240 まったりタイム1
夕食後、後片付けを美咲が手伝うと言い出した。
昼の時に愛を手伝ったように食器の拭き上げ。
少しは役に立ちたいらしい。気にしないでもいいんだけどな。
片付けも終わりまったりタイム。
風呂の湯が張るまでの間、世界の衝撃映像番組をやっていたので、二人で見てくつろぐ。
初日の時よりも、美咲も緊張はなくなっているようだ。
こうやって家で落ち着いてテレビを見るのも久しぶりな気がする
アメリカで突如発生した竜巻から車で逃げる家族の話が始まった。
その話をドラマ風に再現していた。
実際の映像と明らかにCGだと分かる合成画面を交互に移す技法に現実味の乏しさを感じる。
画面の中で家族の慌てふためく姿や、周りの状況を映し出していたが、もうとっくに追いつかれてるんじゃないのとか、突っ込みを入れたくなる。
いよいよ話が進むかと思ったらCM。こういうのいいかげんに止めないかな。
何か話の腰を折られた気分になる。
「こういうのって、何で話を引っ張るのかな?」
CMに入ったところで美咲がぼそっと呟いた。
「それ俺も思う。さっさと結果教えろって言いたくなる」
家族の運命や如何にみたいなこと言ってるけど、こういうのって大抵助かるだろ。
CMが終り、また見た場面から放送。おいこれ、随分と前の場面だぞ。
時間をかけすぎだろ。
見逃した人向けに、ある程度前の場面から流すのは分かるが、長過ぎは時間の無駄だろ。
結局、家族は車を橋の下に止め、竜巻から逃れられたという結果だった。
実際の映像ならともかく、再現映像がしょぼかっただけにすごさが伝わらない。
何だか消化不良を起こした気分だ。
その次に動物ハプニングが始まった。
飼い猫にドロップキックされる飼い主や、驚かされてへんてこな恰好で飛び上がる猫。
十数匹の犬を散歩中に興奮した犬たちが駆け出し転倒、そのままリードで引きずられるおばさんとか。
こういうのって毒がないから純粋に面白い。
俺と同じく猫好きな美咲は猫が画面に出るたびにニヤニヤしていた。
ケタケタ笑ったり、たまに渋い顔をしてる。
番組を見ていると俺の携帯が鳴った。
相手を見るとアリカだった。
人差し指を口に当てて、しゃべらないように美咲にサインを送る。
美咲は理解したようでコクコクと無言で頷いた。
「はい、もしもし。どうした?」
『あたしだけど。今日はごめんね』
「そっちこそ、あのあと大変だったんじゃないか?」
『こっちは問題ないわよ。愛もパパも仲直りしたし、うちはそういうのあっけらかんとしてるのよ』
「それならいいけどさ。何だよ、わざわざ詫びの電話か?」
『いやー、それがさ。明人のことで愛が落ち込んでてさ』
「何で?」
『ほら、最後にトイレに閉じこもって駄々こねてたでしょ。あれで嫌われたんじゃないかって心配してんのよ』
「そんなんで嫌いになるかよ」
『でしょ? 明人ならそう言うって言ったんだけどさ。あの子、馬鹿なことするくせに気が弱いとこもあるのよね』
それでアリカが俺に確認してやると言って、電話をかけてきたらしい。
「それでその愛ちゃんは?」
『今? 通路からあたしの部屋を覗いてる。気になってるみたいよ。いつもみたいに電話横取りする勢いはないわね。まあ、元々の愛はこんな感じなんだけどね』
想像がつかないんだけど。
『あんたに会ってからなのよ。あの子が変わったの。まあ、あたしもびっくりしたけどさ。ごめん。ちょっと代わるね。ほら愛、入ってきなさい。明人から直接聞きなさい』
ごそごそと受け渡すような音と「ほら早く」とアリカの催促する声が聞こえる。
『も、もしもし。愛です。今日は本当にすいませんでした』
声が少し震えてる気がする。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
「大丈夫だよ。気にしてないから。お父さんとうまく仲直りできたんだって?」
