269 響とデート6
俺たちを乗せた車は見覚えのある場所に辿り着いた。
総合会場内にある遊園地――GWの時にみんなで遊びに来た場所だ。
駐車場で降り、響に促されるまま道を進める。
レンガ調に舗装された通路は街灯の明かりで照らされている。
明かりの届く通路から少し外れを見ると薄暗く、その先はさらに真っ暗で何も見えない。
俺たちが歩く通路の先に多くの明るい光が集まる場所――ゲートが見えた。
ゲートに近づくにつれ、ゲート周りの明るさとは逆に陰影を放つ洋風の城壁は何故かぞっとさせる。
「間に合って良かったわ」
響がぼそっと呟くと同時に午後7時を知らせる鐘が鳴る。
今日は土曜で午後8時までの営業形態らしい。
遊園地の閉園は通常5時までで、土日や祝祭日が絡む連休のときはナイター営業もしているようだ。
閉園まで一時間を切った遊園地は、今から帰る客が出口にたむろしているが、そこ以外は人がまばらで少ない。混雑していたGWのときに比べれば雲泥の差だ。
「さあ、行きましょう」
響が俺の左腕を手に取りチケットブースへと誘う。
表示されているパネルを見ると夜営業の5時以降は入場料も半額以下だ。
アトラクションを楽しむというより、場の雰囲気を楽しむといった感じだろうか。
響はチケットブースで封筒を取り出し、中のチケットを係員に手渡す。
この封筒は響の父親から受け取ったものだ。
チケットと交換にフリーパスと書かれたカードを受け取る。
中に入るとこの間来たときとは、違った印象を受けた。夜の遊園地は、店の明かりや明かりを放つ乗り物の場所は明るく華やかさは残っているものの、何もないところはただ沈黙と暗闇があり差が激しい。夜の遊園地ってのは、何だか思っていた以上に不思議な空間だった。
「響、ちなみに何でここを選んだ?」
「二人で来ましょうって前に言ったと思うけど。夜はカップルが来るのでしょう?」
「まあ、デートスポットになってるのは雑誌で見たけどさ。とりあえず何か乗るか?」
「明人君が乗りたいものなら何でもいいわ。あなたと一緒にここにいることが重要だから」
気恥ずかしい台詞をさらっと言ってくれる。
人口密度の下がった園内はスムーズに移動ができる。
夜は室内型のアトラクションがメインのようで、屋外型のものは終了しているものもある。
「さて、それじゃあ。せっかくだからあれ乗ってみるか」
LEDでイルミネーションされた観覧車の姿を指差す。
前に来たときは愛と一緒に乗ったものだ。
ライトアップされた観覧車は、あの時とはまた違った印象を受けた。
「ええ、そうしましょう」
響は珍しく笑みを浮かべて答えた。
観覧車の乗り場に着いた。
数人が順番待ちしているが、それほど待つ必要はないようだ。
待っている人のほとんどがカップルのような感じで、何やらここだけ空気がラブラブしているのは気のせいじゃないだろう。
少しして、俺たちの順番が回ってきた。
係員の誘導に従いゴンドラに乗り込んで対面に座る。
俺たちを乗せたゴンドラはゆっくりと地表から遠ざかっていく。
光と闇が映し出す不思議な空間はとても幻想的だ。
徐々に視界が広がり、夜の遊園地の全容が見えてくる。
ところどころライトアップされた場所に人の影も小さく見えた。
響の様子はどうだろうと、響に視線を移すとまっすぐ俺を見つめている。
いつもの無表情だけに何を考えているか読めない。
もしかして、つまらないと感じているのだろうか。俺は選択を間違えたのか?
「響、もしかしてつまらない?」
「そうじゃないわ。今、自分を必死で抑え込んでるわ」
「抑え込む?」
「観覧車に乗っている間にどうやって明人君を襲うか検討している自分がいるわ」
お前、一体何やってるの?
