274 Kiss Kiss Trouble2
俺が目覚めたのは保健室のベッドの上だった。
カーテンが開き校医の本居先生が顔を出す。
本居文香――今年の春から我が校に赴任してきた校医だ。
年齢は覚えていないが坂本先生より若いはず。
アダルティな雰囲気で男子から人気があると太一から聞いた覚えがある。
「あ、君もう起きたんだ。もう大丈夫?」
「大丈夫です。えっと、何で俺ここに?」
太一から聞いたとおり、確かに大人って感じで落ち着いた雰囲気がある。
「君を運んできたのは、二年の東条さんと一年の愛里さんよ」
本居先生が響に聞くと、響は登校中に俺が倒れてたので拾ってきたと言ったようだ。
「まあ、すぐに嘘だと分かったけど。すぐに治るレベルだったから何も言わないけど。だって報告書とか面倒だし。一年の子も怪我してたけど、あれも自分でやったとか言ってたし」
愛は相当痛がっていたけれど、大丈夫なんだろうか。
「手をひどくぶつけたらしいんだけど、骨には異常がないみたいだから湿布で様子を見てもらうことにしたわ。まあ、あれも見た感じ数日で治るでしょ」
それを聞いてほっとする。
「今、何時ですか?」
「もう10時よ。2時間目の途中ってところかしら。どうする? 戻る? それとも次の授業から行く?」
今から戻っても中途半端な気がする。
どうせならもう少しゆっくりしたいところだ。
「……次の授業からでもいいですか?」
「いいわよ。じゃあ、ちょっと話しようか?」
「話?」
「君、女たらしで色々と噂のある木崎君でしょ? 一度話してみたかったの」
もしかして、この人も坂本先生と同じタイプか?
ゴシップネタに興味があるのかな。
「……噂を真に受けないでください」
「今日の状況を見たら噂の全部が嘘って感じはしなかったわ。君を連れてきた二人は実際君に夢中のようだったし。随分と心配してたわよ?」
「……」
「沈黙は肯定と受け取るわ。安心して、ここで聞いた話は誰にも言わない。守秘義務は守るわ」
「何が聞きたいんです?」
「あの二人との馴れ初めというか――きっかけかな? 当然話せる範囲で構わないわ」
二人とのきっかけは些細なことであり、話したところで何かが変わるわけでもない。
俺は二人との馴れ初めを本居先生に聞かせてみた。
「――ふ~ん。随分と二人とも可愛いのね。良かったわね。いい青春を送れてるじゃない。あとは君がどっちを選ぶかってところなのかな」
「いやそれが、俺の方に問題があって……」
「問題?」
「恋愛感情ってどんなのか分からないんですよ。人としての好き嫌いは区別があります。でも、好きをさらに区別するってのが分からないんです。前に言われたんですけど俺には特別がいないって。それって当たってるって自分でも思ってしまって。それが分かるまで二人に待ってもらってる状態です」
本居先生はふんふんと頷く。
「待ってもらってるか。じゃあ、君はいつか答えようと思ってるわけね?」
「そりゃあ、いつまでも待たせるのも悪いし」
「そっか。じゃあ今度は君自身の話を聞かせてくれると嬉しいな」
「俺の話ですか?」
「うん。私はね、君みたいな子が気になるんだ」
「俺みたいな?」
「君に悩みとか、誰かに聞いてもらいたいことはないのかなって。私はこう見えても校内カウンセラーでもあるからさ。ぜひ活用してもらいたいんだよね。家族のこととか、友達のこととか何でもいいよ」
家族と言われた瞬間、脳裏に母親のことが浮かぶ。
俺をいらないと、俺を置いて自分は旅立とうとしている母親のことを。
少し前なら、ここに父親も入っていただろう。
今は和解してお互いに家族としてやり直そうとしてる最中だ。
もし、ここで話をしてしまって父親の耳に入ることは避けたい。
「……いえ。特にないです」
「そっか、ごめんね。変な話聞いて。そろそろ2時間目も終わるから君も準備しなさい」
本居先生に促され、教室へ戻る準備をする。
「お世話になりました」
「――そうそう木崎君」
保健室から出ようとドアに手をかけたところで声を掛けられる。
「君は近いうちにまたここを訪れることになると思うよ」
そういって本居先生はニコッと笑った。
☆
2時間目が終わったのを見計らって教室へと入ると、すぐに太一が声を掛けてきた。
「明人、お前大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
「響にボコボコにされたらしいな。愛ちゃんも手に包帯撒いてたし、時間がなくて詳しく聞いてないんだけど何があったんだよ?」
俺がアリカとキスしたことが原因で愛が俺を襲い、俺を守るために響が格闘して、愛が自爆して決着した。
