271 秘密の重複2
「明人君起きたんだね。ねえ、アリカちゃんがすごい勢いで戻って行ったんだけど?」
うん。分かります。想像できます。
俺も今日はあいつの顔をまともに見れないと思う。
アリカとはお互い黙っておこうということで話はついたけれども、これからどうやって接していけばいいんだ。
せっかくあいつとは、気楽に付き合えるようになったっていうのに。
「さあ、こっちに長居したからじゃないですか?」
「そうかな? まあいいや。今回は私謝らないからね。今回は明人君が悪い。もう隠し事しないって言ったのに響ちゃんとハグしたこと言おうとしなかったんだから。うん。やっぱり私は悪くない」
美咲は随分と胸を張って自分を正当化しているようだけれど、一歩間違えれば犯罪だぞ。
しかし、これはまずい。非常にまずい。
ただでさえ響の件があるのに、よりによってアリカとまでキスしたことが一番まずい。
美咲のお気に入りであるアリカとキスしたことがばれたときには、美咲から何をされるか分かったものじゃない。
「まあ、とりあえず中に入って座りなよ」
俺の心中など知らない美咲は隣の椅子をぽんぽんと叩きながら言う。
誘われるまま、椅子に座る。
椅子に座ったところで、両手を合わせ俺の顔を下から覗き込む。
「じゃあ、そろそろ恒例のハグといこうか。明人君」
「しませんから」
「なんですと!?」
「なんですとじゃない」
美咲はむすっと頬を膨らませる。
「響ちゃんにはして、私にはしてくれないんだ。ああ、そっか。やっぱり若い子の方がいいんだ」
「そういうこと言ってねえ」
「じゃあ、ハグさせなさい」
両手を広げてハグを要求する美咲だった。
駄目だって言ってもしつこいんだよな。
結局、負けてしまう俺なのだが……。
今日は後ろめたいこともあるから早めに負けを認めよう。
「……はい」
立ち上がって両手を広げると、美咲が飛び込んでくる。
最近のパターンとして美咲が俺にへばりつくのが主なパターンだ。
へばりつくだけで他のことをするわけではないので好きにさせていた。
思えば、これが今回の素因でもある気がする。
「うへへへ、明人君も素直になってきたねー。……うん? 明人君からアリカちゃんの匂いがする」
ドキッとするようなことを言うな。
「そりゃあ、あいつが俺を更衣室まで運んだからでしょ」
「あ、そっか。うへへへへへへ」
「変態ぽい笑い方しない」
しばらく俺の胸を堪能して満足した美咲は俺から離れて椅子に座る。
「じゃあ、もう一回響ちゃんとのデートで具体的になにをしていたか聞いてみようか?」
まだ終わってなかったの!?
「話したとおりですって」
「いやいや、明人君から隠し事オーラがちらちら見えるんだよね。ほらほら言ったんさい。今なら許してあげるから」
結局、また美咲に負けて、響が家に迎えに来たときから出来事を詳細に話す。
「へー、響ちゃんのお父さん凄い勘の持ち主なんだね? それでそれで」
風呂が本格的な露天風呂みたいだったことを言うと、
「……響ちゃんも入ってたの?」
「ちゃんと男女別々でしたからね」
「覗こうとか思った?」
「思わねえよ」
ちょっとだけだ。
もしかしたら覗けるかもって思っただけだ。
「明人君って、もしかしてそういうの興味ないの?」
「ないわけじゃない」
「私と一緒に生活してた時も覗きとか夜這いとか、そういう素振り全くなかったし、もしかして姉の好きな世界の住人なのかと心配してるんだけど」
ひどい言われような気がするんだけど。
「俺にそんな趣味はねえ」
「それに響ちゃんと愛ちゃんが明人君の部屋捜索したら、エッチなの一つもなかったって言ってたし」
君たち、そういう情報交換は止めてもらえませんか?
