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帰路  作者: まるだまる
254/406

253 アリカとデート2

 ぽっぽこむの特大オムライス。

 ふわとろ卵で覆い、その上にはデミグラスソースがたっぷりとかけられている。

 中はチキンライスで構成されていた。

 たかが2キロ、されど2キロ。おおよそ5人前分の量が、それ以上にも感じる。

 2キロともなると、単純計算で1分間に100グラムを処理していけば簡単なように思えるだろう。

 しかし、チャレンジメニューというだけあって、壁をあちこちに張り巡らせていた。


 スタート――ぱくっと口に運ぶと、濃厚なデミグラスソースが鼻腔をくすぐる。

 店の看板商品でもあるオムライスらしく、なかなかに美味い。

 べたべた感もなく油っぽさも感じない。

 もっとしっかりと味わいたいが、20分という制限時間がある。

 少しばかりペースを上げておこう。


 スタートして5分――最初の壁がやってきた。


 2キロという量が生み出す山、切り崩しても切り崩しても量が減らず、未だ本陣すらたどり着けず。

 最初にうちは味を十分に楽しめる余裕もあった。だが、食べるにつれ同じ味が続くとさすがに飽きてくる。

 味に対する飽きは、わずかながら口に運ぶ速度に影響を与えたような気がする。

 デミグラスソース、チキンライスが思ったよりもくどく、口の中にいつまでも残る感じがしてきた。

 

 アリカは最初の一分こそ速いペースだったが、途中から一定のペースを保っている。


 そして、俺は遅くして気づく。これはスピード勝負じゃない――持久戦なのだと。

 早く食べるに越したことはないが、この勝負スピード勝負に持ち込んだらスタミナ切れを起こす可能性が高い。

 時間配分しつつ最終的にクリアできる一定量を口に運び続けるのが最も効率的だと言える。

 アリカは俺よりも早くそれに気が付いたのだろう。 

 

 スタートして10分――第二の壁がやってきた。  

 

 俺もアリカもおおむね半分の量は消化している。

 段々と飲み込むのが辛くなってきている。味に飽きているうえに、腹にたまってきてる感じがしていた。

 早くも俺の満腹中枢は刺激されたようで、食べるのが辛くなってきた。

 ここにきてもアリカはペースを保ち、一定のリズムで消化している。

 あいつ無心に食べてるようだけど、あのちっこい体によく入るな。

 

 スタートして15分――第三の壁がやってきた。


 拒否反応である。正確に言うなれば防衛反応だろう。

 どうやら、俺のキャパシティは限界に達したようで、腹はパンパン、喉は通らない、噛むことすら辛くなっている。

 俺のオムライスはまだ1/3ほど残っていて、残り5分で消化しきれるとは思えない。

 アリカは相変わらずのペースでもぐもぐと口を動かし、1/4ほどまで減っている。

 

「明人、あんたはギブアップしなさい」 


 アリカがちらっと俺の様子を見て、早口で言った。

 残り時間から見て、俺のクリアはもう無理だと思ったのだろう。

   

「無理したら吐くわよ」


 アリカの声で俺はクリアを諦めることにした。

 アリカの言うようにこれ以上入れたら吐く自信がある。

 自分ではこれぐらいならなんとか行けるだろうと思っていたが甘いものじゃなかった。

 悔しいが俺の胃袋じゃ勝利することができなかった。

 こうなればアリカの応援だ。変に声を出すとアリカにプレッシャーがかかるかもしれない。

 心の中で応援しよう。いける。いけるぞ。お前ならやれる。


 店員が現れ、時間のチェックをした。


「残り1分です」


 店員の声にアリカがペースを上げた。

 かちゃかちゃとスプーンを運ぶ速度が上がる。口を動かす速度も上がる。

 皿に残った最後のひと欠片をすくい、口に運び静かにテーブルの上にスプーンを置く。

 こくんと喉が動き、顔を上げると同時に、音が鳴るほどに手をパンっと合わせる。


「ごちそうさま!」


 残り時間5秒――アリカ、完食。


「おめでとうございます」


 店員から拍手が送られ、店内にいた客からも拍手が送られた。

 アリカはその拍手に顔を赤くするだけでなく、身も縮こまらさせる。

 店内で記念撮影。

「完食」と書かれたボードを手にするアリカ。

 笑顔がひきつってるぞ。成し遂げたんだからもっといい笑顔にしろよ。



 ☆



 少し休憩してから清算して店を出た。

 繁華街のアーケードエリアへ移動する。腹がパンパンで歩くのも苦しい。

 ベルトを緩めてみたが、まだ足りない気がする。  

 

「明人、苦しいの?」


 横からアリカが心配そうな顔で覗き込んでくる。


「ああ、腹がパンパンでちょっとな」

「あたしはそこまできてないけどなー」


 アリカは自分のお腹を軽く押さえて言う。

 ワンピースのせいもあるかもしれないが、確かに出てる感じには見えない。


「もしかして、まだ余裕あるのか?」

「うん。もう少しくらいならいける」


 こんな小さい身体のどこに入るんだろう?


