249 女の勘は危険3
むすっと不貞腐れた顔のアリカ。
いつまでもそう怒るな。俺はお前のアイアンクローのせいで、まだ頭がズキズキしてるんだぞ。
諸悪の根源である美咲が一人幸せそうな顔をしているのがむかつく。
とりあえず、アリカは目標であった学年一位を見事獲得。
となると、今回はお祝いという形になる。
行く場所を洋食店か中華料理でアリカは決め悩んでいたが、決めたんだろうか。
「どこに行きたいか決まったのか?」
「うん。オムライスに決めた」
アリカは途端に表情を変え、目をキラキラさせながら言った。
オムライスというと、候補に挙がっていたのは『ぽっぽこむ』って店だな。
駅の繁華街にある小さな洋食店で十年くらい前からあるらしい。
もう一つの候補だった中華料理だと油物なのでリスクがあると判断したようだ。
よりによって、お前の外見に似合いそうなものをチョイスするなんて、天然か?
「じゃあ、行くのは土曜日でどうよ?」
行くのならば早い方がいいだろう。
土曜日は美咲がバイトに当たっていて、アリカもフリーのはずである。
「明後日ね。うん、分かった。駅前で待ち合わせする?」
何かやけに嬉しそうだけど、そんなに一位を取ったのが嬉しかったのか。
まあ、実際に頑張った結果なのだから、文句のつけようはないけれど。
二人で軽い打ち合わせしていると、視界の片隅で歪んだ笑顔の美咲が、乙女のメモ帳に何かを書き込んでいる姿が映る。怖いなー。また訳が分からないこと書込んでるんだろうな。
美咲のことはともかくとして、お互い移動手段はバスにしたので、GWの時と同じ場所で12時に待ち合わせすることに決まった。待ち合わせしてすぐに挑戦するのではなく、多少繁華街をうろつき、体を動かして腹を空かせてからの勝負にすることにした。午後1時過ぎを挑戦する時間として狙う。
不安要素があるとするならば、二〇分という制限時間だろう。
一緒に食事をしたときのアリカのスピードは俺より遅い。
よく噛んで食べる子なので、それが仇にならなければいいが。
どうせなら、チャレンジ成功で終わらせたいものである。
時間と待ち合わせが決まったところで、アリカは裏屋に帰って行った。
「……ふふ。……ふふふ」
この嫌な笑い方は美咲だ。
明らかに不機嫌顔だけれど、なんとなくだが我慢しているようにも見える。
ぷいっとそっぽを向いて何やらぶつぶつと言っている。
「……耐えるの、耐えるのよ美咲。これはご褒美なんだから。アリカちゃんが頑張ったご褒美なんだから。明人君が寝ている間に簀巻きにして阻止なんて考えちゃいけない」
おい、そういうこと考えてたのか。
そういう危険な発想は止めようよ。
☆
――帰り道、最近この時間になると美咲はいつも上機嫌になる。
今も俺の自転車の後ろに座って、美咲が小さく鼻歌を歌っているのが聞こえる。
美咲を家で預かるようになってから、美咲を自転車の後ろに乗せて帰ることにしている。
さすがに今までの倍以上の距離を美咲に歩かせるのは可哀想だったからだ。
「美咲、今日はスーパー寄るよ」
「うん、分かった♪」
帰りがけに深夜まで営業しているスーパーに立ち寄る。
父親との和解の後、一人で暮らすようになってからよく使っている店だ。
遅い時間なので生鮮食品はいい物がないけれど。
二人でぐるぐると店内を物色。明日は試験休みだから昼の分も考える。
美咲がスイーツの前で一瞬足を止める。欲しいのかな?
