279 平和な日々3
週末の予定を店長に確認したところ、次はアリカがシフトになると教えてくれた。
まあ、これについては予想通りだった。
帰り際に愛と話した通り、週末に太一らを誘ってどこかに遊びに行くことにしよう。
バイトの休憩に入ったとき、太一に電話してみる。
『――明人が電話なんて珍しいな。お前バイトじゃないの?』
「今、休憩中だ。ところでさ今週の土曜日、お前暇? 俺さあ、土曜日バイトないから遊ばないか?」
『――えっ!? マジか。悪い。土曜日はもう予定入れちまった』
予定が入ってるならしょうがない。
これは愛も残念がるだろう。
もしかして、長谷川か?
放課後も一緒にいたし、川上たちも最近休みの日に太一と長谷川が会っているのが目撃されているとも言っていた。
『北野さんと南さんにちょっと付き合えって言われててさ。なんでも土曜日に澤工に行くんだってよ。響と西本は都合が悪くて行けないらしいんだ。澤工生徒会と一緒に会談したよしみで俺についてこいって』
俺の予想は外れていた。
澤工生徒会との会談では、太一は色々な意見を出していた。澤工生徒会メンバーにも太一のことは印象深く残っているはずだ。それを思えば、北野さんたちが太一についてこいというのは間違ってはいない。
「随分と気に入られてんじゃないか?」
『それはそれでいいんだけどさ。北野さん怖いし、アレの件から南さんもやけに怖いしよ。肩身は狭いわ』
それでも行くのが太一だろう。義理を大事にする太一だ。期待にはなんとか応えようとするはずだ。
気になるのは南さんのアレの件。できれば聞かせてもらいたいものだ。
『あ、いいこと思いついた。明人が土曜日暇だったら頼みがある』
――頼み?
まあ、俺にできることだったら別に構わない。
太一が俺に頼み事は珍しい。前に頼まれたのは綾乃の本棚を組み立ての手伝いだ。
『土曜日に綾乃の相手してやってくれねえか? 綾乃が不貞腐れててさ』
「なんでまた?」
『総合会場でなんかイベントあるらしいんだよ。そこに連れてく約束してたんだけど、俺すっかり忘れててよ。ブッキングしたから綾乃に行けないって言ったらすんげえ怒っちゃってさ。俺の代わりに行ってやってくれねえかな。入るのに金いらないし』
「そんなんでいいなら別に構わないぞ。綾乃ちゃんとは知らない仲じゃないし」
『ちょい待ってくれ。――綾乃ー! ちょっとこっち来い』
少しして、電話口から「バン!」と大きな音がした。
今のでかい音はなんだ。
『こら! ドア壊す気か! まだ怒ってんのかよ? 綾乃がさっき言ってたの俺の代わりに明人が行ってくれるってよ』
電話の向こうから「嘘、何で明人さんが?」と綾乃の声が聞こえた。
『お前がイベントに行きたがってること言ったら、明人が代わりに行くぞって言ってくれてんだよ』
『――ちょっとお兄ちゃん。勝手にそんなこと言わないでよ! 明人さんに迷惑じゃない』
『迷惑かどうか――本人に聞いてみろ。ほれ』
『え、この電話――もしかして、明人さんと繋がってるの?』
『早く出ろよ。明人は休憩の時間使ってんだから』
『早く言ってよ! ――あの、もしもし綾乃です。兄が変なこと言ったようですけど気にしないでください』
気のせいだろうか。何か殴ったり蹴ったりしてるような音が電話から聞こえてるんだけど。
電話越しに太一の悲鳴も聞こえてくる。相変わらず兄には容赦ないらしい。
とりあえず話を進めよう。
「いや、土曜日は俺もバイトがないから暇と言えば暇なんだよ。だから太一を誘おうと思って電話したんだけど。太一駄目みたいだし、綾乃ちゃんが行きたいって言うならそのイベントとやらにマジで一緒に行くよ?」
『いいえ、そんな。せっかくのお休みなのに。私の我儘に付き合ってもらうわけには……』
「ちなみに何のイベント?」
『私の好きなラノベがアニメになって、その試写会を兼ねたイベントなんです。中学生だけだと色々制限があって……高校生以上なら問題ないんですけど』
「じゃあ、太一の代わりに俺が付き合うよ。言ったら映画みたいなものでしょ?」
『本当にいいんですか?』
「ああ、全然構わないよ」
そういや、綾乃と美咲は相性が良かったよな。ラノベとかの好みも似てるとか言ってたし。美咲もこれに巻き込んでみようか。その方が俺としてもいい。綾乃と話したりはするけど、美咲ほど共通の話題を持っているわけじゃない。