「明人、無理して歩かなくていいよ? あそこで休も?」


 アリカは路地の脇に設置されている小さな金属フレームの茶色いベンチを指差す。

 言葉に甘えよう。マジで苦しい。当分オムライスは見たくない。

 

「悪い。そうしてくれると助かる」


 気を遣わせて悪いな。苦しいけれど座ってるだけなら楽だ。  

 小さな茶色のベンチに二人並んで座って休憩。


「大丈夫?」



 アリカがまだ心配そうにして顔を覗き込む。

 何だかいつもと違うアリカに少しドキッとしてしまう俺がいる。

 落ちつけ。俺は幼女趣味じゃないはずだ。


 

「――明人、ありがとね。あたし本当に一度挑戦してみたくてさ。自分の限界っていえばいいのかな、知ってみたくて」

「まあ、よく食えたもんだ。俺はスタートからがっつきすぎた」

「見てたけど、あれは失敗よね。あたしはすぐに気づいたからいけたけど」

「お前、最後の方なんでペース上げたんだ?」

「ああ、あれ? 演出」


 俺の質問にケロッとした顔で答えるアリカ。


「そんなことしてる余裕あったのかよ」

「甘いわね。ペース上がってるように見えて、実は同じペースだったのよ」

「え、マジで?」

「気づかなかったでしょ?」


 アリカはしてやったりとにんまり笑う。

 

「まあ、年頃の女子としてはどうなのって思う部分もあるけどね」

「何の話だよ?」

「普通、男子の前で大食いなんかしないでしょ?」

「お前、それ今更だぞ? もしかして、気にしてるのか?」

「……ちょ、ちょっとは気にしてるわよ」


 少し頬を膨らませてそっぽを向くアリカだった。

 

「そんなの気にしないでもいいぞ? お前は食ってるとき幸せそうに食べるから、見ていて気持ちいいんだ」


 アリカのキャスケット帽の上から頭をぽふぽふと撫でる。

 ぽふぽふすると、布のふわふわ感が手に伝わり、少し気持ちいい。 

 子供を相手にしてるような感覚というか、俺の父性がそうさせているのだろう。

 本人に言ったら怒るだろうけれど。 

 しかし、アリカの反応が薄いな。

 いつもなら、何かしらのアクションしてもおかしくないが……。


 顔を覗き込んでみると、顔を赤くして目が面白いくらい泳ぎまわっていた。

 何でそんなに挙動不審な顔してんだよ。

 ああ、そうか。アリカは男に慣れてないとか愛が言っていた。

 前に頭を撫でたときもこんな風になっていたときがあった。

 攻撃されないだけましだけど、俺のことを男としてみてると思っていいのだろうか?

  

「あ、あたし、ちょっと飲み物買ってくる」

 

 アリカは立ち上がり、路地の反対側にある自販機へ走っていった。

 お前食ったばかりなのに、何でそんなに早く走れるの? 


 アリカが自販機に到着し、何を買おうか悩んでいる様子。

 見上げたところで動きが止まる。

 鞄から財布を取り出し、コインを投入。


 アリカは自販機にぺったりとくっついて、背伸びする。

 プルプルと体を震わせ、一生懸命に手を伸ばしているが、どうやら買いたい商品のボタンに手が届かないようだ。

 あと数センチ足りてない。もし、美咲がこの光景を見ていたら確実に襲っているだろう。

 そう思えるくらいに何とも可愛らしい姿だった。

 美咲への土産に携帯で撮っておこう。

 

 アリカは少しの間頑張っていたが背伸びを諦めて、ひざを曲げぴょんと軽くジャンプ。

 ばしっとボタンを叩く。がしゃんと商品が出てくる音が聞こえた。

 いい映像が取れたな。美咲大興奮間違いなしだろう。

 アリカは腰に手を当てて勝ったみたいな態度してるけど、それくらいで偉そうにしない。

 自販機相手に何してんだ、お前。

 

 しゃがみ込んで商品を手に取ったアリカの動きが止まる。

 商品を見たあと自販機を見上げ、また動きが止まった。


 ああ、あれだな。

 目標を間違えて、隣のボタンを押したパターンだな。

 また美咲への土産が増えた。 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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