277 平和な日々1
水曜日。
今日はやけにけだるい。
何だか昨日は自分のしたことが恥ずかしくて、全然眠れなくなって睡眠不足だ。
駐輪場に着くと、愛がいつものように待っていた。
手には真新しい包帯を着けている。
まだ痛むのかな。
「愛ちゃんおはよう」
「明人さん、おはようござ――どうしたんですか?」
「え?」
愛は俺の顔をじっと見て言う。
「……目の下にくまもあるし、ものすごくやつれてますけど?」
「ああ、ちょっと眠れなくて」
「もしかして、愛をおかずにしたんですか!?」
ごめん。今は突っ込む気力もない。
お願いだから止めてくれない?
「してないから」
「なんでしたらねたも提供しますけど?」
「自分を大切にしようね?」
とりあえず、大丈夫だからと念を押す。
いつものように、弁当の入った巾着袋を受け取り下駄箱へ移動。
駐輪場を出たところで響と遭遇。
愛は響の姿を見るや、俺の腕をがっしりと掴む。
「響さんおはようございます。今日は愛の方が先です」
「二人ともおはよう。愛さん良かったわね」
「その余裕がまじでむかつくんですけどぉ!」
「あら? 明人君どうしたの? 顔色が悪いわ」
「響おはよう……ああ、ちょっと寝不足なだけ」
「珍しいわね。もしかして私を妄想して頑張ったの?」
何でこういうところは愛と似てるかなー。
頼むから今日は勘弁してくれ。
「愛さん、今日は明人君本当にきつそうだわ」
「……了解しました」
愛は俺の腕から手を離す。
「本当にどうしたの?」
「いや、ちょっと眠れなかったんだ。理由はないんだけどな」
心配してくれてありがたいが大丈夫だ。
自分でしたことが恥ずかしくて眠れなかっただけだ。
自業自得とはいえ、我ながら情けない。
「今日、お昼休みに生徒会室で打ち合わせしたいんだけど。この様子じゃ無理かしら?」
「いや、いいよ。例の話だろ? それまでに回復するだろ」
「……愛とのお勉強会はなくてもいいですよ?」
「いや、それはする。愛ちゃんの場合は勉強が習慣になるまでする」
「やっぱり、明人さんは〝えす″なんですか? 奇遇ですね。愛は〝えむ″なんです」
俺にどうしろと?
☆
午前の授業が終わり、俺と太一は響と一緒に生徒会室へ。
生徒会室に入ると、会長の北野さんと変態副会長の南さんがすでにいた。
会計の西本は、俺と太一がE組へと響を迎えに行ったとき友達と話していたが、どうやらまだ来ていないようだ。
会長の隣にまた段ボールと座布団が床に置いてあるけれど、きっと西本用だろう。
椅子は余ってるんだから使わせてあげようよ。
まあ、座布団が増えただけましなのかもしれないけれど。
「悪いねー。また頼みごと聞いてもらってさ」
相変わらずの気さくな笑顔で言う北野さん。
「いいっすよ」
「とりあえず、先に食べようか。私、お腹空いてるんだ」
西本はまだ来てないが、昼食を開始する。
全員が食べ終わり、いよいよ打ち合わせ。
西本いないけど、いいんですか?
「来るのは来週の水曜日。今回はそれぞれ近隣4つの中学が日程を合わせて見学だ。その日の昼から授業はない。部活は許可されてる」
学校側としても極力生徒への影響を排除したいと考えたようで、水曜日の一コマを削ったようだ。
ただ、アピールも必要と感じ、教員会議で部活動を主に見てもらうことになったらしい。
俺も中学の時は私立高に少人数で見学に行った。俺が不合格になった学校のだけれど。
見学はつまらなかったのが本音だ。
授業風景を見ても中学と学習内容が違うだけで、大して変わらないと思ったからだ。
「んでー、君たちには東条のサポートと華のサポートに就いてほしい」
響は分かるけど、南さんには何でいるんだ?