俺も見てみるとシュークリームとか生クリームのロールケーキが、数は少ないが数種類置いてあった。
「美咲、食べる?」
「……ううん。いい」
今の間は何だ。その割にはじっと見てたよな。
食べたかったら買えばいいのに。
「いらないのか……。じゃあ、俺はこれ買おう」
シュークリームを一つ手に取る。
美咲が一瞬ぴくんと反応したのを見逃さなかった。
どうやら身体は正直のようだ。きっと本当は自分も食べたいのだろう。
「美咲も一緒に食べようよ」
「い、今ダイエット中だから……最近歩いてないから、ちょっと太っちゃって」
「そっかー、それならしょうがないよな」
「あれ? 明人君そこはもうひと押しするところじゃないの?」
美咲は残念そうな顔で訴えてくる。
結局食べたいんじゃないか。
「じゃあ、帰り少し歩こうか。そしたらこれ買って食べても平気だろ?」
「うん! やった!」
シュークリーム一つ追加して、かごに放り込む。
無邪気に小さくガッツポーズ喜ぶ美咲。
そんな無邪気さに相変わらず年上だと思えない。
お菓子コーナーでまたフィギュア付きお菓子に手を伸ばそうとするので阻止する。
そのフィギュアシリーズが好きなのは分かったが、ここに来るたびに買おうとするな。
☆
買い物が終り、家へと帰宅。
家の前に着くや、いそいそと美咲が先に行って鍵を開けて玄関に入る。
俺は後から荷物を抱えて玄関に入り、いつものように「ただいま」と声を上げる。
「明人君おかえり」
美咲が玄関を上がったところで飛び切りの笑顔で俺を出迎える。
今まで俺の帰りを待っていたような感じで出迎えてくれる。
初めて一緒に帰ってきたときに美咲が始めたことだけど、胸に来るものがあった。
美咲に何でやりだしたのか聞いてみた。
「だって、「行ってらっしゃい」の次なんだから「お帰り」だよね」
思えばその時、俺に嬉しそうな表情が出てしまったのかもしれない。
それからというもの、美咲は毎回家に着くと俺より先に入って出迎えてくれている。
まるで茶番のようだけれど、俺にはとても嬉しいことだった。
食事後、さっき買ったシュークリームをデザート代わりにする。
美咲が先に入浴してもらい、俺はその間に片づけにかかる。
「わああああっ!?」
突然、美咲の叫びが聞こえて慌てて駆けつける。
美咲は風呂場にいるようだが、美咲が服を脱いでいたらやばい。
こんなところでお約束のラッキースケベをするわけにもいかない。
「美咲どうした!?」
ノックしてドア越しに美咲に声をかける。
「――ま、また太った!」
美咲の声に一気に脱力感を感じ、扉を背にずるずると座り込む。
風呂場に置いてある体重計に乗ったのか。
母親が健康管理だとかで使ってたものだ。
「どんだけ増えたの?」
「き、昨日より食べてないのに1キロも増えてる」
「そりゃあ、さっき食ったばっかりだし増えもするだろ」
「私、明日からダイエットするから! もう誘惑に負けないからね!」
太ってるように見えないんだけどな、どちらかと言えば細っこいし。
まあ、女の子が体のことを気にするのは悪いことじゃないので、せいぜい頑張れ。
「ゆっくり入るのはいいけど、のぼせるなよな」
「うん。明人君を待たせるのも悪いから」
「いいよ。ゆっくり浸かって汗かいた方が痩せるぞ?」
「ううっ、明人君は意地悪だ!」
風呂場から離れ、またキッチンへと戻る。
美咲を預かってから今日で折り返しとなる日。
最初こそ緊張感があったけれど、賑やかな毎日を過ごしてる気がする。
片づけがおおむね終わったところで、俺の携帯が鳴る。
見てみるとアリカからの電話だった。
「もしもし?」
『あ、明人遅くにごめんね』
何だかいつもよりもアリカの声が小さい。
「いや、別に問題ないぞ。どうした?」
『ちょっと言いたいことがあってさ』
やっぱりアリカの声が小さい。知らぬ間に通話音声のボリュームを下げてたのかな。
「何か声が小さいんだけど?」
『今、布団の中からこっそり電話してんのよ』
何でこっそり電話してんだよ。
『手短に聞くわよ? 愛は今回のことどこまで知ってるの』
「俺がお前を誘ったときに横で聞いてたくらいかな。細かいことは決まってなかったから他は何も言ってないぞ」
『……やっぱり』
「愛ちゃんがどうかしたのか?」
『あの子その話忘れてる上に、土曜日にあんたんちに行くつもりなの』
「何で?」
『明人がバイトが休みなの知ってるから、試験勉強のお礼がしたいんだって』
土曜日に来られてもアリカとの約束があるから駄目じゃん。
「お前、愛ちゃんに言ってないのか?」
『言ってないわよ。今日言おうと思ってて帰ったらいきなり愛から話聞かされて言えなくなっちゃったのよ。あ、あんたと二人で出かけるなんて愛の前で言いづらいし。それに何か朝から行くみたいなこと言ってたし』
それはまずい。朝に来られたら美咲が住んでいるのがばれてしまう。
前回は美咲が俺に勉強を教えるためにいるという大義名分を作れたが、今回はそうじゃない。
しかし、事前に知れたのは良かった。
完全な不意打ちを受けていたら大変な騒ぎになったかもしれない。
『それでさ――』
ガチャっと音がして扉が開く。
美咲もう風呂から出たのか。まずい!
「ふ~、お風呂出たよー。――!?」
俺が電話しているのに気付いた美咲は慌てて自分の口を塞ぐ。
もしかして、アリカに今の美咲の声が聞こえたか?
心臓がバクバクする。
美咲も今のはまずいと思ったのか、両手を合わせてごめんと俺を拝んでいる。
『ちょっと明人聞いてるの? 愛に明人からうまく言ってよ』
「ああ、分かった。明日休みだし、なんとかするよ」
『頼むわ。遅くにごめんね。じゃあ、おやすみ』
「ああ、おやすみ」
がくりと膝をつく。緊張したー。
よかった。ばれずにすんだみたいだ。
ちょうどアリカから話しかけてきたタイミングに被ったようだ。
しかし、愛の対処をどうしよう。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。