267 響とデート4
これは響にとって本当にクリアしたいことなんじゃないだろうか。そう確信したのは、鐘がなると同時に響は俺よりも早く畑へと駆け出し探し始めたからだ。その姿は真剣そのものだった。
俺も片手で扱えそうな鍬を手に左の土手から畑へと降り立つ。
盛り土の上の葉や蔦が視界を遮る。
この状況で一時間で見つけ出すことは困難を極めるだろう。
響のじいさんが言うように、それこそ強運の持ち主でもない限り。
本当にここに宝が埋まっているのか、そんな疑問すらわいてくる。いつ埋めたのかもわからない。どんな物かもわからない。条件としてはかなり悪い。
手短なところの盛り土を掘り起こす。少し掘り起こすと土の中から芋の一部が見えた。土を戻し少し進んだ先でまた土を掘り起こす。掘っても出てくるのは芋とその根っこばかり。宝の正体もわからないままどうすればいいと考える。
響の方を見てみると、しゃがみこんですぐさま移動を繰り返している。あいつなりに攻略法でも考えているのだろう。確かに闇雲に掘り漁っても時間を浪費するだけだ。俺も効率のいい方法を考えながら進もう。
何かヒントが欲しい。
響の父親はこの挑戦をクリアした。この広い畑の中からどうやってそれを探し当てた。頭の切れる響のことだ。恐らく父親には攻略法があったはずだと考えているのだろう。
何かが埋まっているなら、そこだけ芋の成長が遅いかもしれない。葉や茎、蔦、盛り土をよく観察してみる。何処かに変わったところがないか、違和感がないか。注意しながら見て回る。
少しでも盛り土の盛り方に違和感を感じたら掘り起こす。俺の安易な期待は簡単に裏切られる。
がむしゃらに探し回ったが見つからない。気が付けばもう残り時間は半分を切っていた。
立ち上がって響の様子を見てみると、響が息を切らしてこっちを見つめていた。
響が進んだ行程は、少なくとも俺の倍進んでいる。だが、まだ探していないエリアの方が探したところの三倍は残っている。残りの時間で全部を見てまわるのは明らかに不可能だろう。
表情はいつもの無表情ではなく、悔しそうな顔をしていた。
こんな表情の響を俺は初めて見た気がする。
畑を突っ切るように響のもとへ駆け寄る。
「……甘かったわ。父が一人でクリアしたと聞いていたから、糸口があると思ったのに」
響の手に着けている軍手も膝も土まみれだ。汚れることなど構わず探していたのだろう。
「まだ、時間はある。他に何か情報はないか?」
「……ごめんなさい。本当に何もないの」
響は悔しそうに俯く。
「とりあえず、あがいてみようぜ」
「ええ、そうね」
二人ともそれぞれ探索を再開する。
俺たちのあがきは、じいさんの鳴らす鐘の音であっけなく幕を閉じた。
☆
「時間切れじゃ」
「……」
「あの、すいません。本当に宝って埋まっているんですか?」
「お前たちに運がなかっただけじゃ」
「そうなんですか。あの、道具ありがとうございました」
借りた道具を片付けていると、一台の車が入ってきた。
車はログハウス前に止まり、後部座席から一人の男性と静さんが降りてきた。じいさんは勢いよく静さんに近づき、いきなり抱きあげて豪快に笑いながらぐるぐる回り始めた。
「静! 元気にしておったか」
「お、お父様。目が回ります~!」
ぐるぐると回されて悲鳴を上げる静さん。
下ろされたあと、フラフラしたところを一緒に降りてきた男性が静さんを支える。
……もしかして、響の父親か?
響の父親は響と似た凛々しい顔つきをしていた。
それなりの年齢なのだろうけれど若く見える。
鋭い目つきでじいさんを睨んでいて、じいさんも負けじと睨み返しているところを見ると、二人の仲は良くなさそうだ。溺愛する娘を奪った相手だからなのだろうか。
響の父親は静さんをログハウス前に置いてある椅子に座らせると静さんの頭を撫でている。
静さんは相変わらずのぽやっとした顔で頭を撫でられて嬉しそうだ。
静さんが俺たちを指差すと父親も目を向けてくる。
父親の視線が俺に集中しているような気がするのは気のせいか。
「――君が木崎明人君か。初めまして。娘が世話になっているみたいだね。今日はこんな茶番に付き合わせてしまって申し訳ない」
「いえ、そんなことはありません」
会釈しながら答える。
「――それで響。どうだったんだ?」
「……見つけられませんでした」
「ふむ。……お義父さん、ちょっと畑に入らせてもらいますよ」
響の父親は小さな鍬を片手に畑へと入っていく。
畑の真ん中でぐるりと辺りを見まわす。
顔の動きが止まり、右手に向かって移動していく。
また、立ち止まり辺りを見回す。
見まわしていた顔の動きが止まるとその方向に数歩進み、その場にしゃがみこんだ。
がつがつと無造作に土を掘り起こす。
父親は立ち上がり、大きな声で俺たちを呼んだ。
「木崎君こっちに来てくれないか?」
響の父親が待つ畑の中へと移動する。
無造作に掘られた穴の中には芋が見える。
「木崎君、この芋を抜いてみてくれるかい?」
言われたとおり根っこごと芋を抜くと、形のいい大きな芋が取れた。
「そこをもう少し掘ってごらん」
鍬を渡され、言われたとおりさらに深く掘ってみる。
カツンと何か固いものに当たる。当たったところを手で掘り起こしてみると、瓦のようなものが出てきた。その瓦には紋章みたいに小さな菱型が四つがくっついて、一つの大きな菱型を成していた。
「東条家の家紋だよ。お義父さんの宝だ」
物は確かに長い間埋まっていたかのように汚れていて、カビのようなものもついている。
トリックじゃない。本当にここに埋まっていた。多分、俺を呼んだのはそのことを証明するためだろう。こんな簡単に見つけるなんて……。
「……なんでここに埋まってるって分かったんですか?」
「さあ。勘としか言いようがないんだ。私は昔からこういったことに勘が働いてね。さて、木崎君。娘は君のことを好いているようだが、君はどうなんだい?」
答えづらい振りが来た。
「……あの、俺そういう風な考えがないんです。好意を持ってくれるのは嬉しいんですけど。その……俺自身が恋愛ってものが分からなくて。その、だから今は友達です」
「……ふむ。響に聞いた通り片思いといったところか。親の私が言うのも何だが、響は優秀ないい女だぞ」
「俺もそう思います。あの……失礼なこと聞いていいですか?」
「何だね?」
響の父親は薄ら笑いを浮かべて答える。
「俺に興味を持ったと聞きました。あなたは俺に何かするつもりだったんですか?」
「ああ、軽く脅して二度と響に近づかせないようにするつもりだった。……だが、気が変わった」
「気が変わったって……何故ですか?」
「これも勘としか言いようがないんだが、君を見てそういう気になった。しかし、響の相手に合格したとは思わないでくれ。様子を見ることにしただけだ。……そろそろ、みんなのところへ戻ろうか。響が心配そうに君を見ている」
響の父親はそう言うと足を進め始め、俺は黙ってついていくことしかできなかった。
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