264 響とデート1
金曜日
HRに個人順位表を貰う。クラスで4位、学年で25位が俺の成績だった。
太一は赤点を二つ取り、放課後に補講授業を受ける結果となった。
順位表も見せてもらったが、クラスで37位、学年で184番と去年よりも悪くなっている。
これは期末試験の時に試験勉強させるために捕まえた方がいいだろう。
響は学年一位の座を防衛。
少し予想はしていたけれど、まさか本当に全科目満点取るとは恐ろしい頭だ。
問題の傾向を数パターン予想していたのが当たったと言っていたけれど、何パターンぐらい予想してたんだろう。
それも俺とは桁違いな数なんじゃないだろうか。
愛は残念ながら苦手としていた古典で赤点を取ってしまい、補講授業を受けることになった。
それ以外の教科はぎりぎりとはいえクリアしたのである。
「一つで済むなんてよかったです。愛もやればできる子だったんですね」
と、愛は万歳三唱して喜んでいた。
今回のは序の口で授業が進んでいけば、もっと難しくなるんだけれど。
今後に備えて勉強会の話をすると、
「一週間も空くと愛はりせっとされる自信があります。毎日はいかがでしょうか?」
「試験前にしようね」
魂胆が見え見えだったので牽制しておく。(響が横で手刀を用意していたという理由で断ってない。)
俺とのデートの行先について、愛から響への尋問は続いていた。
「結局、明日はどこに行くんですか?」
まだ諦めていない愛の質問に、
「エジプトよ」
と、響は答える。
昨日はマチュピチュとか言ってたな。
愛はようやく聞き出せたと喜んでいたが、愛はマチュピチュのことを知らずアリカに場所を聞いたらしい。その件でアリカから馬鹿にされたらしく、おかげで朝から響に突っかかり、また騒がしくなった。
「また嘘でしょ。いくら愛でもそれくらいは分かります」
「スフィンクスとピラミッドが見てみたいのは本当よ」
昨日は空中都市が見てみたいとか言ってたよな。
無表情に返す響の態度に、愛は少しイライラしているようだ。
「明人さんは本当に聞いてないんですか?」
「本当に聞いてないって」
響は徹底したガードで情報を漏らさずにきている。
昼飯の時に俺や太一からも何度か聞いたけれど、教えてもらえなかった。
俺たちに言ったら「愛さんにばれるから教えない」と拒否されたのである。
「こうなったら明人さんをすとーかーして……」
そんなことで休みを無駄に過ごさないでほしい。
「愛ちゃんも諦めなって」
「響さんは危険なんです」
「人を危険人物みたいに言うのはどうかと思うけど?」
「じゃあ、明人さんと二人きりでいい雰囲気になったらどうします?」
「キスをねだるわ」
「まさかの即答!? やっぱり愛が見張っておかないと危険です!」
「あら? 明人君はまんざらでもなさそうだけど?」
「明人さん!?」
「そんなこと考えてないから!」
頼むから俺に振るの止めてもらえませんか?
愛まで狂暴化したらどうするんだ。
結局、毎日のようにぎゃんぎゃんと喧騒は続くんだよな。
☆
途中まで愛と一緒に下校。俺はてんやわん屋へ、愛は行きつけのスーパーへ向かう予定だ。
てんやわん屋に向かう途中、愛が百面相してるけれどあれやこれやと忙しい子だな。
愛と分かれる交差点に着く。
むすーとした顔をしていた愛が自転車を寄せてきて、俺の袖をくいくいと引っ張る。
「万が一もないと思いますけど、響さんの誘惑に負けないでくださいね」
「大丈夫だって、気を付けるから」
愛はアリカの時と違ってやたらと心配している。
あの時は俺が拍子抜けしたくらい何も言わなかったのに。
相手が響だと愛も気が気でないのだろうか。
それともアリカの場合は心配する要素がなかったのか。
「あっ、いい作戦を思いつきました!」
その言葉を聞いて嫌な予感がする。
「先に愛と既成事実を作ってしまえばいいのです。明人さん、愛ときすしましょう。なんでしたら子作りでもいいです」
「自分を大切にしようね?」
「駄目ですか? いい作戦だと思ったのですが……」
愛はぷくっと頬を膨らませる。
そんなことしたら、三人の手刀使いから殺されるわ。
「大丈夫だって。デートはするけど、そういうことはしないから」
「明人さんがしなくても、響さんがする可能性があるから愛は心配なんです」
確かに愛よりも響の方が大胆といえば大胆だ。
この間は頬にキスされてしまったし、お返しもねだられた。
響の場合、無表情が多いから行動が読みにくいんだよな。
☆
愛と分かれてんやわん屋に辿り着く。
着替え終わってカウンターに向かうと、美咲が両手を広げて待っていた。
「美咲。毎日、顔合わすたびにハグを要求するのは、いかがなものかと思うんだけど?」
「駄目?」
「駄目」
「じゃあ、明人君がハグしなさい!」
「一緒じゃねえか」
ここのところ美咲もおかしい。元々おかしいところは多いけれど、俺への態度が少し変化した。
一緒に暮らしていた期間があったからか、俺にやたらとくっついて来ようとする。
