259 人の噂も75日2
川上と柳瀬が俺に話しかけ、俺の取り巻く環境を変えようという響の考えは分かった。
だが、人選という面では間違っている。
「それでね木崎君。ついでと言っちゃあなんだけど、大学で会ったあの藤原美咲さんはバイトの先輩だって話よね? 木崎君本人からあんまり聞いてないからさ。木崎君的には藤原さんのことがどう思ってるのか教えてもらってもいいかなー?」
「あの人を抱きしめてたのを私は目撃している。柳瀬的にはあの人が本命なのかと。吐いたらすっきりするよ?」
何故だろう。いつの間にか取材に変わっている。
川上はメモを片手に早く言えといわんばかりだ。
実は今、美咲と一緒に暮らしているなんてとても言えない。
ばれたが最後、本当に俺の高校生活が終わってしまう気がする。
「今やってるバイトは俺と美咲さんしか基本いないんだよ。それで仲良くなっただけだ。お前らが勘ぐってるような関係じゃねえぞ。それに帰りが一緒なのは、帰り道が一緒なだけだし。これ前にも言っただろ」
「名前で呼び合う仲なのに?」
「それは向こうの希望から始まったんだよ。お前らさ、そもそもあんな奇麗な人に俺が釣り合うと思ってんの?」
「「思わない」」
そこハモるな。分かってたけど、今の即答は地味に傷ついたぞ。
「釣り合うとは思わないけど、木崎君的にはどうなのよ?」
「どうって何が?」
「藤原さんのこと好きとか、憧れてるとかないの?」
そりゃあ、美咲のことは好意的に思ってるさ。
優しいし、奇麗だし、話もよく聞いてくれるし、時にはわがままになったり、急に怒ったり、暴走したり、子供っぽいところがあったり、魔食を作れたり、鋭いところがあると思ったら妙に疎いところがあったり、朝起こすのが大変だったり、落ち込んだら励ますのがまた大変だったりと、飽きない人だし、一緒にいて退屈しない。
なんだかマイナス要素ばっかり並んでる気がする。
「ないな。てか俺自身の問題でもあるんだが、そもそも恋愛ってものが分からん」
「はあ?」
川上が素っ頓狂な声で聞き返す。
「人としての好き嫌いは分かるんだが、恋愛って形になると俺には分からないんだ。どういう感じになればお前らが言う好きになるんだ?」
「それ、マジで聞いてる?」
柳瀬は信じられないといった感じで俺を見る。
そんな顔しないでくれよ。
「木崎君に新しい二つ名ができるね」
「愛を知らない男だね」
「本当に分からないんだからしょうがないだろ」
「……これ東条さんが苦労するの目に見える」
「同意。こういう男は捨ててさっさと別の恋愛するべし」
「ひでえな。そう言うお前らは恋愛してんのか?」
あ、地雷踏んだかも。二人とも同時に顔が引きつった。
「……この学校にいい男がいないだけ」
「同意。いいなと思ったのには彼女がいる」
二人とも目線を逸らして口々に言う。
これ以上の深入りは身の危険を感じるので止めておこう。
「そういえば……木崎君にもう一つ聞きたいことがあったわ」
川上が急に言い出す。
「何だよ?」
「千葉君のこと」
「太一? 太一がどうした?」
「いんちょとの噂聞いてないの? 最近、放課後や休みの日に一緒にいるのをよく目撃されてるの」
初耳だ。
太一と長谷川が一緒に?