「おおっぴらにしないだけですって」
「えーと、こういうの何て言うんだっけ? そうだ。むっつり?」
「普通です。俺だって男なんだからそれなりの欲望くらいあるよ」
「例えば?」
「キ――!?」
危ない。これは誘導尋問か?
今、キスの話題は避けたいぞ。
「き?」
「いや、ほらもうすぐ夏だし、キャミとかミニスカートとか視界に入ったらやっぱ見ちゃうし」
「ああ、キャミにミニスカートね。ふむふむ」
何かメモを取っていらっしゃるけど……それ乙女のメモ帳だよね?
それ嫌なことも書いてあるから止めてほしいんですけど。
美咲のニヤついた顔が気になるな。
ちょっと横目で覗いてみる。
『夏のGMN計画……キャミとミニスカートの女を見てたら明人君の目潰す』
「ちょい待てい!?」
「ぬ、また乙女のメモ帳を盗み見したね。よくないよ?」
「なんで見ただけで目を潰されにゃならんのだ!」
「そこに目があるからよ!」
一気に脱力する。駄目だ、美咲のペースだ。
これは空気を変えないと暴走モードに突入するパターン。
それにしても今日はいつもより美咲のテンションが高い気がする。
これはますます正直に話すことは危険な気がする。
「……ところで、この間から気になってたんだけど。そのGMNって何?」
「GMN? ああ、拷問」
さらっと言ってのける美咲だった。
GOUMONね。どっかのタレントみたいな発想だな。
「そういう危険な発想は止めようね?」
「うふふふ。それは明人君次第だよ~」
にこやかに笑って答える美咲だったけれど、瞳の奥に怪しい影は残したままだった。
☆
美咲との帰り道。
横を歩く美咲がちらちらと俺の表情を窺っているのが分かる。
響とのデートの件は、詳しく聞かれたけれどキスの件はうまく隠せたと思う。
アリカの件も何事もなかったかのように振る舞えたはずだ。
先制して聞いてみよう。
「美咲さっきからこっちをちらちら見てるけど、何?」
察しがいい美咲なだけに不安は残る。
俺の態度におかしいところがあって何か感じるものがあったのだろうか。
「ん~。実は困ったというか、悩みごとというか……」
お? これは俺にとって好都合な展開か?
美咲自身のことで悩みがあるならそれを聞こう。
その方が響やアリカの話題から離れられる。
「俺でよければ聞くけど?」
「明人君がまだ私に隠しごとしてるっぽくて、話してくれないから困ってる」
俺にとって不都合な展開だった!
「隠し事って……例えば?」
「今日の話もさ、何か微妙に話を遠ざけようとしてる感じがしたんだよね」
女の直感なのか、それとも美咲ゆえの察しなのか。
誤魔化せば誤魔化すほどに後の処理がやばいような気もする。
それに前に隠し事はしないって約束したこともある。
これは意を決して、美咲には正直に打ち明けた方がいいかもしれない。
「えっと、非常に言いにくいことがあるんだけど」
「……やっぱり?」
「歩きながらも何だからちょっと先の公園寄っていいかな?」
「……うん」
少し歩いた先の小さな公園に寄ることにした。
入り口に自転車を置いて、中のベンチに二人で腰を掛ける。
この公園は春に桜が咲いていて奇麗だったと美咲が言っていた所だ。
美咲はじーっと俺の顔を見つめているけれど、半端ないプレッシャーだ。
どう切り出そうか。
「……実はちょっとした事故が起きまして」
「ほうほう」
「昨日、響と観覧車に乗ったんだけど」
「うん。聞いた」
「上の方で揺れて、お互い支え合ってそのままハグしたんだけど」
「うん。それも聞いた」
「そのときに……響に……唇を奪われまして……」
美咲の目がくわっと見開くが何も口にしない。
無言が怖い。何かされそうで非常に怖い。
「そ、それと、昨日の今日で非常に言いづらいことなんだけど……」