「明人君は我儘だ。こっちからハグを求めても応えてくれないし、ハグしてって言ってもしてくれない」
「理由もなしにハグっていうのはどうかと思うぞ? 恋人同士じゃないんだし」
「理由ならあるよ! 再会したことの喜びだもん。ハグは親愛の証だよ? 明人君には私の恥ずかしいところまで見られてるから平気だもん」
むすっとして答える美咲。
「一日も離れてたわけじゃないんだから理由になってない。それに美咲は平気でも俺が恥ずかしいんだよ」
「え? 明人君もしかして欲情しちゃう? 私に色気が出てきたってこと?」
何を嬉しそうに目を爛々に輝かせてんだ。
「そういうのないから」
「ぶー。明人君は春ちゃんが言う男の子象とちょっと違うなー。私の下着見ても慌てた様子なかったし、私が忘れた下着も普通に持ってきたし。春ちゃんは「おかずにしたかも」とか訳の分からないこと言ってたけど」
春那さん、美咲にそういうことは教えないでもらいたい。
自分の身の潔白を訴えるわけじゃないが、そういうことしてないから。
「下着自体はただの布切れだろ。美咲の下着姿を見たらさすがに慌てるだろうけど」
「……試す?」
美咲は着ているTシャツを指で摘まんで聞いてくる。
「試さない。ってか、そういうことしないの」
最近、春那さんの影響がもろに出てる気がする。
カウンターに入り、美咲の横の椅子に座る。
ちらっと美咲を見てみると俺をじっと見つめている。
どうやらまだ諦めていないらしい。
そうじっと見られると居心地が悪いというか、逆に目を合わせにくい。
「……」
無言の圧力は止めろ。
「……」
目を逸らさずにじっと見つめてくる美咲に根負けして背中を向ける。
すると、今度はコツコツとカウンターを指で叩き始める。
あからさまに俺に聞こえるような音を鳴らしているが、これはどう考えても催促だろう。
これは一度満足させた方がいいかもしれない。
「……正面は恥ずかしいから背中で」
「やった!」
がばっと背中に抱きついてくる美咲。
美咲は背中へばりつき、すりすりと頬ずりし始める。
何が楽しいのか、分からんが。
「うへへへへ。明人君の匂い」
「そういう変態ぽい言い方止めなさい」
「……今日も愛ちゃんと響ちゃんの匂いがする」
「俺の意思が通じないって言ったでしょ」
「それは聞いたけどさー」
「それよか、そろそろいいでしょ?」
「まだチャージしてるから駄目」
何となくなんだけど、そろそろ嫌な予感がするんだよ。
ちっこい悪魔が顔出しそうな……。
裏屋への扉に視線を向けると、俺の予想は的中した。
いつからいたのか、アリカが腕を組み不機嫌そうな顔で睨んでいる。
頬のあたりが引きつっているところを見ると、怒ってらっしゃる感じだ。
無言のまま、つかつかと近寄ってくる。
できればそのまま帰ってもらえないでしょうか?
カウンターの中に入ってくると、
「美咲さん、何してるんですか?」
と、俺じゃなく美咲に聞いた。
まあ、この状況なら美咲からしてきているのは一目瞭然か。
「明人君にハグ」
はっきりきっぱり答える美咲に、がっくりとうなだれるアリカ。
「美咲さん。仮にも明人は男なんですよ。恋人同士でもないのに女の子が自分からハグしてどうするんですか?」
「親愛の証だよ。じゃあ、次はアリカちゃんに――」
がばっとアリカに飛びかかろうとしたが、アリカはさせじと美咲の手を素早く掴み近づけさせないようにする。
「むむっ!? アリカちゃん成長したね?」
「いつまでも、やられっぱなしじゃありませんから」
プルプルと美咲の腕が震えている。アリカの力に完全に負けているようだ。
腕を押さえられたら美咲に勝ちはないだろう。
突破しようと美咲も頑張ったが長くはもたなかった。
へろへろっと脱力する。
「もう駄目だ~」
ぜえぜえと肩で息をしながらぐたっとカウンターに突っ伏す美咲。
アリカは美咲に勝利しガッツポーズする。
「アリカ、お前いつからいたんだよ?」
「ちょうど、あんたが背中向けたときからよ。何を美咲さんに抱きつかれてへらへらしてんのよ」
「へらへらしてねえし。美咲さんに言っても聞かねえのお前も分かるだろ」
「それを言い聞かすのがあんたの役目でしょうが」
「役目って何だよ? お前、相手は美咲さんだぞ?」
「相手が誰であれ止めさせなさい。それとも何? やっぱり抱きついてほしいから何も言わないの?」
「誰もそういうこと言ってねえだろ!」
「あー、やだやだ。男ってのはすぐこれだから」
こいつ、俺に喧嘩売りに来たのか。
「あら、何。やろうっての? 口でも手でもかかってきなさい」
人差し指をくいくいと挑発するアリカ。
上等だ。立ち上がって臨戦態勢を整える。
「止めてっ。私のために争わないで!」
と、美咲が間に割って入る。
「おおっ!? 一生に一度言えるかの名セリフをこんなところで言えるなんて!」
嬉しそうな顔で美咲は言った。
俺とアリカが白い目で見ていることに美咲は気づいていなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。