261 人の噂も75日4
励ます花音に太一は「ありがとう。花音ちゃんが天使に見える」と軽口を叩く。
花音は手をわたわたと振って「恥ずかしいから止めてください」と訴える。
そういえば……愛が俺の家に来た時に美咲と話していた内容って、花音に好きな人がいるって話じゃなかったっけ。
もしかして、太一? いや、違うか。愛は花音から相手が誰か教えてもらえてないと嘆いていたし、サッカー部の誰かだって言っていたから、そうなると太一は条件から外れるか。
そんなことを考えていると、留美が太一に質問した。
「前から太一先輩に聞きたかったんですけど、放課後によくあっちこっちで姿を見かけますが、何してるんですか? 太一先輩って、部活やってないんでしょ?」
「俺? 特に何かしてるってことはないけど……話聞くくらい?」
俺も太一の行動について知らないことがいくつかある。
俺が学校にいる間はつるんでいる。俺がバイトに行ったあとは何をしているか詳しくは知らない。
基本的に俺が知ってもいいどうでもいい話や噂話程度なら、後で太一本人から直接聞くことが多い。
しかし、相手側に理由がある時は太一は決して口にしない。
まあ、俺自身も他のやつに関心が少ないから聞くこともないのだけれど。
「太一君、たまに3年のところにもいるわよね? 生徒会の仕事してるときに見たわ」
「ああ、世話になった人とかいるから、たまに顔出しして挨拶してんだ」
社交性の高い太一なので学年を問わず知り合いがいるようだ。
「太一さんって、暇なんですか?」
「愛ちゃん!?」
花音がびっくりした表情で愛を止めようとする。
「うん。暇だよ。趣味っていえば釣りくらいだし、体ならいくらでも空いてるからデートのお誘いあれば行っちゃうよ? なんなら今度の休み遊びに行く?」
「嫌です。絶対あり得ませんから」
「明人、愛ちゃんに振られた! 俺、死んでいい?」
「死んでください。殺してもゴキブリ並みにしぶとそうですけど」
さらに愛が追い打ちをかける。
「愛ちゃんひでえっ。少しくらいは俺にも愛をください」
「太一さんにかける愛情があるなら、産廃として捨てます」
どうやら、少しばかり恨みがこもっているような。
なんで太一は愛相手でも、軽く明るくこんな風にできるんだろう。
羨ましくもあり、とても真似ができないと思う。
太一らしいと言えば太一らしいのだけれど。
この後、愛は目標を響に変え、何かにつけ響からデートの情報を聞き出そうとするが、あまりにもストレート過ぎて失敗に終わる。しつこく聞いていたが、留美に怒られ愛はひとまず諦めたようだった。
「人のデートに着いてこようだなんて……困ったものね」
響、お前は自分の行動を思い出そうな。
愛とのデートの時、お前とアリカ一緒になって着いてきてたじゃねえか。
結果的に、体調を崩した愛を運ぶのは助かったけれど、そのあと「躾が必要ね」とかいって、アリカと一緒になって俺をぼろぼろにしたじゃないか。
そんなことを思い出しながら、響を見ると、
「……明人君、人は成長するものなのよ?」
と、どうやら俺が何を言いたいか分かっているようだ。
「愛、花音。もうそろそろ移動しないと」
まだ昼休みは少し残っていたけれど、留美たちは体育館へと移動するようだ。
「では、またです」
「先輩方、お邪魔しました」
「……ありがとう、ございました」
三者三様の挨拶をすると、体育館方向へと歩き出す。
なにやら留美が愛に言っているようだけど、多分、注意しているのだろう。
「……愛さんがいると、やっぱり賑やかになるわね」
そう言って3人を見送る響の表情は、いつもの無表情ではなく、珍しく少し緩んでいた。
☆
午後の授業、少しばかりいつもと雰囲気が異なる。
クラス内には完全な沈黙が落ちている。
異質の空気をまとった坂本先生が教壇にいるからだ。
坂本先生は、いつもと同じように笑みを浮かべ教室に入ってきた。
手には返却される答案用紙を持って。