「お前な、せっかくの風景が台無しだろ」
「あら、私だって人間よ。明人君タイムの突入率は高いのよ?」
「だからそういうのは止めろって、雰囲気味わえよ」
「そうね。そうするわ」
響は窓辺へと移動すると視線を下へと移した。
「色々な場所がライトアップされて奇麗だよな」
「ええ、そうね。見て、明人君」
響は真下を指差す。
指差した先には観覧車に乗ろうと集まる数人の姿が見える。
「――まるで人がゴミのようよ」
「響、その台詞は間違ってると思うぞ?」
「……今、混乱してるのよ」
「なんで?」
「密室に明人君と二人でいるからよ。明人君が欲情しないかドキドキしているわ」
「しないから」
「……それはそれで失礼な話ね」
俯いた響は立ち上がり、そのまま俺の横へと移動してくる。
キュッと俺の腕をつまむと上目使いに俺を見上げる。
「……私、魅力ない?」
「いや、そんなことはない。魅力は十分にあるって。基本無表情だけど奇麗な顔してるし、性格だって俺の知る限りじゃ全然普通だし、許容できない悪いところなんて見当たらない」
「じゃあ、私を好きになって」
「……それとこれとは違う問題だ。響のこと好きは好きだ。でも、この好きっていうのは響が望んでいる好きじゃないと思うんだ。響が俺を好きって言ってくれるのは嬉しいよ。でも、前に愛ちゃんにも言われたんだけど……俺には特別がいないんだってさ。俺も自分でそう思う。自分で言うのも何だけど、俺は恋愛感情ってのがよく分からない。だからきっと、特別な相手だって思えたときが、答えなんじゃないかな。答えが出た時はちゃんと言うよ」
「そう。特別な相手ね。……あなたが私を特別な存在だって思ってくれるように努力するけど、自分で言っておきながら私は不安になっている。この不安が私本来の行動をさせてくれない」
「ごめん。俺の都合だけで話してるよな。でも、俺これは間違えちゃいけないと思ってるんだ。とりあえず付き合うとか、そういうのはしないようにしたいんだ」
「……そう。じゃあ、私は欲求不満になってしまうわね。……明人君に一つお願いしていいかしら?」
「何?」
「前に愛さんをご褒美で抱きしめたことがあるでしょう。あれ、私にもしてくれない? ……その、どういう気持ちになるか知りたいのよ。想像じゃ限界があるのよ」
響はすっと立ち上がると、少しだけ頬を染めて言った。
「……駄目かしら?」
何でこう最近ハグを要求されることが多いんだ。
主に美咲だけど……。
「……分かった」
俺も立ち上がり両手を広げ迎え入れる。
響は両手の間に身を寄せ、俺の背中に手を回す。
ゆっくりと響を締め付けない程度に抱き寄せる。
女の子特有の体の柔らかさが伝わり、とくに胸元にむにゅっと柔らかい感触が伝わる。
春那さんや愛には負けてそうだけど、響って着やせタイプで実は胸が大きいんだった。
邪な考えは捨てよう。自分で決めたのだから欲情に負けてはいけない。
「……明人君の鼓動が聞こえる。ちょっと早いわね」
「緊張してんだよ」
「私も負けないくらい緊張してるわよ。……嬉しいわ」
「……そろそろいいか?」
「ええ、ありがとう」
俺が手を緩めると、そっと響は身体を離した。
「思ってた以上に気持ちのいいものだったわ。心が温まるのね」
響は小さく微笑む。
俺たちを乗せたゴンドラはもうすぐ頂点へと達する。
風が通り抜けたのか、ゴンドラが少しばかり揺れ傾く。
立ち上がっていた俺たちは揺れと傾きで少しバランスを崩した。
お互いに倒れないように支え合い、結果、離れたはずの俺と響の距離がまた縮まった。
「もう一度いいかしら?」
響の手が俺の頭を抱えるように伸びてくる。
「揺れが収まるまでな」
俺は響の腰に手を回しゆっくりと抱きしめた。
思えば美咲で慣れてしまっていて、ハグに対する考えが緩くなっていたのかもしれない。
「――思い出したわ」
響の両手が俺の頭を包みこみ、ぐいっと引き寄せる。
唇に柔らかいものが触れる。
頭が真っ白になる。――俺、響とキスしてる?
力を緩めた響が俺から唇を離して囁く。
「早い者勝ちだったわよね?」
そう言って、珍しく満面の笑みを浮かべる響だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。