257 うちの居候2
今日も今日とて平和である。
「ほれっ、ほれっ、ほれっ!」
「いやああああああああああ!」
日常の中に平和を求めるというのは、人間誰でも思うことだ。
「ここか? ここがいーのんか?」
「だめえええええええええっ!」
平凡な毎日だけれど、そこにこそ本当の幸せがあるのだろうと思う。
「可愛いよ。アリカちゃん可愛いよー」
「明人助けてえええええええええっ!」
これもアリカの幸せなんじゃないかと思う。
人から愛されるというのはとても尊いことだと思うからだ。
「往生せいやああああ!」
「ぴぎゃあああああああ! ――あう」
俺だってそうだ。今までの俺とは違う。
父親とだって和解できたんだ。
そう、今もそうだ。
周りはこんなに騒がしいのに、俺は一人静かに平穏でいられる。
騒がしさを意識から排除できているじゃないか。
こういうのが、きっと幸せなんだろうと思う。
いつのまにか静かになっていた。
どうやら祭りは終わったらしい。
美咲は満足げな顔で、魂の抜けたような状態のアリカを抱きかかえて頬ずりしてる。
アリカの魂は今どこを彷徨ってるんだろう。
そこがいい場所であれと祈ることくらいはしてやろう。
美咲は満足したのか、抱きかかえたアリカを俺に差し出してきた。
俺にアリカをどうしろと?
ぐたっと脱力しているアリカを覗き込むと焦点の合っていないような目をしていた。
まだ、魂が戻ってきていないのか。せめて椅子に座らせてやろう。
美咲の手から受け取る。あいかわらず軽い奴だ。
このまま高い高いがしたくなると考えてたら、こめかみを掴まれた。
アリカさんってば、怒りのあまり顔が引きつっていて、すでに目が逝っている。
「あんた一人で何平和そうにしてんのよ?」
「ぐぉおおおおおおお」
怒りのアリカさんご降臨です。魂の戻ってくるのが早すぎだ。
俺の頭をがっちりと掴み、ギリギリと締めつけてくる。
俺は弱肉強食のピラミッドの底辺にいる存在なのだと気づかされる。
幸せばかりの人生などやはりあり得ないのだろう。
俺はそのままアリカに何の抵抗もできずに撃沈された。
☆
俺が回復したところで、店内の空いた棚に商品を補充しはじめる。
元々、アリカはそのために裏屋から来たのだ。
「そもそも、お前が美咲さんに抱きついたのが原因じゃねえか」
「いいじゃん。女同士なんだし、嬉しかったんだから」
美咲がアリカに試験を頑張ったご褒美としてアクセサリーをプレゼントした。
それは可愛らしいリボンとピン止めのセットだった。
「美咲さんありがとうございます。とっても嬉しいです」
といって喜んだアリカが美咲に抱きついたのだが、それは美咲のスイッチを作動させるに十分な出来事だったのである。
安易にスイッチを作動させるな。いつも巻き添えにされる俺の身になれ。
「あ、そうだ。昨日はありがとね。あれから愛に根掘り葉掘り聞かれちゃってさ、大変だったわよ」
お前もか。
俺も美咲に洗いざらい白状させられたぞ。
「あの話は言ったのか?」
「プリクラ? それは言ってない」
プリクラの話なんかどうでもいい。
「違う。小さい時にお前と愛ちゃんが俺と遊んでたかもって話」
「あー、したした。愛は完全に忘れてたわ。愛ったらそれ聞いて、『やっぱり、明人さんと愛はでぃすてにーに結ばれてるんだわ~』って、くるくる踊ってたわよ」
くるくる踊ってる姿が安易に想像できる。
「ちょっと思ったんだけど、小さい時の記憶って意外と覚えてないよね」
「そりゃあ、何もかも覚えてるってのはさすがにないだろ。今回の件で言っても短い時間の話だろうし」
忘れたいことはいつまでも消えないけどな。
棚に入れる商品がなくなったころ、美咲が新しい荷物を持って戻ってくる。
よたよたしてるところを見ると少し重そうだ。
「俺が持つよ」
駆け寄って美咲から荷物を受け取る。
重量感はあるけれどそこまで重くない。
「ありがとう。これで最後ね。今日は量が多いね」
「まあ、普段は暇だから仕事があっていいじゃないですか」
アリカが俺の持っている荷物の中を覗き込む。
