265 響とデート2
「んで。お前は一体何しに来たんだ?」
つなぎ姿なので、裏屋で仕事なのは分かる。
手ぶらできたということは、俺か美咲に何か用事があるのだろう。
「ああ、美咲さんと打ち合わせ」
「打ち合わせ?」
首を傾げて問い返す。
「明日お休みだし、アリカちゃんたちとお出かけするの。ねー」
美咲が大袈裟に頭を傾げて言うと、アリカも美咲の真似をしながら「ねー」と言った。
アリカがそういう仕草をすると余計に幼く見える。
しかしまだ美咲のことが分かっていないみたいだな。
一瞬、美咲が獣の目になってたの気付いたか?
美咲はまだ諦めてないようだし、自分で窮地に追い込んでるぞ。
さっき打ち負かしたからって油断してたらやられるぞ?
それはともかく、美咲の言葉に引っかかることがあったので聞いておこう。
「アリカちゃんたち?」
「愛も連れていくから。あの子、休みになると家に引き籠もること多いのよ。たまには外に連れ出さなくちゃ。さっき電話したら喜んでたわ」
「どこいくの?」
「ショッピングよ。といっても、下見だけどね」
「そうそう。夏物が出始めてるから下見しようかなって」
「この間、あんたとショッピングモール行った時に気になった服とかあったのよね。今度は試着とかもしてみたいからそれで美咲さんを誘ったって訳。響も誘いたかったんだけど、明人とデートするんでしょ?」
アリカの言葉に美咲が冷気漂う笑顔を見せる。
その顔でこっちを見るな。
「明人がバイト終わるまで一緒にどうかなって思ったんだけどね。愛も響をぜひ誘えとか言ってたし」
愛の魂胆が見える。
きっと、買い物の最中に俺とのデートに関する情報を聞き出そうと考えたに違いない。
「でも、デート前に拘束するってのは駄目でしょ。準備に色々時間もかかるだろうし。だから今回は諦めたの」
準備ねえ?
太一も女は準備に時間がかかるとか言ってたけど、そうなのかな。
美咲と一緒に暮らしていた時は、買い物に行く準備で美咲がそんな時間をかけたことがない。
軽く上着を羽織って、小さな鞄を持つだけだった。
「女の準備ってそんなに時間かかるの?」
言った途端、二人が目をくわっとさせた。
「そりゃあ、かかるよ!」
「あんた、服のチョイスだけでどんだけ時間がかかると思ってんのよ! 軽く3時間くらい消費するわよ」
「そうだよ、そうだよ。服が決まったと思っても持っていく鞄が服に合わなかったり、トータルで微妙な感じが出たりしたらまたやり直しで大変なんだから!」
「デートってなったら気合も変わるんだからね!」
軽く聞いただけなのに、なんで二人してそんなに怒ってんの?
どうやら虎の尾を踏んだらしい。
「じゃあ、アリカも俺とデートした時は準備に時間かけたのか?」
さっきまでの勢いはどこへ行ったやら、頬を朱に染めて口をパクパクさせるアリカだった。
「どうなんだよ?」
「――あ、明人とのデートに、時間なんてかけてないし! なかなか寝付けなかったとかないし、どれ着ていくか悩んで部屋の中を足の踏み場もないほど服だらけにしたとかないし、緊張して朝ご飯全然食べられなかったとかないし、予定より二時間も早く起きたとかないし、百回くらい鏡で自分の姿見直したとかないし、愛に何回も大丈夫だよねなんて聞きなおしてないし、明人相手にそんなことなんて全然してないんだからねっ!」
一気にまくしたてるアリカだっが、言い終わると同時に美咲がアリカに襲い掛かった。
「もう我慢できないっ!」
「へ? いやあああああああああああああっ」
完全に油断したアリカは、美咲の餌食となった。
あの最後のツンデレっぽいセリフで火が付いたんだろうな。
俺から見てもあのセリフを言ったアリカはちょっと可愛かった。
さて、俺は俺でこのあとに待ってる地獄に備えようか。
☆
「まだ頭が痛い」
「あははー。アリカちゃん今日はなかなか外さなかったね」
「美咲のせいだろが」
美咲に襲われたあと、アリカは助けなかった俺をアイアンクローで沈めると、怒って裏屋に帰って行った。
少々回復した俺は美咲とカウンターのところで椅子を並べて話の続きをし始めた。
「まあ、それはともかく、アリカが俺の時は準備に時間をかけてないのは分かったよ」
「は?」
美咲の目が点になる。
「……明人君、それ本気で言ってる?」
「だって、本人が言ってたじゃん。俺相手にそんなことしてないって」
そこはアリカの言葉のとおりだろう。
俺の態度に美咲はあきれ果てたような態度に出る。
「あ、明人君……物には限度ってものが……」
「違うのか? じゃあ、美咲は俺と水族館へ行ったときどうだったの? さっきはアリカがいたから聞けなかったんだけど。美咲が俺んちにいたときって、買い物行く準備するのに時間かけることなかったでしょ」
「水族館に行ったときは一応デートだったし気合入れたよ。時間もかけたもん」
「なんで?」
俺の質問に美咲は「はあ」と小さくため息を落とす。
「普段とは違う可愛い自分を見せたいんだよ。私だって男の子と二人っきりでデートなんて初めてだったから、今までそんなこと考えもしなかった。もう何着ていこうか、髪型どうしようとか、すっごく悩んだんだから。結局、私の場合は春ちゃんがコーディネートしてくれたんだけど……」
「美咲もアリカも可愛いのに、もっと可愛い自分を見せたいのか? ――いたっ!?」
言った途端、背中をばちんと叩かれた。
「だから自分自身ではそんなこと思ってないんだってば。いったら見栄なんだけど……不安なんだよ。アリカちゃんも不安だったと思うよ。自分はちゃんとした格好してるのかな、可愛いって思ってもらえるのかなって」
アリカとデートした時を思い起こす。
確かに俺はいつもと違うアリカの姿に見惚れた。女って怖いと思ったぐらいだ。
俺が可愛い格好をしてると言ったら、
『そ、そっか可愛いんだ』
と、アリカはそう言いながら、ほっとしたような顔をしていた。
いつもと違う髪型をしていて、そのことに触れたときも、
『似合ってるかな?』
『ああ、マジでいい感じ』
『そ、そっか』
と、あの時アリカは小さく笑ったような気がした。
嘘偽りない正直な気持ちで答えたのだけれど、どうやら正解だったらしい。
「……女の子ってのは大変なんだな」
「……大変なんだよ」
「俺相手にそこまでする必要もないのに」
「……それよりも大変なことがあるんだけどね……。たまにわざとやってるんじゃないかって思う時がある」
「何の話?」
「……こっちの話」
美咲はぷいっと顔を横に向けて言った。
何で急に不機嫌になってんだ?
「……多分、響ちゃんも不安なんじゃないかな」
ぼそっと呟く美咲。
「そうなのかな?」
「不安を取り除けるのは明人君だけなんだからね」
「そっか。気を付けるよ」
前かがみになって、カウンターにことんと頭を乗せる美咲。
「……私、何言ってるんだろう?」
「何が?」
「なんでもなーい」
美咲はこっちに顔を向けずに答えた。
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