26 看板娘と密約1
金曜日
昼休み、太一と一緒に学食へ行った。俺は日替わり定食を頼み、太一はラーメンを頼んだ。
今日の日替わりのメインであるメンチカツを頬張っていると、太一がラーメンをすすりながらニヤニヤしているのが、目についた。
「どうした太一? 何かいい事あったのか?」
口に入ったラーメンを飲み込むと、
「……昨日さ、明人が帰るときにさ。俺、川上さんたちと話してたろ?」
クラスにいる女子の名前が出てきた。
「川上? ああ、そういやそうだったな」
川上と言われても名前は分かるが、顔はすぐに思い出せない。
二年生になってから一緒のクラスになった女子の顔と名前が、いまだに覚えきれていないからだ。多分、昨日の女子の中にその川上がいたのだろう。
「うちのクラスにゃ派手な女子はいないけど、それなりの子ばっかだろ?」
A組からE組まである中で、E組には学年一の美少女がいると聞いたことはあるが、いまだに誰か分からない。他のクラスにも組を代表するような美少女がいるようだ。
あいにく、うちのクラスの女子にはクラスを代表するような、ずば抜けた美少女はいないものの、女子のアベレージは隣のA組やC組に比べると高いらしい。本来なら喜ばしいことだが、クラスの女子と交流自体していない俺にとっては、あまり意味のないことだった。
「それで、何の話してたんだ?」
「最初はたいした話じゃ無かったんだが、そのまま遊びに行こうって話になった」
「太一には夢のような話だな。にやついてたのも分かるわ」
「俺としては、バイトがなけりゃ明人も誘いたかったぞ」
「気持ちだけは貰っとく。でも昨日はバイト以外に用事もあったからな。どっちにしても無理だったわ。お前もそう思って他の奴誘ったんだろ?」
「あー松本と藤川を誘った。急だったからな」
太一の話では男三人、女四人の合計七人で一緒にカラオケに行き、フリータイムの時間いっぱいまで遊んだようだ。
「それでな明人に聞きたいんだけど。お前、美咲さんと付き合ってんの?」
「はあ? 何言ってんだお前? 何の冗談だ」
「実はな、昨日一緒に行った女子から聞いたんだが、夜にコンビニに行く途中の道、お前が綺麗な人と仲が良さそうに一緒に歩いてるのを見たって言っててな。その女の人が木崎君の彼女なのか知ってるかって聞かれたぞ」
なるほど、太一が誘われた理由が分かったような気がする。
目撃情報の裏を取るために誘い出された口か。
彼氏彼女の恋愛関係は男子女子問わず噂になりやすい。
情報が曖昧で不確実なものも多いから、きっかけが有れば真実を探りたくなるのが人間心理というものか。
それにしてもクラスの女子の行動力には驚きだ。
「それは確かに美咲さんだな。帰り道が一緒だからついでに送ってるだけだ」
俺が淡々と言うと、太一は心持ち残念そうな顔をして、
「なんだ浮ついた話じゃ無かったのか。俺はてっきり、そういう仲になったのかと思って、あーそうかもって女子に言っちまったぞ」
おい、それは大きなお世話すぎるだろう。しかも、曖昧な情報を渡してるじゃないか。
ということは、俺はこのクラスの女子から、彼女がいる可能性が高いと思われてるってことになるじゃないか。
「勘弁してくれよ。ただでさえ、俺はバイトばっかりで、学校の女子と交流無いのに。学校生活で彼女作る機会すらなくなるじゃねえか」
「明人はバイト先で女の子と交流あるじゃねえか。しかも美人と美少女」
太一の言う美人と美少女は、美咲さんとアリカの事を指しているのだろうが、恋愛関係になってもいないし、ただ単にバイト先が同じなだけの話だ。
「俺はこのまま彼女もできないまま、学校生活を続けていくんだな……」
なんだか急に自分が惨めに思えてきた。
「そりゃ明人次第だろ。バイトしてる奴他にもいるけど、彼女いる奴だっているぞ?」
追い討ちをかけるように太一が正論をぶつけてきた。ますます落ち込みそうだ。
確かに恋愛関係に発展するのは、俺次第なのだけれど、今は好きな子がいないし、気になっている子もいない。
今までのバイト先の女子とも交流自体がなく、俺の周りで交流があるといえば美咲さんくらいだ。
美咲さんが綺麗なのは誰が見ても認めるであろうし、性格も暴走すること以外、基本はいい人だ。
付き合うことになったら、それはそれで自慢してもいいことかもしれない。だが、歳は俺よりも上だし、まず向こうが高校生を相手にしないだろう。
☆
帰りのホームルームが終わり、帰り支度をさっさと終わらせ、俺は教室を出ようとした。
「明人悪い。ちょっとだけ待ってくれ」
太一が俺を呼び止める。
「どうした?」
何かの用事かと思い聞き返すと、
「バイトだろ? 俺もそっち方面に用事があるからさ。一緒に行こうぜ」
「オッケー。分かった」
二人で自転車の駐輪場まで行くと、昨日、自転車を直してあげた一年生の姿が見えた。彼女はまだ俺に気づいていないようだ。
「明人どうした?」
「いや、昨日ちょっと自転車を直してやった女の子がいてな」
「どの子よ」
彼女にばれないように目線で合図を送ると、太一もわかったようだ。
「無茶苦茶可愛いな。名前なんていうの?」
太一も可愛いと思ったようで、興味をそそったらしい。
「いや、名前は聞いてないけど。一年生みたいだったぞ」
「あんな子がいたとは、全然気付かなかったな。一年生のチェックを怠ってたぜ」