俺らに対しても、この間の澤工生徒会の人たちにも優雅に振る舞っていたじゃないか。
「私、中学生当たりのクソ生意気な子が嫌いですの」
「だから大丈夫だって言ってるじゃん。そん時は誰も見られないようにして殴れって」
「野蛮なこと言わないでちょうだい。舞と違って私は繊細なのよ。変なこと言われたら立ち直れないかもしれないじゃない」
この人、普通にしてたらもてると思うんだけどな。
「あの、副会長は男の人が苦手なんですか?」
「いいえ。用事がある時は声もかけますし、話しかけられたら答えますわ」
「じゃあ、なんで中学生は駄目なんです?」
「……私、中学時代に男子には嫌な思い出がございますの」
接していると記憶がよみがえってくるらしく、困ることになるという。
その困ることについて聞いてみたが教えてくれなかった。
「私の人生の汚点ですわ。思い出したくもない」
「……まあ、あの状態になったらうちの高校の評判も最悪になるだろうね……」
どうやら北野さんは知ってる様子。
太一も妙な表情になっている。
「あの、もしかして……それって男バスの話ですか?」
南さんは目を見開いて驚く。
「……あ、あの、もしかして千葉君はあの話をご存じなんですか? あのごく一部の人しか知らないアレを」
「俺、会長らと同じ中学だし、それにそのときの後始末を手伝ったから……」
南さんは椅子から立ち上がると、太一の横まで来て手を取る。
「私、決めましたわ。千葉君と組みます。ねえ、よろしいですわね?」
その目は太一にもしも言ったら殺すと言わんばかりに真剣身を帯びていた。
「千葉君。もし断ったらちょっとお話がありますの。ええ、とっても大事なお話が」
太一は何も言わずにコクコクと頷く。どうやら恐怖を感じたらしい。
「……まあいいや。じゃあ、華と千葉君、東条は木崎君と組むでいいな」
「分かりました。でも会長。私たちのペアは思春期の中学生には刺激が強いかもしれないです」
響、お前は中学生の前で何をやる気だ。
その言葉を聞いた北野さんに影が降りる。
「……この企画にケチがついたらお前ら分かってるだろうな?」
「全身全霊で対処します」
姿勢を正して答えたところを見ると、どうやら響も豹変した北野さんは怖いらしい。
「千葉君にサポートしてもらいながら頑張るわ。ねえ、千葉君?」
南さんは太一に念を押すようにまだ脅してる。
南さんが席に戻ったところで、会長から予定について教わる。
中学生たちは一旦体育館に集合。そこで4つに分かれる。
俺と響は響の出身校でもある西中担当。南さんと太一は北中担当。
会長と西本は俺の出身校でもある南中を面倒見るようだ。
生徒会もせっかく東西南北と揃ってるんだから、名前の冠するところに行けばいいのに。
会長や太一らの出身校でもある東中は、坂本先生ともう一人の先生が面倒を見るらしい。
あの人も色々やってるな。また合コンに行けないとか言いそうだけど。
「そういや、会長はどうだったんです?」
「何が?」
北野さんは太一が何を言っているのか分からない様子。
「数学の補講くらったんですか?」
「補講? 補講……ほこ、う……いやああああああああああああっ!?」
突然、頭を抱えてうずくまる会長。
「千葉君何てことを! 今の舞には補講って言葉は禁句ですのよ」
南さんも言ってるがな。
「怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い……」
ぶつぶつと北野さんが言い続けるそんな中、
「すいません。ついさっき携帯見て気が付きました!」
お昼休みもあとわずかという時間帯にやってきた西本。
入るやいなや北野さんの状態を見て西本が駆け寄る。
「会長。またあの言葉聞いたんですか!?」
どうやら本当に禁句だったらしい。
「華ぁ、西本ぉ、もうやだよ~。あそこに行きたくないよ~」
「会長、終わったんですよ。もう終わったんです」
「大丈夫よ舞。怖いのはいないから、もう終わったのよ」
南さんと西本が慰め会長が正気を取り戻したのは予鈴が鳴ったときだった。
ここまで北野さんに恐怖を植え付けた坂本先生は一体何をしたんだろう。
マジで聞いてみたいんだけど。
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