起立、礼、着席と日直からの号令。
そして、第一声。
「残念なお知らせがあります。このクラスに補講者が7名も(・)います」
笑みを浮かべたまま坂本先生は言った。
俺はこの感じを知っている。
顔は笑っているけど、内心は笑っていない顔だ。
途端に教室内にピーンとした空気が張り詰める。
なんだ、この冷気を感じるような空気は。
「他のクラスにもいましたが、私が担当するクラスで一番多いです。――それでは、答案用紙を返却します。名前を呼ばれた順に取りに来てください。相沢君」
坂本先生は冷ややかな笑みのまま、呼んだ相沢に答案用紙を渡す。
受け取った相沢は自分の点数を見ると小さくガッツポーズ。
「赤城さん」
さっと立ち上がり、すたすたと近づく。赤城さんも緊張しているようだ。
答案用紙を受け取ると、はあ~と長い息を吐き肩を降ろす。
「井上君」
井上、既に顔が青いぞ。
答案用紙を受け取った井上はその場で固まる。
どうやら赤点で補講だったようだ。井上は恐々として坂本先生の顔を見る。
ほんの少しだけ笑みを深める坂本先生。逆に怖いよ。
次々と呼ばれ、俺の前の川上が呼ばれる。
川上は受け取るとほっとしたような顔をしている。
どうやら補講は免れたようだ。
そして、俺の番がきた。
「木崎君」
答案用紙の記入欄を間違って書いたとかがなければ赤点はない。
俺の予想では80点前半は取れているはず。
答案用紙を受け取ると、そこには88点と予想していた点よりも大きかった。
今のところ順調だ。父さんや店長にもいい報告ができそうだ。
名前を呼ばれ、受け取るたびにそれぞれに静かに一喜一憂をする生徒。
そして、我が親友太一の順番がやってきた。
今のところ、赤点者は生徒の様子から見て3人。あと4名の枠が残ってる。
数学は太一にとっても苦手な教科で、試験後もやばいと嘆いていた。
「千葉君」
既に顔色の悪い太一は足取り重く教壇へと移動する。
受け取った太一はその場で固まり、頭を下げた。
ああ、これは駄目だったか。
太一はやっちまったといった顔で席に戻る。
視線を送っていると、太一が気付く。
太一は自分の答案用紙を指差し、指で3の数字と8の数字を示す。
惜しいところまでは来ているが、結果は結果だ。
坂本先生の補講を頑張って生き残って来いというしかない。
全員が答案用紙を受け取り、七人の赤点者はその表情からおのずと誰か分かる。
今日の授業はテストの答え合わせというか、再確認。
一問ずつ、使用する公式と解き方の説明をしていく。
4問目で俺も間違っている所があり、その公式と解き方の説明が行われた。
あれ? 回答は×になっているのに黒板に書かれた答えは俺の回答と一致している。
周りを見ると、俺と同じように答案用紙と黒板を何度も見返してるやつが多かった。
「あの先生、問4の答え。私、合ってるんですけど?」
一番前にいた女子が先生に聞いた。
「俺も合ってる」
「私も」
「俺も」
あちこちから声が上がる。
「え、嘘。私、採点間違えてる?」
坂本先生は慌てたように、女子の答案をみる。
「うわ、本当だ。みんな、ごめん。×にされてる人、手を上げてくれる?」
調べるとクラスの半分ほどが間違えられていた。
坂本先生は手を上げた生徒の答案を確認して回る。
「今の人チェックしたから、プラス2点が本当の点ね」
太一が手を上げる。
「先生。そしたら40点になるんだけど……これってセーフ? 補講受けなくてもいい?」
「え、千葉40点になるの? じゃあ、セーフね。名簿からも外しとくわ。……でも、千葉の場合、受けさせた方がいい気がする」
「マジで勘弁してください!」
必死な声を上げる太一だった。
「冗談よ。千葉は補講免除ね」
「やったー」
むちゃくちゃ太一は喜んでいるけど、放置すると危ないな。
次の期末の時は無理やり一緒に勉強させよう。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。