『はい。パパも今度は反対しないからって言ってくれました』
「そっか。それは良かったね。何か俺に嫌われたとか言ってたらしいけど、嫌いになんかならないよ」
『ほんとですか? 愛のこと嫌じゃないですか?』
「もしそうなら、こうやって話なんかしないよ。今までと一緒だよ。だから、またうちに遊びにおいで」
『はい。ありがとうございます。すいません。香ちゃんに代わりますね』
ぐすっと鼻のすする音が聞こえた。
やっぱり泣いているようだ。
これもまた一つなのかな。
こうやってみんなのことを知っていく。
愛のことも、アリカのことも、美咲のこともまた一つ知っていく。
俺の大事な人たちは、新しい顔を俺に見せてくれる。
俺も見せられているのだろうか。
『もしもし、愛の件はこれで終りね』
電話を代わったアリカがやけに明るく言う。
『次はさ、今度食べに行くところの話なんだけどさ。今3つばかり候補があって悩んでるのよ』
その切替の速さは何だ。
それからしばらくアリカと飯の話で盛り上がる。
『んで、あたしとしてはさ――ああっ!?」
突然、アリカが大声を上げる。
何だよ。急にびっくりするじゃねえか。
『ごめん。明人って試験前だったよね。自分が終わったからって忘れてた』
「いや、風呂入ってからするつもりだったから」
『ごめんね。もう切るから、勉強頑張んなさいよ』
「あいよ」
『じゃあね。おやすみ』
「おやすみ」
電話を切って振り返ると、美咲がじっと俺を睨んで膝を抱えて座っている
どうやら美咲を放置したままにしてたからか拗ねている感じがする。
「明人君ってあんな声も出せるんだね」
「あんな声って?」
「優しい声だった。私には一度もあんな声で話したことない」
むすっとした顔で言う美咲。
やっぱり拗ねてる。うわ、めんどくせえ。
「それに……アリカちゃんと長電話してるし、……私と電話なんてほとんどしたことないのに。ずるい」
ああ、これ一度はっきり言っておいた方がいいな。
「あのさ美咲」
「何よ」
「前も言ったけど、俺は恋愛感情ってものが分かってないんだよ。美咲や他のみんなが大事だって言ったのも嘘じゃない。アリカと電話で話すのはおかしいことかな? アリカの電話の件を言うなら、みんなの中で一番俺と一緒にいる美咲はどうなるんだ。期間限定とはいえ、同じ屋根の下で暮らしてるんだぞ」
「……」
無言のまま美咲がポテンと膝を抱えたまま横に倒れる。
そのままコロンと転がって俺に背中を見せた。
これ、もしかして美咲は照れてるのか?
耳たぶが真っ赤になってるのが見える。
そのままコロコロと転がって、器用に転がりながら曲がったりしてるけれど、とうとう壁にぶつかって止まる。
なかなか面白いアクションだな。
「あ、あの、私、お風呂借りるね。明人君がお風呂入るの遅くなったら困るし」
美咲は急に立ち上がり、俺に顔を見せずにリビングから出ていった。
俺が今のバイトを始めてから、同じ時間を共有しているのは確かに美咲が一番多い。
今の状況だってそうだ。美咲だから預かろうと思った。
これは恋愛感情からじゃない。自分で分かってる。
一人にするのが不安だったからと言えば聞こえがいい。
しかし、美咲がいれば俺も一人じゃなくなると考えが浮かんだ俺がいた。
俺自身がこの家に一人でいるのが寂しいのだと思う。
俺は知らぬ間に、俺こそが美咲に依存している気がする。
それを隠して、美咲の保護という名目を得る。
俺は相変わらずの見栄っ張り野郎だ。
父親とは和解できたのに、俺の心は何かを求めてる。
それが何なのかは分からない。
でも、何かを求めてるのだけは分かる。
みんなといればそれが分かるかもしれない。
そう思うんだけど、まだ見えない。
変わらないな、俺は。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。