250 女の勘は危険4
朝6時、美咲起こしから朝は始まった。
美咲のいる部屋を開けてみると、今日は団子のように丸まった布団が部屋の真ん中にいる。
美咲が布団の中で器用に丸まっているのだろう。
まるでエイリアンの卵のようにも見えて近寄っていいものか躊躇する。
これはいつもと違ったパターンだな。
いつもなら壁際まで転がっているのに、今日のこれは何だ。
一歩部屋へと足を進めると同時に、布団がずずっと俺に向かって少し動いた。
何だ、今の微妙な動きは。もしかして、もう起きてるのか?
いや、寝起きの悪い美咲がそう簡単に起きているとは思えない。
もう一歩近づくと、また布団がずずっと俺に向かって動く。
音に反応してるのか?
物は試しに開けていた扉をパタンと閉めてみると、丸まった布団がゴロンゴロンと俺に向かって転がりだす。
思ったよりも早い動きに慌てて避ける。美咲の入った布団団子は扉に当たり動きを止めた。
今の動きちょっと怖かったぞ。
扉に当たった衝撃で布団の団子状態が解ける。
中から枕を抱えて幸せそうな顔で眠る美咲の顔が見えた。
寝ながらもぞもぞと手を動かして、布団を掴んでは器用に体へと巻き付けていく。
ああ、そうか。いつもこうやって美咲は壁際に移動しているのか。
俺が起こしに来た時には、すでにこの状態になってるというわけか。
そう考えると、今日は動く前に部屋に入れたのは運がよかった。
美咲が完全に扉を塞いでいて、これでは部屋に入るのも苦労しただろう。
今日はいつもみたいに時間をかけてる暇はない。
一気に近づき布団を引っぺがす。
「ほら起きろ美咲。今日は時間がないんだぞ」
「……眠い」
少し顔を上げて、また枕へと顔を沈める。
美咲の頭をわしゃわしゃしながら起こし続ける。
「あうう、愛がない、愛がないよ」
枕をぎゅっと抱きしめて抵抗する美咲。
早く起きて出る準備をしてもらわないと、違う愛が家にきてしまう。
「愛ならあるから早く起きろって、愛ちゃんが来ちゃうだろ」
急にむくっと起き上がる美咲。
「今、愛ならあるって言った?」
「ああ、言った、言った。だから起きろ」
「明人くーん!」
まだ寝ぼけてるのか。急に抱きついてきた美咲を避ける。
警戒していて正解だった。
寝ぼけている美咲は何をするか分からんからな。
「……何で避けるの?」
避けられて床に倒れ込んだ美咲が恨めしげな顔で言う。
「いつまでも寝ぼけてないで起きろってば」
「……寝ぼけてないもん」
むすっと答える美咲だった。
朝食を済ませたあと、美咲は大学へ行く準備を終え家を出る。
一旦、自分の家に寄ってから向かうのである。
「行ってくるね。ふふ、いつもと逆だね」
「だな。車とか気をつけてな」
「うん。じゃあ、あとでね。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
美咲が家を出たあと、家の中をざっと簡単に掃除して回る。
おおむね終わりくつろぎ始めたころに、家のチャイムが鳴る。
玄関へ向かい、ドアを開ける。
「よお、待ってたぜ」
そこには太一と響、そして愛の姿があった。
「おっす。来ちゃったぜー」
「おはよう明人君。お誘い嬉しかったわ」
「明人さんおはようございます。またのお招きありがとうございます」
響が外へと顔を出し、小さく頭を下げる。すると家の前に止まっていた黒塗りの外車が走り出す。
どうやら轟さんにここまで運んでもらったようだ。
夕べのアリカからの電話の後、俺が思いついたのが愛をこの家に呼ぶことだった。
愛が来るつもりなら、日付をずらして呼んでしまえばいいと考えたのだ。
幸い試験休みでバイトまで時間はある。とはいえ、愛と二人きりになるのは避けたかった。
そこで考えたのが太一と響もこの家に招待することだった。
思えば、高校に入ってから親友となった太一を家に呼んだことが一度もない。
今まで俺の家庭問題のことがあったとはいえ、少しばかり気にしていた自分がいる。
どうせ呼ぶなら響もと考え、夜遅くだったがダメもとで聞いてみるとあっさり承諾してくれた。
響は夕方から用事が入っていて帰らなくてはいけないが、俺もバイトなので問題はない。
「おじゃまします」
三人をリビングへと迎え入れる。
「好きなところ座っててくれ。飲み物は紅茶でいいか?」
「明人さん、愛がします。ここの台所はどこに何があるか把握してますし」
「じゃあ、コーヒーのところに紅茶も入れてるから、それ入れてくれる?」
