260 人の噂も75日3
川上らの事情聴取はうまくいかなかったようで、二人とも不完全燃焼のような微妙な顔つきで戻ってきた。
長谷川は普通の表情と変わらない。実際どうなのだろう。
仮に長谷川が本当に太一のことが好きだったとしても、その恋は辛いものになるんじゃないだろうか。
愛という片思いの相手が太一にはいる。太一もまた同じだ。
太一が好きな相手、愛は俺のことを好きと公言している。
それでも太一は変わらない。何一つ俺に対する態度は変わっていない。
本当はどんな気持ちなんだろう。もし、俺ならどう思っただろう。
――ゴンと、脳天に重い衝撃がくる。
「いてっ!? 何しやがる!」
「つまんねえこと考えてんじゃねえ。お前、顔に出やすいの自分で気づいてないだろ。俺にはわかるんだぞ?」
どうやら俺の考えてたことが太一には筒抜けだったようだ。
考えてみれば太一も美咲と同じで、俺が考えてることをよく当てる。
太一の言うように、俺が表情に出やすいのか、それとも俺が単純なのか。
☆
昼休み――いつもの体育館の脇に行くと、愛が花音と留美を引き連れて待ち構えていた。
何故に仁王立ち?
その愛の傍らで呆れた表情をした留美と、おどおどした様子の花音。
「ふっふっふっふ。今日は愛もお友達を連れてきました。これなら問題ないですよね?」
愛は胸を張って言った。
今まで週末以外のお昼は友達を優先して欲しいという俺の言葉を守ってきていたわけだが、今日になってどうしたんだ。もしかして、朝のことをまだ引きずっているのか?
「先輩がた急にお邪魔してすいません。この馬鹿が泣いてすがるもので」
留美が一歩前に出て、深々と頭を下げながら言った。
「馬鹿っていう子が馬鹿なんだよ!?」
愛は頬を膨らませる。
「うるさい。あんたは黙ってなさい」
しっしっと手で愛を諫める留美。
「私は別に構わないわ。あなたたちは私たちと一緒でもいいの?」
「ここまで来て戻るのもあれなんで、お願いします」
「じゃあ、ご一緒しましょう。あなたお名前は?」
「あ、すいません。一年C組の西之原です。西之原留美と言います。そこにいるのが飯島花音です」
花音は紹介されると、一瞬びくっとしたがぺこぺこと頭を下げる。
前もおとなしいとは思ったけれど、花音は人見知りする子のようだ。
留美も花音も響に見つめられても固まる気配はない。これなら問題なさそうだ。
「2年E組の東条響よ。よろしくね」
響……お前その無表情に言うの止めろよ。花音が戸惑ってるだろ。
とりあえず、顔合わせも終わったことだし、さっさと昼飯にしよう。
太一がシートを敷き、俺の右に響、左には愛が並ぶ。
こらこら。そう、互いに視線をぶつけあって火花を飛ばすな。
しかし、このまま愛の正面に留美か花音が座るとしても、このままだと響の正面に太一が座ることになってしまう。
太一が俺の正面にくると、その左右に留美と花音が座ることになる。これもまた不自然だ。
「えと、愛ちゃん? この配置だと太一の正面に響が来てまずいんだけど?」
太一が固まることを知っている愛は、悔しそうな顔をしながらも俺の正面に移動した。
事情が分かっているだけに、我慢してくれたようだ。
太一の正面に花音、俺の正面に愛、響の正面に留美の配置となり、移動した愛は太一を恨めしそうに見つめる。
「なあ、明人。俺、何も悪いことしてないよな?」
小声で太一が訴えてくる。
太一すまん。お前が悪くないことは重々承知の上だ。
だが、堪えてくれ。愛もどこかに怒りをぶつけないと気が済まないのだろう。
「こら愛。急に参加させてもらってんのに、その態度でいいの?」
愛の様子を見て留美がたしなめる。「は~い」と渋々ながらも従う愛。
この子、随分としっかりした子だな。三人の中でまとめ役っぽい。
とりあえず、食事を始めよう。
後輩組は鞄の中からそれぞれ弁当を取り出す。
「なんでみんな鞄持ってきてんの?」
「五時間目が体育なんです。このあと体育館に行って着替えるので」
「へー。一年の女子って、今、体育何やってるの?」
「ばすけっとぼーるです。愛はへたっぴなので球から遠ざかります。いかに球に触らないで済ませるかが課題です」
触りに行こうよ。
もうそれバスケじゃないよ。
「一年のとき男はサッカーだったけど。女子はバスケやってたのか。そういや俺らも6月から球技じゃなかったっけ? また男女別々になるのかな?」
「いいえ。二年生は男女混合の授業ばっかりよ。球技はバレーボールね」
「球技は部活やってるやつが有利だよな。ところで花音ちゃん、緊張しなくていいぜ? せっかくのお昼だ。リラックス、リラックス。肩の力抜いて」
「は、はい。太一先輩」
その声に横で弁当の蓋を開けようとしていた響の動きが止まる。
「太一君、いつの間に一年の子を手懐けたの?」
「なんだそりゃあ?」
「だって、名前で呼びあってるから」
響がそう言った途端、花音は頬をかあっと赤らめる。
もしかして、太一のこと好きだったりするのかな。
「ああ、俺が自分で言ったんだよ。愛ちゃんが俺のこと名前で呼んでるから同じでいいよって。学校でほぼ毎日顔合わせてるから、もう俺のことは慣れたよね?」
「は、はい。太一先輩は大丈夫です。……多分」
