247 女の勘は危険1
正門前で会長同士のツーショット撮影。
校内新聞の記事のトップに使いたいという川上からのオーダーだった。
その後、学校前のバス停へと移動する。
バスが来るまで少し時間があるようだ。
「もう帰っちゃうの?」
愛がへばりついたままの状態でアリカに聞いた。
まるでおんぶお化けみたいだ。
「当たり前でしょ。学校に荷物もあるし」
アリカの返事に愛はぷくっと頬を膨らませる。
澤工方面行のバスが到着し、鹿島ら生徒会がバスに乗り込む。
アリカが愛に離れなさいと言うと愛の表情が少し曇る。やっぱり寂しいのかな?
渋々、愛が離れるとアリカはくるりと振り返る。
「愛、わかってると思うけど、迷惑かけんじゃないわよ」
「わかってるってば」
「響と太一君もまたね。明人はまた後でね」
「ああ、また後でだな」
にこっとアリカが笑顔を作る。
やっぱ、こいつ笑うと可愛いわと思った瞬間、何かが俺を押しのける。
「今度はゆっくりお話ししましょうね。何でしたら私がそちらにお伺いさせていただきますわ」
――南さんだった。
どうやらアリカを気に入ったようで、アリカの手を取ってぐいぐいと顔を近づけている。
手を握られたアリカの笑顔が引きつっている。なんなら手加減なしの力で解決してもいいぞ。
それぐらいでへこんだり諦めたりするような人じゃないと思うから。
アリカがアイコンタクトを送ってくるが、助けろと求めているのだろう。
「このままお別れとは名残惜しいですわ。今度はもっと長い時間を過ごしたいですわ。できれば二人きりで……」
ぽっと頬を赤く染めて言う南さんに対して、アリカは小さく身震いしていた。
「南さん、アリカがバスに乗れないじゃないですか」
「あら、ごめんなさい。では、お気をつけて。また会えることを期待してますわ」
にっこりと微笑んで手を放すと、頭を小さく下げた。
そういう態度は気品があるように見えるから不思議だ。
「は、はい。こちらこそありがとうございました」
引きつった笑顔でアリカは答えた。
アリカがバスに乗り込み窓側に座る。扉が閉まりバスが動き出す。
愛がアリカに向かって手を振っているのを見て、アリカも手を振り返す。
俺らも愛に倣って手を振って見送った。
☆
生徒会室に戻り、他のメンバーと合流して後片付け。
問題もなく終われたのでほっと安堵する。
解散するときに北野さんからは感謝の言葉をたくさんもらったけど、気にしないでほしい。
俺自身も少し楽しかったし、アリカの違う一面が見れたのも良かったと思う。
あいつを本気で怒らせないようにしないとな。事前に知れたのはいいことだ。
北野さんと西本は少しやることがあると言って残り、南さんたちのグループはこの後お茶会を開くらしい。
南さんは響にも声をかけていたが、響は用事があると言って辞退していた。
川上と柳瀬が横で聞いていて残念そうな顔をしていたところを見ると、響の参加しだいで自分たちも混ぜてもらおうと思っていたに違いないだろう。
「いいのか? 南さんの誘いを断って」
「いいのよ。用事があるのは本当のことですもの」
「愛としては誘いに乗ってくれた方がよかったのですが……」
俺の右腕には響、左腕には愛がしっかりと腕を組んでいる。
「……歩きづらい」
「愛さんがここぞとばかりに腕を組むから」
「いやいやいや、響さんが先に明人さんに近づいたじゃないですか」
「うん。わかった。もういいから。攻め合いは止めようね」
太一は呆れた顔してるし、長谷川は仲がいいよねーと平和そうに言う。
川上は持っているカメラで写真を撮ってるし、柳瀬に関しては「どうする。拡散の方向でOK?」と危険極まりない発言をしている。
階段の踊り場まで来たところで響が手を放す。
「どうした? 忘れ物か?」
「明人君デートをしましょう」
「はい?」
「試験が終わったらデートするって話だったでしょ。もう忘れたの?」
「今日?」
「そう」
「マジで?」
愛の表情が歪んだ笑顔になっていて見るのが怖い。
「と、言うわけで。他のみんなには悪いけど、明人君とデートに行くのでここで別れましょう」
愛がさらに力を加えて俺の腕をロックする。
ちょっと待て。関節が極まってるから。痛い、普通に痛い。
ここで新たな事実が判明する。
力が強いのはアリカだけじゃなかった。愛も実は馬鹿力の持ち主だった。
その証拠に俺の抵抗など全く通じず、跳ね返すことすらできない。