太一は悔しそうに言う。
「とりあえず帰るか。行くぞ太一」
「おいおい! お前、声かけないのかよ?」
「なんで声をかける必要がある?」
「明人、お前はもうちょい出会いを大切にしたほうがいいな」
太一の上から口調に少しいらつきを覚えたが、無視することにした。
太一の用事を聞いてみると、釣り道具が入荷したので取りに行くらしい。
釣具屋は、郵便局の少し手前を曲がらなければいけないから、その辺りで別れることになる。
「明後日、夕方の何時ごろに行けばいいんだ?」
「ああ、そういや正確な集合時間を聞いてなかったな。今日聞いて、後でメールするわ」
「ああ、頼むわ。春那さん、美咲さん、それにアリカちゃん美人が三人も揃うなんて楽しみだぜ」
「お前は食い気よりそっちが大事そうだな」
俺が苦笑いしながら言うと、
「明人、事の重要性が分かっていないようだな。美人とイベントなんて、まず無いことだぞ。男ならはしゃいで当たり前だろう。これで、お近づきにでもなれたら万々歳だ」
太一の力説に俺は哀れみつつ、太一の場合は、親しくなっても友達どまりか、いい人どまりだろうなと思ってしまった。
「明人、明日時間あるか?」
太一は何かを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔で聞いてきた。
「あ? 昼からファミレスでバイトだから午前中だけならあるぞ。バイトに行く時間考えると十一時位が限界かな」
「それでもいいからさ。ちょっと午前中だけ手伝ってくれないか? 綾乃の馬鹿がさ」
「綾乃?」
聞いたことがない名前だ。誰だろう?
「あ、妹の名前。あいつ自分の部屋に置く棚を買ったのはいいんだけど。それが自分で組み立てるやつ買ったんだよ。それが昨日届いてさ、親父は仕事でいないし、母親は危なっかしくて手伝わせるほうが危ないし、妹は人任せで手伝いすらする気なくてよ。組み立てるの手伝ってくれ」
太一は、なんだかんだ言いながら、妹を大事にしている。随分と微笑ましいものだ。本人に、このことを言ったら認めないだろうけど。
「ああ、いいぞ。お安いご用だ。午前中には余裕で組みあがるだろ。そういや俺、太一の妹を見たことがないな。名前も今日初めて聞いたぞ。お前いつも妹って言うからな」
「あれ? そうだったっけ?」
「春休みに太一の家に行った時も、誰もいなかったし」
「あの時は留守番だったからな」
「太一と似てるのか?」
太一に女装させてる姿を想像してみたら、胸が気持ち悪くなってきた。もし似てたなら、その子の将来が心配だ。太一の顔は不細工ではないが、しまりが無い。
「んー、全然似てないな。今まで一度も似てるって、言われたことない」
「お前に似てなくてよかったな」
俺が意地悪くいうと、太一は「どうせイケメンじゃねーよ」とふてくされた。
しばらくすると、俺と太一の分岐点になる交差点にたどり着いた。ここから、てんやわん屋まで五分とかからない距離だ。太一が行く釣具屋は、交差点から左に曲がって行った所にある。
「じゃあな、明人。後でメール入れといてくれよ。また明日な」
「ああ、わかった。」
釣具屋に向かう太一を見送ると、俺はてんやわん屋へ足を進めた。
てんやわん屋に着き、店内に入ると店長と美咲さんがいた。美咲さんはレジの椅子に座ったままで、カウンター越しに店長が立っている。美咲さんが目線をこっちに向けたので、店長も俺が来たことに気付いたようだ。
「あーちょうど良かった。準備しておいで~」
「はい。すぐ着替えます」
更衣室に入り、私服に着替えエプロンを着ける。ロッカーに荷物をしまい準備完了。
店長たちのところへ向かう。
「明人君、日曜日のことだけどね。五時にお店閉めて、それからバーベキューするから。
時間ちゃんと伝えてなかったでしょ? あと準備は俺と高槻さんでするからね~、君達は五時に閉めてから裏屋のガレージに来ればいいから。おなかはすかせておいてね」
薄ら笑いを浮かべ、店長は言った。
俺が来たのは、ちょうどいいタイミングだったようだ。店長は美咲さんにこの件を伝えに来たところだったらしい。
「店長と高槻さん、バーベキューとか準備するの好きですよね? 前回も二人で全部用意してたじゃないですか」
「こういうときくらい動かないと、普段何もやってないからね~。」
そんなに自分を卑下することはないと思うが。
「あの俺、本当に手伝わなくていいんですか?」
「あ~いいよ。明人君の歓迎会も兼ねてるんだから。主役をこき使ったら駄目でしょ。また次の機会の時はお手伝いしてもらうことにするよ」
店長は頭を掻きながら、やる気のない口調で言った。
「ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
「そんなにかしこまらなくていいよ~。遠慮せずに食べるんだよ」
優しげに言う店長が、なぜ家族と別居しているのだろうか。夫婦の間で一緒に暮らせない理由でもできたのか、昨日の話を聞いてから、つい思い起こしてしまう。
「んじゃ、俺、戻るから~。後でアリカちゃんをこっちに寄越すから頼むね」
俺が気になってることなど気付かずに店長はそう言うと、裏屋へと戻っていった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。