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帰路  作者: まるだまる
243/406

242 まったりタイム3

 日曜日。

 

 自分の部屋を出て隣部屋へ。今はこの部屋に美咲が仮住まいしている。

 美咲が寝てる部屋のドアをコンコンとノックする。


 ……


 返事はない。

 今度はノックしながら声でアピール。


「美咲。朝だぞー。起きろー。朝ごはん作るから起きろー」


 ……


 また返事がない。


 いつもの俺なら起きるまで放っておくのだけれど、美咲本人から寝起きが悪いからどうやっても起こしてほしいと言われている。本人に言われたとはいえ、女性の寝てる部屋に入るのには少しばかり勇気がいる。

 もし、美咲の着ていたパジャマとかがはだけてたらどうしよう。


 ……まあ、頼まれたからにはしょうがないよな。

 

「……美咲、入るぞー」


 ドアを少しだけ開けて覗き込む。

 遮光カーテンで閉ざされた暗い部屋の真ん中に敷布団だけが残っている。


 ――あれ、美咲はどこだ?


 さらにゆっくりドアを開けると何かに当たった感触。

 当たったのは掛け布団を器用に体に巻き付け、ちゃっかり枕は使用して抱きかかえて眠る美咲だった。

 すやすやと心地よさそうに眠っている。


「こんなところまで来てんのか」

 

 寝相も悪いと本人から聞いていたけれど、まさかここまで悪いとは思わなかった。 

 普段、美咲が柵付きのベッドを使っているのはこの寝相のせいだろう。

 床に直に布団を敷いているとはいえ、この寝相の悪さはいかがなものか。



「おーい、美咲。朝だぞー。起きろー」


 クースカ眠る美咲の頭をつんつんと突きながら起こしてみる。

 美咲は目を閉じたまま、少しだけ顔を上げた。

 お、反応した。


「……んにゃ……あと4時間」

「なげえよっ!?」


 俺の突っ込みが言い終わる前にガクッと枕に顔を沈める美咲。

 

「こら、起きろ。寝るな。寝たら死ぬぞ!」

「……ん~。うるさいな~。寝る子は育つんだよ~。……すー」


 目は閉じたまま、文句だけ言って瞬間で寝るなよ。

  

「ほら、朝飯作るから。美咲も手伝うとか言ってたろ」

「……」


 今度は亀みたいに布団の中に潜り始める美咲だった。

 ここは心を鬼にしよう。


 美咲のくるまる布団を鷲掴みして一気に引っぺがす――つもりだった。

 掛け布団を掴もうとした途端、器用にコロコロと転がって逃げられる。

 

 コロコロコロコロ――

 

 俺が近づくたびに転がって逃げる美咲。

 そんなのできるんだから実は起きてるだろ。

 埒が明かないのでさっさと捕まえよう。


 なんとか壁際まで追い詰めることに成功。


「さあ、覚悟して起きろ」


 今度こそ、布団を鷲掴みして一気に引っぺがす。

 布団の中からコロンと枕と膝を抱えた美咲が転がり出る。

  

「う……。殻が……殻が……」

「かたつむりか。ほら、美咲起きろって」

「いや~。まだ寝るの~」

「無理やりにでも起こせって言ったの美咲だろ」

「じゃあ、春ちゃん起こして~」


 めんどくさいな。

 しかも、俺のことを春那さんだと思ってるようだ。

 寝ぼけもひどいのか。

    

「ほら、起こすぞ」


 美咲の手を掴み、起き上がらせ座らせる。

 そのまま、前のめりに倒れそうになる美咲。


「うわ、危ないだろ」


 支えようとしたところで美咲に抱きつかれる。


「うへへへ、春ちゃ~ん。優しいんだ~」


 美咲のパジャマ越しに普通の肉とは違う柔らかい感触が伝わる。

 ……だよな。寝るときは普通ブラとか外してるよな。

 どうしていいか、俺分かんないんだけど。

 