「……」
「更衣室で起き上がるときアリカに手を借りたんだけど、勢い余って二人でひっくり返っちゃって……んで……気が付いた口がアリカの口に当たってまして、早い話がアリカともキスしてしまって……言い訳がましいけど両方とも自分の意思じゃない」
「……」
「……これで全部。嘘偽りありません」
「……」
美咲は無言のまま、すくっと立ち上がると俺を置いて歩き出した。
「美咲?」
歩き出した美咲はそのまま公園の出口へと向かう。
おい、何かリアクションしてくれよ。
今までだったら何かしらのアクションしてたじゃねえか。
美咲はそのまま公園を出て行ってしまう。
急いで美咲の後を追いかける。
「美咲。美咲ってば」
美咲の顔を見ようと覗き込んでも、顔を背けられる。
それでも諦めずに顔を見ようとしたら、美咲が俺の肩をバシバシと叩き始めた。
「馬鹿。アホ。スケベ。変態。ボケ。ロリコン。マゾ……」
美咲は俺に罵詈雑言を浴びせながらバシバシと叩き続ける。
全然、痛くない。――いや、痛いな。心が痛い。
「――隠し事しないって、内緒にしないって、誓うって言ったのに、機会だってちゃんとあげたのに……嘘つき」
大粒の涙を流して文句を言いながら叩いてくる美咲を見ていたら胸が痛い。
「キスの事なんかどうでもいい。明人君が内緒にしようと、誤魔化そうとしたことが一番やだ!」
「……ごめん」
バシッともう一度だけ俺の肩を叩いて美咲の動きが止まった。
「もう……これで……勘弁してあげる」
「……ありがとう。美咲が落ち着くまでさっきの公園にいようか?」
「……うん」
公園に戻り、また同じベンチに二人で腰を掛ける。
ぐしぐしと顔を袖で拭う美咲。
しばらく二人無言のままだったが、美咲が俯いた顔を上げる。
「あー、すっきりした。私こんなに人の文句言ったの生まれて初めてだよ」
「そりゃあ、よござんした」
「明人君、遅くなっちゃったね。帰ろう」
美咲は立ち上がると俺に手を差し出した。
その顔は俺の安心するいつもの人懐っこい表情だった。
☆
「美咲もあんな風になるんだね。想像もしなかった。暴力の雨嵐」
「ひどい。私そんな暴力的じゃないもん。そもそも明人君が隠し事するからじゃない」
どの口が言ってんだ。
俺にしてきた数々のお仕置きのどこが非暴力的なんだ?
しかし、怒ったポイントが俺が誤魔化そうとしたことだなんて、まったく想像してなかったことだ。
キスなんかどうでもいい――か。
「なあ美咲。俺がキスしたことは何とも思ってないの? 俺、どっちかっていうとその件でひどい目に合うと思ってたんだけど」
「響ちゃんのは略奪されて、アリカちゃんのは事故なんでしょ?」
「略奪って、まあそうだけど」
「明人君の意志じゃないって言うなら信じるよ。それに――」
そう言いながら顔がだんだんと赤くなる美咲だった。
「――事故でキスってのはよくある話だし……」
……怪しい。今の表情と態度は怪しい。
これもしかして美咲も俺に何かを隠してないか?
これは追及すべきだと判断した。
「なあ、美咲。美咲こそ俺に何か隠し事してないか?」
「へっ!? にゃ、にゃにをでしょう?」
「今の態度。というか何でそんなに顔を真っ赤にしてるんだ?」
「え、嘘。な、何でもないよー」
「美咲、人に言っといて自分は隠し事すんのか?」
「き、気のせいだよ~。やだなあ、明人君たら」
美咲の目が軽く泳ぎ出す。
これ確定ぽいな。
「さあ、吐け」
「ないない。隠し事なんて一つもない」
「それこそ嘘だろ」
「ないってばー」
美咲は早足で歩きだす。
俺も早足で追いかける。
俺の追いかける先に笑顔の美咲がいた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。