かう。

 教員室に入るとすぐに坂本先生が立ち上がり、教員室の隣にある生徒指導室へ連れていかれた。


 まるで刑事ドラマのようにお互い向き合って椅子に座る。


「えーと、木崎。非常に言いづらいことなんだけど……」


「何ですか?」


「君のお父さんから連絡があって、土曜日に君のご両親の離婚が成立する。多分、近いうちにお父さんから直接聞かされることになると思う」


「……ちょっと予感はしてました」

 

 坂本先生は気まずそうに続けた。


「君のお父さんから事情は聴いてる。私に相談するようにと君も聞いてると思う。君のお父さんから頼られたことは嬉しいし、君も同意してくれてたのはもっと嬉しい。でも、申し訳ないんだけど、私なりに真剣に考えたんだけど、こういったケースだと私には荷が重い。君の担任でもない私が特別扱いする訳にもいかないの」


 言いたいことは分かる。俺が先生の立場でも身構えると思う。

 多数の生徒を相手にする職業だ。しかも、坂本先生は去年の担任だったという関係なだけだ。

 実際の担任である菅原先生は俺との接点が少ない。きっと俺は坂本先生よりも相談しないだろう。


「それでね。今後、私の代わりに君のアドバイザーになってくれる人を紹介しようと思って」


「アドバイザー?」


「ちょっと待っててね」


 坂本先生は指導室から出ていき、すぐに戻ってきた。

 その後ろに校医の本居先生を連れて。


「君も知ってると思うけど、校医の本居先生だ。この学校の校内カウンセラーでもあるのは知ってるかな。今後、私の代わりに君の相談を受け持ってくれると言ってくれたの」


「やあ、木崎君。実はそういうことだったりするの。この間は言わなくてごめんね。坂本先生から言うまでは君に言えなかったから」


 と、本居先生はおどけながら言った。


 坂本先生は「ごめんね」と言って退室し、学校での相談役は本居先生に引き継がれ、今後のことで二人で話し合うことになった。本居先生と坂本先生の違った点が一つ。


「まず、君のことを知りたい。ということで、君のバイトしている状況も知りたい。君の口から君の声で聞きたい。だから週に一度。そうだね……金曜日の放課後。私のところに来て話をしてから帰るってのはどうでしょう?」


「どんなこと話せばいいんですか?」


「なんだっていいよ。翌日の予定とか、その週にあったこととか、こんなこと考えたとか、君の声で聞かせてくれればそれでいいよ。当然、相談事もばっちこい。話が思い浮かばなくても必ず来ること。いい? それだけは絶対に守ること」 


 やけに念を押された感じがした。

 まあ、適当に話をして帰ればいいだろう。

 バイトの時間を考えてなるべく短めに話すようにしよう。

 そうだ。本居先生にあったついでだ。昨日の猫のことを聞いてみよう。


「あの先生。昨日、うちのクラスの千葉が猫を預けたと思うんですけど?」


「ああ、預かってるよー。うちのマンションはペットOKだし、うちの子も優しいから虐めないし。クロちゃんの方が最初びびってた感じだけどすぐに慣れたみたい。何で知ってるの?」


「助けたとき一緒にいたんで」


「ふーん。猫のことが気になるってことは、木崎君も猫好きだな?」


「まあ、そうですけど」


「じゃあ、今度の金曜日は猫談義もしようか。こう見えて私はモフラーだから負けないよ?」


 ちょっと意味が分からないけど、猫の話なら聞いてみたい気がする。


「じゃあ、その時でいいんで先生の飼ってる猫の写真とか見せてくださいよ」


「あ~、いいね~。とっておきのやつ持ってくるよ~。ついでにクロちゃんとのペアリングも今日撮っておくね。もうあんまり時間がないね。じゃあ、金曜日に保健室で待ってるからちゃんと来るんだよ?」


 びしっと指を俺に鼻先に当てて言った。

 こうして俺の週間スケジュールの一つが新たに決まった。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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