25 表屋と裏屋4
店じまいの時間が近付き、今日もお客は乏しかった。
今日は数点の商品が売れただけで、たいした稼ぎにはなっていないだろう。
途中、美咲さんがウンダバウンダバと口ずさみ始めたときは、とうとう壊れたかと心配した。よく聞くと有線放送や街中で流れている曲だが、歌詞を覚えていなかったようだ。せめてワンフレーズくらい覚えろと言いたい。なぜウンダバに変換されたのか気になるところだが。
「そろそろ片付け始めようか。明人君は、また表をお願い」
「はい、わかりました」
二手に分かれて、片付けを開始する。
俺は表周りを軽く掃除して、表に出してある看板や入り口付近の物を片付ける。
美咲さんはレジ周りの掃除をしながら、箒と一緒にダンスのようにクルクルと回っている。
俺が見ていることに気が付いたのか、動きがピタっと止まった。
視線鋭く俺を睨むと箒をぎゅっと胸に抱いて言った。
「相棒は渡さないからね!」
「………………いらん」
奪いませんから掃除の続きをやってください。
流されたと思ったのか、美咲さんはしゅんとうなだれて、箒で掃き始めたがその姿はちょっと可愛いかった。
入り口周りも片付き、正面の電気を消すと、その時奥から店長が現れた。
「はーい、お疲れさん。片付けはもう終わりそうだね~」
「この時間に表屋に来るの初めてだわ」
店長の影に隠れていて見えなかったが、アリカが後ろからついてきていた。
「あら、アリカちゃんどうしたの?」
美咲さんの質問にアリカではなく店長が答え始めた。
「アリカちゃんにね~、表屋もやってもらおうかなと思ってね。オーナーとも話したんだけど。今後は明人君とアリカちゃんは、表も裏もやって貰おうかと」
「ええ? 私の時そんなの無かったじゃないですか?」
美咲さんは自分の時と違う対応に驚きのようだ。
「別のところで働いてもらうのは、一日のうち一、二時間程度お手伝いにいくだけさ。明人君もこの間、裏屋の話したときに興味あるような顔したから、丁度いいんじゃない? 裏屋側は何も問題ないって話になってね~」
裏屋の仕事に興味はある。特に修理している現場を見てみたい。
俺は構わないが、アリカにとってはどうなんだろう?
表情を覗ってみると、店じまいした状態が珍しいのか、まだ店の中をキョロキョロと見ている。その姿が余計に子供っぽく見えるが、言うと怒りそうなのでやめておこう。
「アリカちゃんも接客をして貰う事になるけど。何分表屋は客足が乏しいから、その機会を逃さないようにしてね~」
「高槻さんと前島さんに言われたんじゃ仕方ないです。接客も知らないって言われたくないですし」
高槻さんらに言われて話に乗ったようだが、本人にやけくそのような気概を感じる。
俺がアリカをじっと見てると目が合った途端、アリカは攻撃的な表情になる。
何で睨むんだよ。俺まだ何もしてないぞ。
アリカの態度など気にもせず、店長は薄ら笑って、
「GWの時、俺が休むでしょ? その時は美咲ちゃんと明人君、アリカちゃんで上手くやってくれるかな~。そうしないと美咲ちゃんの負担が、ちょっときついかなと思ってね。実際、明人君がくるまで負担かけてたからね」
なるほど、確かに美咲さんは店長が不在の時、表屋を一人でやっていると言っていた。そうなると休憩が取りづらいだろう。
俺がバイトに来てから食事休憩してる姿は、初出勤の日にドーナツを食べていた姿しか見たことがない。
他の日に聞いても、「もう休憩したから」と言っていて、鵜呑みにしていたが、実際、休憩していたのだろうか。
「オーナーと店長で決めた事なら……。アリカちゃんよろしくね」
美咲さんは、複雑な表情を浮かべた後、踏ん切りがついたのか、アリカに微笑みながら言う。
「はい! よろしくお願いしますね。美咲さん」
アリカは上の人に対しては礼儀がいい。前島さんの教育の賜物なのか、元々こういう感じだったのだろうか?