「あれ? 春ちゃんいつからこんなペタンコに……、それに固い?」


 違和感を感じたのか、俺から体を離して俺の胸に手を当て撫でまわす。

 更なる違和感を感じたのか、寝ぼけ眼を開けた。

 俺の平らな胸を撫でまわしながら、俺の顔をじっと見つめる美咲。


「……あれ? 明人君がなんでうちに?」


 すりすりと俺の胸を撫でまわす手は止まらない。

 ほんの少しの間をおいて、美咲の顔が一気に顔が青ざめた。

 あー、これまた嫌な予感がするわ。


「み、見られた。見られた。寝てるところ見られた。寝相が悪いとこも、寝ぼけてるとこも全部見られた。……終わった。もう何もかも終わった…………」


 わなわなと体を震わせ頭を抱え始める美咲だった。

 ひとしきりもがいたあと、何かを決心したような顔で俺を見つめ静かに口を開く。


「……明人君、一緒に……死んで?」

「何で俺まで一緒に死ぬんだよ!」

「私の恥ずかしい姿を見たじゃない!」

「美咲が自分で起きればいいだけだろ。それに自分が絶対起こしてって言ったんだろ!」

「うっうう。それができれば苦労はしないの~」


 そう言って泣き伏せ落ち込む美咲だった。

 励まして回復するまで30分ほど軽くかかる。


 朝っぱらから面倒くさい人だった。 


 ☆


 ようやく朝食作りに取り掛かる。

 俺が下ごしらえをしている間に着替えた美咲がキッチンに現れる。

 しゅんとした表情だけれど、まだ引きずっているようだ。


「……明人君、ごめんね。自分で言っといて……呆れたよね?」  

「昨日は起きてきてたのに」

「昨日……実は寝てなかったの」

「はあ? 徹夜したの?」


 全然、徹夜したようには見えなかったけど寝てなかったのか。


「緊張してたというか……全然寝れなかったの。と、隣に明人君がいると思うと余計に……」


 呆れたというより、ある意味悟った気分だ。

 これじゃあ春那さんが心配していたのも頷ける。住む家が変わったくらいでこの調子では、春那さんと一緒に暮らし始めたときも大変だったんじゃないだろうか。

 もし、春那さんが一緒に暮らしてくれなかったら、美咲はきっと生活できなかっただろう。

 美咲の両親からしたら心配だったことだろう。

 

「わ、私、お姉ちゃんとかお母さんがいつも家事をしてくれてたから、お片づけくらいしかできなくて……。朝も晃ちゃんが……毎朝起こしに来てくれてて……」


 晃の場合は美咲の世話を焼くのが嬉しかっただろうから、幸運だったに違いない。

 あいつの場合は美咲の寝顔見たさに通ってたんじゃないかって気もするが。

 実際に美咲の幸せそうな寝顔は見る価値が十分にあった。

 

「大学受かった後に晃ちゃんが春ちゃんに相談してくれて。それで一緒に住むことなって……、春ちゃんに少しずつ教えてもらってたんだけど、覚えも悪くて……私、駄目だよね?」

「駄目だね」

「はうっ!?」


 美咲は胸を押さえて苦しみ始める。

 ストレートに返し過ぎたか。

 まあ、少しはフォローしておくか。


「初めからできる人間なんてそうそういないし、できなかったらできるようになるまでやればいいんじゃない? 美咲の生態は少し理解できたよ。ここにいる間はちゃんと面倒みるからさ」


 自分で家に連れてきといて面倒見切れんなんて言ったら、春那さんに面目が立たんわ。


「明人君の優しさが身に染みる。そうだ。こういう時は明人君が喜ぶことをすればいいよね? えっと、春ちゃんが言ってたのは……何だったっけ?」


 とても嫌な予感がするんだが……。


「あ、そうだ。明人君エプロンある?」

「料理なら俺がするけど、何する気だ?」

「えと、裸エプロン? 春ちゃんが男なら誰もが喜ぶって」

 

 あの人は一度とことん説教した方がいいらしい。

 しかし、美咲も聞いたときに自分に置き換えるとかできないものなのか。

 春那さんの言葉を鵜呑みにしすぎだ。


「美咲。それどういう状態か自分で分かってる?」

「え、裸でエプロン着けるんでしょ。分かってるよ」

「美咲は裸を俺に見せたいの?」

「え? ……裸……あ、そうか。裸を明人君に見せるってことになるんだ……ええっ!?」

  

 顔がゆでだこだ。やっぱり想像してなかったのか。

 前も似たようなことあったな。

 ちゃんと自分に置き換えてイメージしようよ。


 慌てた様子を見せていた美咲が、手をぎゅっと握りしめて気合を入れる。


「あ、明人君が、み、見たいなら、私、が、頑張るけど」


 そういう謎の気合は入れんでいい。

 本音で言うなら見てみたいけど、本音なんて言えるか。


「いや、いい」

「――はうっ!?」


 美咲は胸を押さえさっきよりも激しく苦しんでいる。

 胸を押さえたままうずくまって、何かぶつぶつと言い始めた。

 

「……そうか。そうかそうか。私の裸なんて見たくもないよね。春ちゃんよりおっぱい小さいし、最近太ってるし。どうせ、私みたいな社会不適合者のお粗末な体なんて見る価値もないよね」


 なんか面倒くさい方向にシフトしているな。

 最近多いなー。しょうがないな。


「見たくないって言ってるんじゃない。俺だって女の裸に興味くらいはある。も、もちろん美咲の裸にだって興味がないわけじゃなくて、春那さんよりは小さいけど胸はちゃんとあるし、別に太ってるようにも見えないし、それにマジで奇麗だって思ってるし」


 俺は美咲に何を言ってるんだ?

 言ってて恥ずかしくなってきたぞ。

 

「だから、俺だって男だから、そういう真似されたらやばいっていうか。欲望に負けるかもしれな……」

 いつの間にか美咲が俺の傍にきて袖を掴んでいた。


「じゃ、じゃあ、も、もし私が裸エプロンしちゃったら……明人君狼になる?」

「な、ならない保証ができない」


 心臓が早打ちする。

 何だこのシチュエーションは。

 二人っきりで、この状況はやばいだろ。

 

「じゃ、じゃあ、試す?」


 美咲は俯きながら小さく呟いた。

 自分の心臓の音がとても大きく耳に響く。

  

「う、う――」

「あっ!?」


 うんと言いかけたときに、美咲の体がビクンと揺れる。

 俺の袖から手を離すと慌ててリビングから出ていった。

 あまりの急な出来事に俺は何も言えずポカンと美咲を見送った。

 ちょっとしてすぐに戻ってきた美咲。


「やっぱり、来ちゃった。今月も予定通り」


 お腹に手を当てて言う美咲だった。

 今ので裸エプロンの話は消えたんだろうなと思うと、軽く後悔した。  


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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