「えーと、もし良ければなんだけど美咲さん誘っていい?」
『あ、ぜひお願いします。チケットは3枚ありますんで。多分、美咲さんもこの作品は知ってるはずです』
「ちょっと待って。今、聞いてみる」
更衣室から出て美咲のいるカウンターに向かって手を振る。
美咲は俺が手を振っているのに気付いて椅子から立ち上がる。
「次の土曜日空いてたら、綾乃ちゃんと一緒に出掛けるの付き合ってー」
美咲に聞こえるように大声で言うと、美咲は一瞬首を傾げたが、すぐに両手を上げて大きな丸を作った。
「行くって」
『やったー。ありがとうございます!』
「んじゃあ、スケジュールとかざっくりでいいからメールくれる? 俺もうすぐ休憩終わるから。あ、ところで太一は?」
『えっ!? 兄なら…………お母さんに呼ばれて下に行きました』
今の間は何だ? 何となく考えるのが怖いが、太一は電話に出られない状態なのだろう。
お兄ちゃんは大変だな。可愛い妹なんだから我慢しろ。
「じゃあ、言っといて。俺が責任もって付き合うから安心しろって。それじゃあね」
『はい、ありがとうございました』
美咲のいるカウンターへと戻ると、美咲が目をぱちくりさせていた。
「綾乃ちゃんとどこに出かけるの?」
「総合会場でやるアニメの試写会とか言ってたよ」
美咲は驚いて目を見開く。
「も、もしかして、この土曜日にやる「ブラック×ブラック×ブラック」の試写会?」
「いや、タイトル知らないけど……チケットはあるからって、美咲の分はあるって」
「綾乃ちゃんチケット持ってるの!?」
「うん。3枚あるとか言ってた」
美咲は両手を顔に当ててくねくねしだした。
よくこの状態を見るけど、どうやら喜びの表現らしい。
その緩み切った表情ちょっと怖いよ。
「まさか、まさかのプレミアチケットを持ってる人がいるなんて。私も応募してたけど全滅したのに。うわあ、早く土曜日にならないかな。予定はどうなってるの?」
随分とぐいぐい来るけど、相当楽しみなんだな。これは美咲を誘ってみて正解だったかもしれない。
☆
「――なんで、そういうことになったんですか!?」
――翌日、計画していた企画が失敗に終わったことと、土曜日に綾乃らと出かけることになったと愛に言うと、愛はむすっとして、俺に詰め寄ってきたのである。
「愛は……愛は明人さんと遊びに行けると思ってたから、とても楽しみにしてたのに」
「ごめん。だから、太一の都合がつかなかったんだ。先約があってさ」
「それで、なんでそれが明人さんと美咲さんと綾乃ちゃんの3人で出かけることになるんですか!」
「いや、それも太一の予定がブッキングしてて、それで俺が代打で綾乃ちゃんを」
「だったら、愛も連れて行ってください~」
「チケットないし」
ごめん。応募に当選するしかチケットが入手できないらしくて当日入場券とかないんだよ。
綾乃の持つチケットは3枚だから、綾乃、俺、美咲と埋まっている。
「二人ともおはよう。愛さん、まだ懲りずに明人君に求愛しているの?」
「響さんおはようございます。今日は違いますから!」
「おお、響。おはよう」
「一体どうしたの?」
経緯を響に説明する。
「結論から言うと太一君が悪いわね。綾乃さんとの約束を忘れていたことが一番の原因だわ」
ああ、俺が遠回しに避けていたことを明言しやがった。
響の言う通り、そもそも太一が綾乃との約束をしっかり覚えていたならばこういうことにならなかった。
北野さんらとの約束も発生せず、俺からの誘いも断るだけで済んだ。
愛は俺と元々遊べると期待していたのだから、身体の空いた俺にデートの申し込みをする絶好の機会が生まれる。もし、そうだとしたら俺は愛とデートしていたかもしれない。断り切れる自信もないからだけれど。
結果として、愛は太一に振り回されたことになる。
「……ふふ。……ふふふ。そうですか。太一さんのせいなんですか……ふふ。ふふふ」
うわ、笑う愛の目がすごく病んでる。
太一。お前の恋は前途多難どころじゃない気がしてきたぞ。
お読みいただきましてありがとうございます。
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