「うわ、細かいのがいっぱいだ。昨日は美咲さんが出てたんでしょ? そんなにいっぱい運んだんですか?」
「そうだねー。大きいものは少なかったけど、小物ばっかりだったよ。台車使ったから楽だったけど」
作業を再開し、棚入れに整理整頓、後片付けと2時間ばかり消費。
思ったよりも時間がかかった。
その間に来た来客は美咲が対応。
作業が終わったところで、美咲から俺とアリカは休憩に入ってと言われる。
二人そろって更衣室で休憩することにした。
更衣室に置いてあるテーブルセット。
俺の買ってきた缶コーヒーとアリカの買ってきたレモンティーが並ぶ。
アリカはテーブルを利用して猫のような背伸びをする。
「細かいのが多かったから、何か肩凝った」
胸が大きい人は肩が凝りやすいと聞くけれど、ツルペタなアリカがそう言うとは思わなかった。
「……明人から悪意を感じるのは気のせい?」
「気のせいだ」
相変わらず勘の鋭い奴め。
「……明人。そういえば、あんた教習所行くとか言ってたよね。行ったの?」
「ああ、午前中に学科2時間だけ受けてきた。免許は夏休みに入ったら取るよう考えてる」
「いいねー。免許取ったら買うバイクは決めてんの?」
「ビッグスクーターとは思ってる。店に見に行ったんだけど、よく分からなくてな」
「へー。お金あんのね」
「バイトばっかしてたし、ほとんど貯金してたからな」
俺の口座には今年の頭に6桁を超えた貯金がある。
家を出るための資金として蓄えていたものだ。
父親と和解した今となっては単なる貯金となってしまったが、おかげでバイクの資金にできる。
俺の話を聞いてアリカはふーんと感心したような顔をする。
「何だよ?」
「いや、貯金してるっていうから偉いなって思って」
「バイトが趣味みたいなもんだったからな。それに使い道がなかっただけだ」
「それはそれで寂しい人生送ってるわねー」
人を可哀想な生き物みたいに言うな。
「うるせえよ。お前はどうなんだよ」
「あたし? 半分貯金して半分は使ってるかな。先月は多かったけど、あたし来てないときもあるし、時間短い時もあるし」
「試験以外でか?」
「うん。学校のことで来ない日もあるし、遅い時もあれば早く帰るときもあるし、裏屋が暇になったら上がったりしてたよ。あたしの場合、美咲さんやあんたと違って、てんやわん屋に毎日きてるって訳じゃないの」
てっきり、俺や美咲のように毎日来ていると思っていたけれど、そうではなかったらしい。
「もうちょっとしたら、またそのパターンが多くなると思うから」
「何かあるのか?」
「10月の終りにある文化祭の準備」
「まだ6月だぞ?」
澤工の文化祭というのは工業高校だけあって、専攻科目の発表会になるという。
これもたかだか高校生の行事と馬鹿にできないようで、企業や研究所の人も来て本格的な品評会となるらしい。
就職に繋がる行事だけあって、澤工では最も大きなイベントのようだ。
話を聞くと、機械科では人が乗れるソーラーカーを作ったり、アリカの所属する電子工学科ではロボットを作ったりもしているらしい。
「へー、大掛かりなんだな」
「特に3年生の就職組は、ここで仮内定貰えることが多いから必死よ。普通のイベントもあるから大変なのよ」
「普通のイベントって?」
「普通の文化祭だとイメージしていいわ」
「出店とか、パフォーマンスとか?」
「そうそれ。少しは楽しめるようにって学校側がしてくれてるの」
「へー、面白そうだな」
「やる方は大変だけどね。でも思い出になるから」
楽しげに話すアリカの感じから、学校生活を楽しんでいるところもあるんだなと感じた。
俺は去年の文化祭の記憶がほとんどない。
準備もバイトを理由にほとんど手伝ってなかった気がする。
俺も家のことが無かったら楽しめたのだろうか。
「――今年も男どもを顎でこき使ってやるわ」
アリカが悪人顔でニヤリとする。
同じ高校でなくてよかったと思う瞬間だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。