「あの先輩方、勘違いしないでくださいね。花音は人見知りが激しい上に、慣れててもすぐこんな感じになるんです。よく恋してるんじゃないかって勘違いされるんですよ。単なる恥ずかしがり屋なだけですから」
留美が手を上げて進言する。
「……あ、あんまり見られると……恥ずかしいです……」
「悔しいくらいに可愛いわね。美咲さんがアリカに持つ感情ってこんな感じなのかしら」
そろそろじっと見詰めるの止めてやれ。
子犬みたいにプルプル震え始めたじゃないか。
食事を始めると、愛がタコさんウィンナーを箸でつまんで差し出してくる。
「はい明人さん、あ~ん」
「あの、愛ちゃん。自分で食べるから」
「もう、明人さんったら、みんなの前だからって照れないでください。あ、わかりました。タコじゃなくてカニがいいんですね。はい、あ~ん」
タコさんウィンナーとカニさんウィンナーに切り替え、ずずいと距離を詰めてくる愛。
タコがいいとか、カニがいいとか言ってるんじゃないんだけど。
周りに視線をやると太一と留美は呆れ顔、花音は期待に満ちた顔。
そして横の響は絶対零度の眼差しで俺を見つめている。怖くて食えねえ。
「明人君、いつまでも待たせるものではないわ」
まさかの響から愛への助け舟が出るとは思わなかった。
食った瞬間に手刀が飛んでくるんじゃないだろうな。
「変なこと考えてる顔ね。私は寛大な女よ? それくらいじゃあ怒らないわ」
今まで散々お前にやられてるけど、どこに寛大さがあったか教えてほしい。
加減というレベルなら、間違いなくお前が一番加減をしてないぞ。
「はい、あ~ん」
「……ありがとう」
愛に根負けしてカニさんウィンナーをいただく。
はい、大変おいしゅうございます。
もぐもぐ味わっていると、
「……食べたわね? 躾が足りないのかしら」
と、響がぼそっと言った。
おい、響。お前は一体どっちなんだよ。
そのいじめ方は止めろ。精神的にきつい。
「ところで……あなたたちはどういうきっかけで友達になったの?」
「私たち中学が一緒だったんです。愛と花音が元々友達で私は高校からですけどね」
「じゃあ、私の後輩でもあるわね。道理で見たことがあると思ったわ。あなた、中学の時テニス部じゃない?」
「え? は、はい。そうですけど。あの……何で知ってるんですか?」
響の問いに目を大きくさせて答える留美。
「言ったでしょ。見たことがあるって。車を待ってる間、何度かテニス部の練習を見てたことがあるの。今もテニス続けてるの?」
「はい。うわあ、嬉しいな。東条先輩に顔を覚えてもらっていたなんて」
意外と話が盛り上がってる。響と留美は相性がいいんだろうか。
「ところで、響さん。もし遊びに行くならどこに行きますか?」
愛が唐突に響に聞いた。
「……愛さん。探るにしても、もう少し変化球があった方がいいと思うのだけれど?」
「愛にそんな頭はありません」
「……潔いのは認めるけれど駄目ね。明人君にも秘密にしてるんだから」
「そんなこと言わずに教えてくださいよ~」
「駄目なものは駄目。ところで……愛さん試験何か返ってきたの?」
響の言葉に愛はポンと手を打つと、Vサインを出す。
「二つ返ってきました。結果は……」
ごそごそとかばんを漁り答案用紙を取り出す。
愛が取り出したのは現国と数学の答案用紙で、現国は51点、数学は46点。
「お!? 赤点じゃないじゃん! 成果でたね」
「です~。これも明人さんのおかげです。坂本先生も喜んでくれました。C組は数学の赤点いなかったそうです。愛が一番低かったらしいですが」
坂本先生が数学担当なのか。
太一や北野さんが恐れるほどの補講授業に参加せずに済んで本当によかったね。
「留美ちゃんはどうだった?」
「私は現国が72点で数学は78点でした。自分では頑張れた感じです」
「花音ちゃんは?」
「……現国68点で……数学は……100点です」
「へ?」
点数を聞いて太一が固まる。
「今なんて? 数学が満点?」
「す、すいません。私なんかがそんな点数取ってすいません」
「いやいや、花音ちゃんが頑張ったからその点数なんだろうけど、花音ちゃん頭いいんだね~」
「点が取れるの数学だけなんですけど……他のは平均くらいなんです」
それでも満点はすごいだろ。
高校に入ってから試験で満点なんて取ったことないぞ。
「響は何か返ってきたのか?」
「物理と英語が返ってきたわ。両方100点だったわ」
レベルが違いすぎる。
相変わらずハイスペックだ。
きっと今回も学年1位を取るだろう。
「明人君たちは?」
「歴史と物理が返ってきた。俺は歴史が88点で物理が90点だった」
「あら、いい感じね。太一君は?」
「この流れで言いたくねえなあ。……歴史が46点で物理が34点。赤点第1号だ」
「あら、太一君も愛さんと一緒に勉強した方がいいんじゃない? 試験前だけでもやった方がいいわよ?」
「考えとく」
「た、太一先輩だって頑張ったら大丈夫です」
がっくりと頭を落とす太一に花音は頬を赤くして励ます。
「……川上さんたちが見たら食いつきそうなシーンね……」
響が太一と花音のやり取りを見てぼそっと言った。
うん。俺もそう思う。
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