その後で慰めるために愛のおでこにキスしたら、嫉妬した響に俺がボコボコにされた。
全てにおいて太一に言いづらい。一応、愛は太一の想い人でもあるのだから。
「まあ、いつものことだ。ストッパーがいなかったからな、色々と暴走した結果だ」
「お前も大変だな。そのうち死ぬんじゃないか?」
「縁起でもないこと言うな」
「そっか。んじゃあ、行こうぜ」
「行くってどこにだよ?」
「体育館だよ。次、体育だぞ。早く着替えねえと先生がうるせえぞ」
そういえば今日から球技で確かバレーボールだった。
☆
3時間目、体育の授業。
準備運動が終わったあと、最初ということもありボールに慣れることから始まる。
二人一組でトスとレシーブの練習。
いつもと違うのは男女合同の授業であることだ。
一年生の時は、球技は男女別々だったのだが、2年以降は一緒だ。
とはいえ、手前のコートは男子、奥のコートは女子と分かれて実際は別々だ。
奥のコートでは、柳瀬と川上、委員長の長谷川は席が隣の赤城さんとそれぞれペアを組んで練習していた。
ボールを取りに行って、俺のペアでもある太一のところへ行くと、
「明人。女子見ろ」
「何が?」
「乳の大きさが分かるってもんだ」
「お前、そういうの女子に聞かれたら干されるぞ」
「ばれないように見るのがいいんじゃねえか。本当はお前も気になるだろ?」
そう言われると、ついつい見てしまう。
これも男の性か。
見てみると大きな胸をしてるやつはトスするとき、ワンテンポずれて上下に揺れている。
レシーブするときに両手を内側に寄せるから、胸が大きい子は胸に邪魔されている感じがする。
胸がない子は悲しいかな。不動だ。
「うちの女子は胸が大きい子が多いよな」
川上、柳瀬もそれなりにある。
驚いたのは、長谷川だった。制服の時は気にならなかったが立派なものを持っている。
「長谷川って……実は大きいんだな」
「ああ、あいつ昔から隠れ巨乳だからな。実際は愛ちゃんに匹敵するくらいかもな」
長谷川を見ていると、その当人と視線が合う。
何でこっちを見てるんだといった表情でキョトンとしていた。
よそ見したからか、赤城さんが返したボールが長谷川の頭のてっぺんに当たる。
何をギャクコントみたいなことやってるんだろう。ちょっと面白かった。
「あいつもドジだな。昔から変わんねえ。明人、そろそろ俺らもやろうぜ。先生がこっち見てる」
「ああ。じゃあ、始めよう」
太一とトスとレシーブの練習を始める。
五分ほどたったところでコートの端に分かれてサーブの練習。
お互い打ち合ってボールのイン・アウトを知らせる。
球を上げてバシッと球を叩く。
ボールはネットを越えて勢いよく太一のいる方へ飛んでいく。
「おーい。今のアウトだぞ。力抜けって」
反対側のコートにいる太一からジャッジが下る。
意外と力加減が難しい。
今度は太一からのサーブが返ってくる。
へろへろとした球はネットぎりぎりに落ちる。
「太一、お前は弱すぎだ」
そう叫んでから、ネット際に落ちたボールを取りに向かう。
「明人、危ない!」
その声と同時に、別のところから来たサーブの球が俺の顔を直撃する。
これまた打ったやつが相当強く打ったようで、顔全体に大きな衝撃がくる。
あまりに一瞬の出来事に顔を押さえてそのままうずくまる。
痛い。
我慢できないほどではないが、鼻を強く打ったみたいで涙と鼻水が出てくる。
「うわ、木崎悪い!」
「明人、大丈夫か」
サーブを打った張本人と太一が駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だ。ちょっとびっくりしただけだ」
「明人。お前、鼻血出てるぞ」
「え?」
鼻水だと思っていたら、鼻血だった。
様子のおかしいことに気付いた体育教師も駆けつける。
「おい木崎。大丈夫か?」
鼻血くらいで大袈裟だな。すぐ止まるって。
「顔か? 一応念のため――」
☆
教師からの指示で保健室に行くように言われた。
鼻をガーゼで押さえて出血が治まるのを待っている。
「一応、軽い状態だとは思うけど、頭痛とか吐き気があったら病院行きだからね」
「大丈夫ですよ。今は鼻血だけなんで。他は何もないです」
「――近いうちにまた来るよとは言ったけど、こんなにすぐに来なくても」
「ははは。すいません」
本居先生は呆れたように言った。
この日の出来事が、後々お世話になる本居先生と親しくなるきっかけだった。
お読みいただきましてありがとうございます。
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