「はい。分かりました」
愛がいそいそとキッチンでお茶の準備をしてくれる。
本当に物がどこにあるか把握しているようで、迷うことなく準備している。
紅茶を入れてきた愛が揃ったところで雑談開始。
特に何かやるというわけではなく、ただ集まって話したかった。
「明人が誘ってくること自体珍しいから、びっくりしたぜ」
「バイトまで時間があるしな。いつもと違うってのもいいだろ?」
「愛もまさかのお誘いに興奮して寝付けませんでした。ちょっとばらしちゃいますけど、本当は明日朝からいきなりお邪魔しようかなーなんて考えてたんです。ほら、前に明人さんが愛を驚かしに来たことがあったでしょ? お返ししようかと」
危ないわ。アリカから聞いてなかったら色々やばかった。
「いきなり不躾だけど明人君の部屋はどこなの?」
「二階だけど、なんもないぞ?」
「見させてもらってもいいかしら?」
「別にいいけど」
そういや愛も俺の部屋を見たがったよな。
三人を俺の部屋へと案内する。
本当に飾り気のない殺風景な部屋だ。
「あら、随分と奇麗に使ってるのね。もう少しワイルドな感じだと思ってたのに」
響が部屋の中を見回して言う。
部屋の隅に置いてある本棚を響は順番に見ていく。
数は少ないけれど、漫画や小説を並べてある。
あまり買わないせいもあるが、随分と昔に買ったものばかりだ。
響は漫画を一冊手にするとパラパラとめくっていく。
漫画とかに興味がなさそうな感じだけれど、実は興味はあるのかな?
「普通の漫画ね。やはり見えるところには置いていないのかしら。やっぱり隠してるものなの?」
「響さん、それはもしかして『えっちぃ本』とか『えっちぃでーぶいーでー』とかいう物ですか!?」
響はきらんと目を輝かせる愛の質問にコクコクと頷く。
「明人のお宝を探せってか。俺も知りてえなあ、明人の趣味」
太一がニヤニヤしていう。
いつ打ち合わせをしたのか、散会して探し始める。
お前らな、早々に人の部屋探索しようとするんじゃねえよ。
ふふん。残念ながら今はマジで無いんだよ。
ちょこっと前に買って隠してあったグラビアも、美咲と一緒に暮らし始めてからこっそり処分した。
いつ見つかるか分からないし、見つかったら恥ずかしい。
「無いわね。残念だわ。明人君の嗜好調査をしようと思ってたのに」
「ねえなー。青少年がこれじゃあダメだろ。今度俺のコレクション貸してやろうか?」
「えへへ、明人さんのお布団。明人さんの匂いがする」
おい、一人何か違うことやってるだろ。
「あら、愛さん独り占めはずるいわ。分かち合いましょう」
響は愛に歩み寄り、片手を差し出す。
「先に手を付けたもの勝ちです」
愛は掛け布団をくんかくんかしながら、渡さないという感じで俺の掛け布団を抱きしめる。
そういう変態行為は止めなさい。
「……そう、なら実力行使ね。ちょっとお行儀は悪いけど」
しゃがみ込んでいる愛をひょいっと飛び越えて、俺のベッドへとダイビング。
響はベッドに横たわると、俺の布団の匂いを嗅ぐように深く深呼吸。
おい、響まで何を変態ぽいことしてるんだ。
「本当だ。明人君の匂いがする。ここで明人君が色々なことしてるのね。明人君、私の匂いを残しておくから色々と使ってもいいわよ」
だからそういうことを口にするんじゃねえ。
「ああああああっ!? 愛がしようと思ってたのに!」
「愛さんが先に手を付けたもの勝ちだって言ったんじゃない」
響の言葉に火が付いた愛がベッドの上に乱入する。
「愛さんずるいわ。早い者勝ちだって言ったじゃない」
「まーきんぐは愛もするのです。響さんだけというのは許せません」
お互いをベッドから落とそうと試みる響と愛。
こらこら、シーツがぐしゃぐしゃになるじゃねえか
「明人、お前二人からすっげえ愛されてるよな」
太一が俺の肩をパンパン叩きながら言う。
これ、愛されてるの?
「お前らいいかげんに降りろ」
俺の厳しい口調に二人は渋々とベッドから降りる。
ぶーっと頬を膨らます愛に対して、響は相変わらずの無表情だ。
「……匂いと言えば」
響が不意に声を漏らす。
「明人君ちょっと聞いていいかしら?」
「何だよ?」
「家に入った時から気になってたの。どうして、この家の中は美咲さんの匂いがするの?」
響、お前の嗅覚どうなってるの?
お読みいただきましてありがとうございます。
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