「そんな一方的に決めたら明人さんだって迷惑です。明人さん今日はバイトがあるんですよ」
「じゃあ、今からデートの日にちを決めましょう。それなら明人君もいいでしょ?」
デートの約束はあったけれど、何も決まっていない。
バイトまでは十分に時間があるから、響と相談するならこの時間を使うのが一番いいだろう。
前に行きたいところは決まっていると響は言っていたけれど、その内容はまだ俺に知らされていない。
それよりも、関節を極めてるの外してもらっていいかな。痛みが強すぎて声が出ないんだけど。
パンパンと愛の手をタップする。
「ほら、明人さん何も言わないじゃないですか!」
「明人君そうなの?」
ごめん。言わないんじゃなくて言えないんだ。
俺の腕は今どうなってるのってくらい痛いんだ。
さらに力を加わる愛に俺のタップする手が加速する。
「……愛ちゃん、明人が苦しんでる」
助け舟を出してくれたのは太一だった。
もっと早く言ってくれ。
「え? ああっ! 明人さん大丈夫ですか? ……響さん何て酷いことを」
「私は何もしていないわよ?」
ようやく腕が解き放たれ苦痛から解放される。愛里姉妹恐るべし。
今まで愛は危険だと思わなかったけれど、今後は警戒が必要だ。
☆
デートの話を決めるときくらい二人きりにさせて欲しいと、響のストレートな物言いに川上と柳瀬が納得して、納得していない愛を連れていく。ずるずると川上と柳瀬に引きずられていく愛の目が、やけに病んでいるように見えて怖かった。
響と二人、階段の踊り場でお互いの予定を確認。
今度の土曜日は美咲がシフトに当たっているから俺は休みで問題ない。
響は土曜日に終日予定が入っていて、日曜日なら可能だという。
だが日曜日は俺が昼から終日バイトなので無理である。
次の週になると、響は問題ないらしいが、俺が順番的にシフトになる可能性が高い。
アリカか美咲と代わってもらうなりすれば、何とかなりそうだけれど。
「明人君のバイトは一日ずっとなの?」
「いや、土曜日はいつもと違うから遅くても4時頃には終わるかな」
「じゃあ、バイトが終わってからでもいいかしら?」
「俺はいいけど、響はそれでいいのかよ? 時間的に短くなるぞ」
俺がそう言うと、珍しく響が微笑む。
「ええ、いいの。じゃあ約束ね」
「わかった」
「来週の土曜日、バイトが終わったら連絡くれる? 明人君のところまで車で迎えに行くわ」
車で移動だなんて、どこに連れていく気だ?
行先についてはその時まで内緒らしい。
とりあえず、これで響とのデートの日が決定した。
話が終わると、響がまた俺の腕に手を絡める。
何だか嬉しそうに見えるのは気のせいじゃないだろう。
「ねえ、明人君」
「何?」
「こうやって腕を組むのって、何だか気持ちいいわね」
「そうなのか?」
まあ、俺も腕にぷにょぷにょしたものが当たると気持ちいい。
当たり過ぎると、ちょっと困ることが起きるだけに諸刃の剣だが。
「私ね。どんどんあなたに侵食されているわ」
「どういう意味?」
「自分でも思ってた以上に明人君のことが好きってことよ」
ぐいっと腕を引かれ、俺の頬に響の柔らかい唇が触れる。
「響!?」
「ふふ。明人君顔が真っ赤になってるわよ。ところで、明人君からお返しはあるのかしら?」
響が髪をかき上げ頬を突き出す。
ちょっと待って響。俺まだ脳が整理できていない。
「――ぐあっでーむ!! 何をやってるんですか!?」
愛の声が階段下から聞こえる。
ずんずんと音を響かせそうな勢いで愛は階段を昇ってくる。
「あら、邪魔が入ったわ。残念だわ。愛さん思ったよりも早かったわね」
「隙をついて逃げ出してきました。それより響さん、何を明人さんにおねだりしてるんですか?」
「ここにキスしてもらおうと思って」
いつもの無表情で自分の頬を指差して答える響だった。
「じゃあ、愛もお願いします!」
そう言って愛も俺に頬を突き出す。
「何でしたらここでもいいです」
愛は指先で自分の唇をちょんちょんと指差す
「しないから」
「響さんはよくて愛は駄目なんですか?」
「響にもしてないから」
「まあまあ、愛さん。そう慌てたりしては見苦しいわ」
「響さんのその余裕は何ですか!?」
また、ぎゃあぎゃあと喧騒が始まってしまった。
思った以上に大胆で積極的な響の誘惑に俺は耐えられるかな。
欲望に負けないように心掛けないと。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。