266 響とデート3
土曜日、てんやわん屋で早くバイトが終わり、午後3時に自宅へと辿り着いた。
響に連絡すると、4時過ぎに迎えにいくと返答が来た。
それまでにシャワーを浴びたり着替えたりして準備。
午後4時を回ったころ、呼び出しのチャイムが鳴った。
玄関を出ると響がいて、後ろには黒塗りの外車が止まっている。
「お待たせしたわ。……その格好なら大丈夫そうね。では、行きましょう」
「……」
「どうしたの。行くわよ?」
「響……その格好なに?」
響の格好は、長袖のTシャツにオーバーオール。それに麦わら帽子。
首にはタオル、足元にあるのはどう見ても長靴。ポケットから軍手も見える。
昨日、美咲たちからデート前の女の子はいかに可愛く見せられるか悩むものだと教わった。
響も例外ではないと思っていただけに、呆気に取られた。
どう見ても今から農作業でもしようかという格好だからだ。
「今から行く場所にはこの格好が最適なの。ちゃんと明人君の道具も準備してるから」
「道具? 準備?」
「着いたら説明するわ。行きましょう」
車から轟さんが降りてきて、後ろのドアを開けてくれた。
響は乗り込むと、俺に手招きして乗り込むよう促してきた。
俺は響がどこに連れていく気なのか見当もつかないまま車に乗り込む。
「轟さん。お願いします」
「はいはい」
俺たちを乗せた車は市街地を抜け、清和市西側にある山へと向かっていた。
標高はそれほど高くないなだらかな山で、果樹園や畑など農作業も広く行われている。
この山のふもとには、清和市の小学校出身者なら誰でも世話になったことのある芋畑がある。
記憶は薄れてしまっているけれど、俺も芋掘り遠足で来たことがある。
緩やかな坂道を越えたあと、舗装されていない道へと車は曲がって行った。
道が荒れているのかガタガタと車が揺れる。
雑木林に囲まれた道を抜けると、広い畑と小さな家が一軒見えてきた。
家の前に車が止まる。
「ひーちゃん、着いたよ」
轟さんは車を止めると、すぐに降りて後ろのドアを開ける。
俺たちが車から降りるとトランクルームを開けて袋を取り出した。
「木崎君だったね、これを持って行きなさい」
取り出した袋を俺に手渡す。
「は、はい。ありがとうございます」
「轟さんありがとう。また後で電話しますね」
「ああ、ゆっくりしておいで」
轟さんはそう言うと車に乗り込み元来た道へと車を走らせて行った。
俺と響は畑の前に置き去りにされた状態だ。
「……響、ここどう見ても畑なんだけど?」
「ええ。畑ね」
受け取った道具を見ると、長靴とタオル、軍手が入っている。
「もしかして、マジで農作業すんの?」
「ええ、そのとおりよ」
「マジで?」
「冗談でこんなところまで来ると思う?」
「こんな時間から?」
「日が沈むまで時間はあるわ」
これがデート?
愛の時は海浜公園を散歩。美咲の時は水族館。アリカの時は、目的がチャレンジメニューだったけれど、ショッピングモールや繁華街をうろついたりした。
こういうのもデートっていうのか?
もしかして、響はデートというものを勘違いしてるんじゃないだろうか。
「あまり時間がないから手早く済ませましょう。まずこっちに来て」
響はそう言って小さな家を目指して歩き出す。
小さな家だと思っていたけれど、よくよく見てみれば、これは全てが木で組み立てられたログハウスというものだ。
入り口のところに小さな鐘が飾ってあり、その脇にはドラムスティックのような木の棒が置いてある。
響は木の棒を手に取ると、「カンカンカン」と鐘を鳴らす。
「なんじゃ?」
すると、ログハウスの中から髪も髭も真っ白な大きな男が現れた。
中が暗かったから急にわき出たみたいに見えて少し驚いた。
響は男を見据えると大きく頭を下げた。
「――おじい様、お久しぶりです」
……おじい様?
このでかい男が響のじいさんなのか?
歳はいくつだか知らないけれど、体格もよくてガテン系な感じがする。
髪や髭は白いけど、まだまだ若々しい感じだ。
「おお、響じゃないか。久しぶりじゃのう。静は元気にしておるか?」
「はい、相変わらずですが……」
「んで、今日は急にどうしたんじゃ? お前も色々と忙しいだろうに。ん? ――後ろの小僧は誰じゃ?」
「おじい様に会わせたくて連れてきました」
そういった途端、じいさんの目つきが険しいものに変わる。
ぎろりと睨んでくるような目が俺に向けられる。
あれ、これ、もしかしてやばくない?
「……小僧。名は?」
「木崎明人です。初めまして」
大きく頭を下げて挨拶する。
やべえ。この人うちのオーナーとは違った迫力がある。
貫禄なのか、それとも東条コーポレーション会長がもつ気迫なのか。
「ふむ、ちょっとひょろっこいの。それで響よ、この小僧をわしの前に連れて来てどうする気だ?」
「先ほど言ったとおりです。私がおじい様に会わせたくて連れてきました」
「……ふむ。わしに会わせるということがどういうことか分かって言ってるのだな?」
「はい。それを承知で連れてきましたので」
「その小僧はわしの眼鏡にかなうのか?」
「その器はあると信じてます」
えーと、これは一体どういう状況なのだろうか。
「ふむ。ではお前も知ってのとおり賭けをしようか」
「はい。それも承知の上でこの格好で参りましたから」
「我が東条家の娘を欲しければ、知力体力が勝るべきなのは当然のことじゃ。だがしかし、わしはそれ以上にもっと大事なものを持っているどうかを見極める。それは――運じゃ。ここぞという時に強運であるかどうか、それを持っているか」
運だって? そんなでたらめな……。
「私の父はこれを乗り越えて、母を手に入れた。しかも、たった一人で」
響はくるりと振り返る。
「明人君いい? 今から説明するわ。この畑のどこかにおじい様の宝が埋まっているの。私と手分けしてそれを見つけるの。制限時間は一時間」
「おい、……もし見つけられなかったら、どうなるんだ?」
「……どうにもならないわ。ただ父に明人君を認めさせるのにもっとも時間のかからない手段を選んだだけだから。これ以外だと骨が折れるわね」
「は? ちょっと待て。何だよそれ。お前の親父さんがどうしたって?」
「私の父があなたに興味を持ちだしたの。父が変なことをする前に太鼓判が欲しかったのよ」
「変なことって?」
「拉致監禁の上、死なない程度に拷問するくらいかしら」
「……冗談だよな?」
「父が甘いのは母だけなのよ。それ以外の人には非情よ。娘の私にもね」
と、響はいつもの無表情で答えた。
その無表情を見て、俺はあることに気付く。
俺はもしかしたら重大な勘違いしていたのかもしれない。
こんな簡単なことに何故気付かなかったんだろう。
響と静さんや三鷹さんたちの関係を見て、響の家庭は温もりがある家庭なのだとそう思い込んでいた。
甘やかされた母親とは対極に厳しく育てると言われている響。
それはどんな厳しさなのか。愛情ある厳しさなんだろうか。
もし俺が思っていたような家庭で育っているなら、響がこんなに無表情な訳がない。
「明人君聞いて。ここにあるのは芋だから根が多いわ。うまく排除して」
「分かった。俺は右から響は左から。他に情報は?」
「……ないわ。でも、絶対に見つけてみせる」
「道具は好きに使って構わん。では、次にこの鐘が鳴るまでの間に探すのじゃ!」
カンカンカンカンと鐘が鳴り響き、俺たちは走り出した。
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