256 うちの居候1
「ただいま」
「おかえり」
家に着くと美咲が笑顔で迎えてくれたのだけれど、この顔は嫌ってほど見覚えがある。
目が笑ってねえ。この顔は俺にとって危険な笑顔だ。
俺に不幸が訪れるパターンだ。
家に上がった途端、
「さてと、お話聞きましょうか?」
がっちりと両肩を掴まれる。
「な、なんのでしょう?」
分かりきったことを聞き返す。やべえ、顔が引きつる。
どう考えても、アリカとデートの詳細を聞きだすつもりだろう。
俺の肩を掴む美咲の手に段々と力が加わってくる。
「隠し事したら分かってるよね?」
真顔で言う美咲だった。怖いよ。
☆
結局、洗いざらい吐かされた俺だった。
「――そんな昔にアリカちゃんと愛ちゃんに会ったことがあったの?」
高杉さんから聞いた話を言うと美咲は目を丸くする。
「話を聞く限りだとそうみたい。俺もアリカも覚えてないんだけどね」
「――それって、アリカちゃんに属性が追加されたってことだよね?」
「属性が追加? 何それ?」
「幼馴染の属性が追加されたってことじゃない。ロリにツインテール、それに……王女とかツンデレ属性も持ってるし……こうなったらヤンデレパワーで対抗するしかないか……」
「それはやめろ」
意味は分からないけれど、その路線は止めてほしい。
そのヤンデレパワーとやらの巻き添えを食うのは俺のような気がしてならない。
「まあ、そんなことがあったけど、楽しかったよ」
そういうと、美咲はぷくっと頬を膨らませる。
「何、怒ってんの?」
「怒ってないもん!」
むすっとした表情で答える美咲。
どう見ても怒ってるだろ。
一緒に飯を食うまで、美咲の機嫌は悪かった。
☆
風呂から上がったあと、リビングへ行くと美咲が誰かと電話中だった。
多分、また春那さんだろう。
二日に一度はかけてきている。意外と心配性な春那さんだった。
それも美咲のせいかもしれないが。
美咲も相手が春那さんなら俺を気にせずに、そんな部屋の隅っこで電話しなくてもいいのに。
キッチンに移動して、冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぐ、ぐびぐびと飲み干す。
「――ちょっと待ってね。明人君、春ちゃんが代わってだって」
美咲から携帯を受け取る。
何だろう。また美咲のことで俺に礼でも言いたいのかな?
そう何度も言われると、こっちも申し訳ないんだけど。
「こんばんは。明人です」
『やあ、明人君こんばんは。美咲の抱き心地はどうだい?」
「してませんから」
『もう一週間だ。いいかげん君も溜まってるんじゃないか?」
「大丈夫ですから」
春那さんのくすっと笑う声が聞こえる。
俺をいじるために電話に出させたのか。
そっちがその気なら、こっちも反撃だ。
「ところで、美咲に変なこと吹き込まないでくれます?」
『私は何も吹き込んでいないよ?』
「たまに変なことやりだしたり、言い出したりするんですが?」
『おやおや、明人君に説教されると体が疼いてきちゃうね』
「シャワーでも浴びて、そういうのは流しちゃってください」
『私としては明人君の熱いモノを浴びたいんだが」
耐えろ。耐えろ俺。ここで突っ込んだら相手の思うつぼだ。
それはそうと、美咲がさっきから俺の周りをちょろちょろしているけれど何だろう。
電話の内容が気になってるのか?
「ところで、俺に代わったのって何ですか?」
『明人君の声が聞きたくなったんだ。今晩のおかずにする』
おかずって、何のおかずだよ!?
これ以上は危険な気がしてきた。切り上げて美咲に変わろう。
「訳わかんないこと言わないでください。美咲に代わりますよ。おやすみなさい」
『――ぅん。おやすみ。――――ぁん」
美咲へと携帯を渡す。
最後に聞こえた喘ぎ声みたいのは気のせいにしておこう。
「春ちゃん。見張ってたけど、全然大きくならなかったよ?」
さっきから俺の周りをちょろちょろしていたけれど、見張ってたのか。
何を見張ってたんだ? ……大きく? ……もしかして。
「――うん。そうなの? ――分かった。じゃあね。おやすみなさい」
美咲は深刻そうな顔をして電話を切る。
「……おい、美咲。何を見張ってたって?」
後ろから声を掛けると、美咲はびくっと体を揺らす。
ゆっくりと振り向くが目が泳いでいる。
お前らが何を企んでたか、美咲の口で直接吐いてもらおうか。
「は、春ちゃんが……き、禁断の果実が大きくなるところ見せてやるって……」
「ほほう? 何の話か分からないな? 具体的に言ってみろ」
そう言うと、美咲は焦るどころか目を大きくさせて感心した顔を見せる。
「……春ちゃんが言ったとおりになった。多分、明人君が具体的に言わせようしてくるぞって、電話を切る前に言ってたの」
マジかよ。そこまで読まれてんの?
