268 響とデート5
みんなの元へ戻ってくると、響の父親は家紋をじいさんに渡す。
「お義父さん。これで4回連続ですね」
「相変わらず気味が悪い男じゃのう」
「お父様、武さんのことを気味が悪いなんて言わないでください!」
「こらこら静。お義父さんにそういう口をきいたら失礼だろ」
静さんの頭をよしよしと撫でる東条武。
確かに響の言うとおり静さんに対しては、随分と優しくて甘い感じがした。
東条武はくるりと振り返り響を見つめる。
「さて響。今日のデートを賭けてまで私と対等になろうとしたわけだが、お前はどうするのかな?」
静さんに対する目とは違う冷ややかな目が響に向けられる。
気になる発言もあった。今日のデートを賭けただって?
この勝負は響にとってデートよりも大事なことだったのか?
「分をわきまえない行動でした。申し訳ありません」
潔く負けを認めたのか、響は深く頭を下げる。
「いい答えだ。響に良いことを伝えておこう。この木崎君との付き合いは、しばらく様子を見させてもらう。お前の好きにしなさい」
がばっと頭を起こして驚きの表情をする響。
「お父さん?」
信じられないといった表情を浮かべる響。
「勘違いするな。認めたわけではない。様子を見ると言っただけだ」
その言葉に響は父親にまた深く頭を下げた。
「――はいっ、カット! オッケーでーす」
突然、ログハウスの中から聞き覚えのある声がした。
現れたのはハンディカムを片手に持った三鷹さんだった。
「旦那さん。ばっちり撮れたわよ。あとは他のカメラ映像とミキシングして編集するだけ」
「おお、そうか」
三鷹さんの元に東条武、静さん、じいさんが集まり手にしたハンディカムを覗き込む。
これは一体どういうことだ?
響を見ると、頭を上げていつもの無表情に戻っている。
状況が掴めないままでいると、
「明人君、ごめんなさいね。今日のは演技なの」
「はい?」
「父に明人君とデートする話をしたら、条件を出されてしまって」
「条件?」
「私の父の趣味は家族ビデオを撮影することなのよ。東条家「父娘対決」のビデオ作製に協力するなら、明人君とデートに行っていいって言われたの。娘がデートに行くのに条件付けるとか非情でしょ?」
「……すまんが言ってる意味が分からない」
「この撮影に協力すれば明人君とデートしていいって言われたのよ」
同じこと二回言っただけじゃねえか。
「リハーサルなしのぶっつけ本番だから少し緊張したわ。真面目にやらないと父が不機嫌になるんですもの」
「どこからどこまでが撮影だったんだ?」
「私が明人君の家に向かうところからよ。朝からその準備で大変だったわ。それと誤解がないように言っておくけれど、宝を見つけるっていうのはちゃんとした勝負だったから。私が見つけていたら父に謝らせることができたのに悔しいわ。あれは演技でも演出でもないの。お父さんはおじい様が隠した宝を毎回勘だけで見つけてるの」
…………東条家って暇なの?
☆
ログハウスの中に移動。
響の両親らは撮影したビデオを確認するらしい。
もしかして、これにも付き合うのか?
そう思っていたら声を掛けてくる。
「明人君は私に着いてきて」
響に案内されて連れていかれたのは、ログハウスの裏にある浴場だった。
どうやら風呂の用意をしてくれていたようだ。
浴室の入り口が二つあって、一つは「紳士」と書かれた青い暖簾、もう一つの入り口には「淑女」と書かれた赤い暖簾がある。男女に分かれてるなんて温泉みたいだ。
「何か本格的だな」
「おじい様の趣味なの。湯も源泉から取り寄せてるそうよ」
金持ちの道楽というやつか。
「中の籠に着替えとタオルが置いてあるからそれを使って。脱いだものと使ったタオルは三鷹さんが洗濯してくれるからそのままでいいわ。それじゃあ後で」
と、言って響は赤い暖簾をくぐろうとする。
「あれ、響もか?」
「汗も少しかいたし、土で汚れてしまったんですもの。……一緒に入る?」
お前、そういうの無表情に言うなよ。
まあ、冗談なのだろうけれど。
「いや、いい。そうやってからかうの止めろ」
「冗談じゃないのに。残念ね」
そう言い残し響は暖簾をくぐって浴室へと入って行った。
……もしかして、俺は今チャンスを失ったのか?