挨拶をするアリカを見て、美咲さんの目が怪しくなっていた。
あれは何かする目だ。
「やっぱり可愛いわ!」
そう言うと、いきなりアリカに抱きついた。
「あわわわ、み、美咲さん! く、苦しい」
急に抱きつかれたアリカは目を白黒とさせて、硬直している。
美咲さんは、アリカが硬直するのもお構いなしに、アリカの頭に頬を擦り付けている。
「あ~、可愛いわ~。癒されるわ~。私、姉しかいないから妹が欲しかったの~。いつかアリカちゃんギュッってしたいと思ってたけど、こんなに早く出来るなんて。はぁ~クンカクンカ」
目の前のエサに耐え切れなくなったのか、美咲さんは頬すりしながら、アリカの匂いを嗅いだ。
太一といい美咲さんといい、なぜか俺の周りには犯罪予備軍がいる。
アリカは、どう対応していいか分からないようで、硬直していた。
「や、やめて~。み、美咲さん。わ!? きゃっ!」
アリカは身体を一瞬ビクっとさせると、アリカが出したとは思えない可愛い声で悲鳴を上げる。硬直するアリカは、美咲さんの攻撃に段々と耳たぶまで赤く染まっていく。
美咲さんが調子に乗って身体をまさぐり、アリカの平らな胸や尻を触ったようだ。
エロさが感じられないのは、アリカが幼児体型のせいだろうか。
「よいではないか、よいではないか」
美咲さんは時代劇に出てくる悪者のような台詞を吐き、口元が緩み『はあはあ』言いながら、嫌がるアリカを執拗に攻めている。綺麗な顔でその行動は台無しだろ。
「もう、やめて~。うひゃひゃひゃひゃ」
今度はくすぐったいゾーンに触れられたのか、アリカは涙目になりながら腹をよじっている。
「美咲ちゃん。そろそろ勘弁してあげなよ~。アリカちゃん泣いちゃうよ?」
いい加減みかねたのか、店長が助け舟を出す。
「え~。もっとハグハグ、さわさわしたい~」
美咲さんは渋々開放すると、アリカは脱力し崩れ落ちた。
相当疲労したようで、肩で息をして恨めしそうに美咲さんを見つめている。
その美咲さんはニコニコと可愛い動物でも愛でるようにアリカを見ていた。
こればかりはアリカに同情してしまう。
「あんたもぼーっとしてないで助けなさいよ!」
アリカが睨みつけてきて、俺に八つ当たり気味に叫んだ。
「そりゃ無理だ。これから先、美咲さん相手だから覚悟しといたほうがいいぞ?」
その言葉を聞いたアリカは、がっくりと頭をうなだれた。
どたばたとした騒ぎはあったものの、俺らは店じまいを終えた後、いつものように美咲さんを送って行く。
帰り道での美咲さんとの話はアリカのことが主な話題だった。
今日の事が嬉しかったのか、反省しているのか、美咲さんの表情がコロコロと変わっていって、表情の豊かさにつられて俺も笑みがこぼれた。
美咲さんの家が見える距離になった時、部屋の明かりがついているのが見えた。
今日も春那さんが先に戻っているようだ。
家の前に着き、
「んじゃ、明人君おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
俺は、美咲さんが部屋に入るのを確認した後、窓を見上げる。
美咲さんと春那さんが窓辺に近付いてきて、俺をみて小さく手を振っている。
なんだか習慣みたいになってきているが、妙に心地よかった。
俺は手を振り返すと、好きになれない帰路へ足を進める。
誰かと一緒にいれば、嫌なことなんて忘れられるのに。
……一人の時間は、やっぱり嫌いだ。
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