前に写真の個展を付き添いで見に行ったのは聞いているけれど、それ以外にも会っているのか。
太一からその話以外は聞いたことがない。
しかし、太一が愛を諦めたというのならば、必ず俺に言ってくるはず。あいつはそういうことには筋を通す男だ。
つまり、太一は心変わりをしたわけでも、愛のことは諦めたわけでもなく、何らかの理由で長谷川と一緒にいるということが考えられる。その理由を太一が俺に教えてこないとなると、長谷川側に何らかの理由があるといったところか。それならば、太一は俺に教えないだろう。
「二人とも同じ中学で仲はいいでしょ。ここ最近になって急接近してるらしいの」
「川上とは違う筋から柳瀬の耳にも入っている」
二人に恋愛関係があるとか勘ぐるのは好きじゃないが、太一が動いているとなると気にはなる。
「おや、噂をすれば――」
教室前の入り口から太一と長谷川が一緒に入ってくる。
太一はいつも通りの遅めの登校だが、俺よりいつも先にいる長谷川にしては遅すぎる登校だ。
もう一つ、にこやかな長谷川の表情と違って、太一が憮然とした表情なのが気になる。
太一はさっとクラス内に視線を飛ばすと、俺のところで視線が止まった。
俺と川上らが話しているのが気になったようだ。
太一と長谷川はそれぞれ荷物を置くと、俺のところへやってくる。
「おはようさん。なに集まってんの?」
先ほどの憮然な表情は消え、いつもの締まりのない顔で聞いてくる太一。
「おはよう。川上と柳瀬が俺の環境を変えようと尽力してくれてるところだ」
「同じ班になった縁だし、私らに木崎君の魔力は通じないし」
魔力ってなんだ。俺はそんな能力持ってないぞ。
「ふーん。そうなんだ? てっきり、川上さんらまで木崎君の虜になったのかなって」
「ないない。とことん追い詰めるのならするけど」
それはそれで最悪だろ。
響よ、やっぱりお前の人選間違ってると思うよ。
「ところで、いんちょ。今日は千葉君と一緒に来たの?」
「うん。千葉ちゃんの家近くだから」
「おおっ!? ふ、二人はそんな関係に?」
「ああ、違う違う。今日はたまたまだ」
太一はぷらぷらと手を振って答える。
「ちょっと寝坊しちゃって。慌てて学校に向かってたら、のんびり自転車漕いでる千葉ちゃんに会ったってわけ。慌てなくても間に合うぞって言ってくれて一緒に来たの」
頭をポリポリと搔いて恥ずかしげに笑う長谷川。
「こいつすごい必死な顔してたんだ」
「千葉ちゃん恥ずかしいからやめて」
二人の様子を見た川上が柳瀬にアイコンタクトし、柳瀬は小さく頷く。
どうやら二人の仲を怪しいと感じたのだろう。
それはともかく、俺としては気になることもある。
「太一よ。お前教室に入ってきたとき変な顔してたけど、どうした?」
「――ああ。ちょっと今日はことがうまくいかなくてな。こいつのせいだけど」
「千葉ちゃんひどい。私、たいしたことしてないけど?」
「花音ちゃんに長谷川のこと彼女さんですかって言われたわ」
ため息交じりに話す太一だけれど、話が見えない。
何でそこに花音が出てくる。
「流れが見えん」
「ここに来るのに一年の教室前を通るだろ。挨拶がてら愛ちゃんらに話をよく聞くんだよ」
そんなことしてたのか。
道理で教室に入る前から俺と愛の間で起きたことを知ってたわけだ。
「んで、今日の朝のこと聞いてたらこいつのこと彼女かって。あり得ないし」
「千葉ちゃんそれ私に失礼だよ?」
「お前も違うって言えよ。なにが「さあ、どうでしょう?」だよ」
「軽い冗談じゃない。大丈夫だって、あの子たちも信じてないよ」
またむすっとする太一に対し、嬉しげな表情でからかう長谷川。
太一をからかうのが面白いのだろう。
「川上、これは柳瀬的にいんちょは確定だと認識した」
「了解。次の作戦を実行する」
「いんちょ。ちょっと話を聞こうか?」
「え、なになに? なにするの?」
川上と柳瀬は長谷川を挟み込みがっしりと腕を取ると長谷川を拉致して行った。
太一は呆然と見送る。
「明人、あいつら何なんだ?」
「さあな。俺にもよくわからん」
そう言いながらも、胸中ではややこしいことになるんだろうという予感があった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。