邪な考えを捨て、青い暖簾をくぐり浴室へと入る。
「……普通に温泉じゃねえか」
入ってみると、目の前に岩作り四、五人入っても大丈夫そうな広さの露天風呂。
風呂の面積の半分ほどを覆う屋根が続いていて、多少の雨が降っても入れそうだ。
中ほどで分断するように高い壁が遮っている。壁の向こう側は女風呂なのだろう。
浴場に入ってすぐ壁際の所に体の洗い場が3つ設置されている。
じいさんだけなら一つで十分だと思うんだが、来客に備えているのだろうか。
とりあえず、汗と汚れを落とそう。
木製の腰掛に腰を落とすと、壁の向こうからシャワーの音がした。
女風呂も壁際に洗い場があるのだろうか。随分と音が近い気がする。
――ということは、この壁のすぐ向こうに響がいて、今シャワーを浴びているということか。
「…………」
壁を見上げてみる。屋根のあるエリアは隙間がない。
いやいや、何考えてんだ。ぶんぶんと頭を振って邪な考えを追い出す。
キュッと音がしてシャワーの音が止まった。
コンコン、と壁を叩く音がする。
「――明人君、聞こえる?」
響の声がはっきり聞こえる。思ったよりも壁は薄いようだ。
「聞こえてるぞ」
「……覗けるかなって思ってない?」
何で分かるんだよ。
「……そんなことしねえよ」
「冗談よ。本当はゆっくり入ってほしいけど、次の予定もあるから早めに出てね」
「次の予定?」
「言ったでしょ。行きたいところがあるって」
「ここじゃないのか?」
「違うわ。ここは父の条件をクリアするために来たんですもの」
もう日が沈むというのに、まだどこかへ行くつもりか?
日没まであと30分くらいだろうか。西のオレンジ色の空に対し、東の空は薄暗くなっている。
「わかった。さっさと済ませるよ」
身体をさっさと洗い、少しだけ入浴。
いい湯加減だっただけにゆっくり入れなかったのは残念だった。
☆
風呂から上がり響の準備をしばらく待っていると、薄い青色のワンピース姿の響が姿を見せた。
「明人君おまたせ」
「思ったより早かったな」
「髪を乾かして着替えただけだから。じゃあ、行きましょう」
移動すると、ログハウスの入り口で片手に白封筒を手にした東条武が待っていた。
「お母さんは?」
「お義父さんに捕まっている。たまには愛娘の相手をさせてやらないと」
部屋の中からじいさんの笑い声と静さんの悲鳴が聞こえる。
またぐるぐる回されているのだろうか。
「響、これが約束の物だ」
手にした白封筒を響へと手渡す。
「お父さんありがとう。今日はこちらでお泊りですか?」
「いや、食事を終えたら家に戻る。……しかし、今からデートするにしては時間が短すぎないか?」
「時間は関係ないんです」
「ふむ……まあ、響がいいならいいだろう」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、気を付けたまえ。木崎君、娘を頼むよ」
東条武は片手を上げ、静さんたちのいる部屋へと戻って行った。
ログハウスを出ると俺たち連れてきた轟さんが車で待っていた。
俺たちの姿を見るとすぐに降りてきて、後部のドアを開けてくれる。
俺たちを乗せるとすぐに車を発進させた。
響はどこへ連れて行こうとしているんだろう。
お読みいただきましてありがとうございます。
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