「さすが春ちゃんだね」
何、この敗北感。
☆
日曜日。
朝の恒例行事となった美咲起こしに手こずる。
いつかするだろうと危惧していたことが現実に起きた。美咲が扉を塞いで眠りこけていたのである。
部屋の外から声を掛けても起きる気配は微塵もなく、扉を開けようにも美咲が内側から押さえていて開きもしない。
そのまま放置しようかとも思ったくらいだった。
何度か部屋へ入ろうと試みているうちに美咲が移動したようで、とりあえず部屋に入ることができた。
このタイムロスを取り戻さねば。
相変わらずかたつむりのごとく、器用に布団を身体に巻き付けて眠っている。
先ず身体に巻き付けてる布団を剥ぐ。いつもなら少しは反応するのに、今日はすやすやと眠り続けている。
声を掛けても、揺すっても、頭をわしゃわしゃしても、ほっぺたをぐにぐにしても、すーすーと寝息を立てて起きやしない。もしかして、耐性がついてきたのか?
こうなれば強硬手段で美咲の抱きしめてる枕を奪う。枕を奪うと美咲は少しばかりの反応を示す。眉間にしわを寄せ、手で枕を探し始める。
ようやく反応したか。
「美咲、朝だぞ。起きろ。俺、今日から教習所に行くんだから起きてくれよ」
「……まくら。……まくら」
美咲の手が枕を求め彷徨っているうちに、俺の手に触れる。
美咲は俺の腕を枕と思ったのか、にへらと幸せそうな顔をすると、俺の腕をがっちりと掴んだ。
俺の腕をぐいっと引っ張りながら、身体に巻き込むようにして転がる美咲。
「うわっ!?」
不意を突かれた俺は、抵抗する間もなく美咲に捕まった。
咄嗟に起きようとしても、右腕は美咲の体の下敷き。
もう片方の腕は、頭ごと美咲の手で抱きかかえられていて肘から先しか動かせない。
両足も美咲の足にがっちりとカニ挟みされていて動かせない。
まるで柔道の寝技でもかけられているような状態で固定されてしまっている。
これ、何固めっていうの?
痛みは全くないけれど、顔に柔らかくて弾力のある美咲の胸が当たっていることに気が付く。
柔らかくて、なんとも言えないいい香りがして、くらくらしてくる。
「ん~~! ん~~~~~~~!」(美咲! 頼むから起きて!)
ぎゅうと顔に押し当てられているせいで、声にならない。
これ、やばい。気持ちいいけど、これはまずい。
この状態が続いたら、別のところが起き上がって俺自身が起き上がれなくなってしまう。
「……ふへへへ。……10……コンボ」
寝ぼけてる。何が10コンボだ。何と対戦してんだ。
頼むから起きてくれ。
「……ん? まくら固い」
頭を包む美咲の力が少し緩む。今がチャンス。
というか、これを逃すと非常にまずい。
美咲の体から離れようと反転を試みるが、美咲の体に下敷きにされた右腕のせいで邪魔される。
こうなったら、美咲の体を持ち上げるつもりで逆に巻き込んでみる。
美咲を抱え込むようにして俺の体越しに反対側へと転がす。
美咲が頭をぶつけないように左腕でカバー。
状況を変えることに成功。ふう、やればできるもんだ。
春那さんも毎朝こんな戦いをしてるんだろうか。
とりあえず、体勢も立て直したし、美咲を起こさなくては。
見てみると美咲の目がぱっちりと開いていて、俺の顔を見つめていた。
今ので起きたのか。よかった。ミッションコンプリートだ。
「……」
美咲は目が覚めたばかりのせいか、状況が理解できていないようだ。
「……春ちゃんの言ったとおりだ」
「急に何言ってんの?」
「一週間もすれば、さすがの明人君も辛抱たまらなくなるはずだって」
「何の話してんだよ?」
「……だって……この状況」
美咲に言われて気付く今の状況――俺が美咲の上に覆いかぶさっている状態だった。
「うわっ、ごめん」
がばっと起き上がり美咲から離れる。
「えと、えーと。こういう時なんて言うんだっけ? ……痛くしないでね」
両手を頬に当てて、照れながら言う美咲だった。
明らかに春那さんの入れ知恵だな。
「そういうのいいから」
「あれー? 春ちゃんが言ってたのと何か違うなー。」
やはり、あの人にはとことん説教したほうがいいようだ。
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