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帰路  作者: まるだまる
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239 愛台風襲来4

 少しばかり休憩したあと、俺と美咲は台所に立つ。 

 危険な美咲を敢えて台所に立たせたのには理由がある。

 最低限のことはできるように預かる間に教育することにしたのだ。

 日中は俺が教わる立場だったが、今から美咲が教わる立場だ。


 料理は美咲にやらせると危険すぎるので、俺がすることにしている。

 あくまで補佐だ。


 今日の美咲の目標は米を炊くこと。

 米櫃に入れてある米をすくい、摺り切りの状態を見せる。


「ほら、このカップを摺り切り一杯いれたら一合だ」


 一旦、米を米櫃に戻し、美咲に米用の計量カップを手渡す。


「今日は明日の朝食分も炊いておくから三合な」

「うん」

 

 美咲は「一回」と数を数えながら、米を米釜に移していく。

 

「じゃあ、次は米を研ごうか」

「研ぐ?」

「言ったら米を少しの水で洗うんだ。米ぬかが着いてるからね」

「うん。分かった」

 

 美咲は米釜に少しの水を入れる。

 そして米釜を置くと片手を伸ばして洗剤を取ろうとした。


「ちょっと待った。何で洗剤を取る」

「え、洗うんでしょ?」

「違う、違う。水だけで洗うんだ。洗剤なんて一言も言ってないだろ?」

「あ、そうか。洗うって言うから、てっきり」


 うん。美咲の料理が危険なのが少し分かってきたぞ。

 かなり独特の解釈をするところがあるのか。

 

「んじゃあ、まず手本ね」


 俺が見本にシャコシャコと米を研ぎ、米ぬかで白濁した水を捨てる。

 

「こうやって何度か繰り返す。少し濁ってる方が米の味が崩れないから」


 美咲はシャコシャコと米を研ぎ始める。

 ちょっと不器用だけど、まあおかしくはない。


「これくらい?」


 新しい水を入れ、濁り具合を確認してくる美咲。

 濁りが少し多い気もするが、まあ、このぐらいならいいだろう。


「米窯の内側にある線に水の量を合わせる。今回は三合だから3の線ね」

「明人君。3が2つあるけど、白米の方でいいの?」

「うん。合ってるよ」

「無洗米って、洗わないってこと?」

「洗ってある米のことだよ。だからすぐに水入れて炊ける。同じブランドの白米より手間をかけてる分、ちょっとだけ値段が高いかな。言っても100円くらいかなー。時間がない時にはいいよね」

「へー」

 無洗米の手軽さを考えると美咲にはいいかもしれないな。

 俺は買わないけれど。どうも無洗米を信用できない俺がいる。

 仮に買ってきても、きっと白米と同じように研いでしまうだろう。



「次は炊飯器にセットして」

「これうちのと一緒だ。虎印の炊飯器」

「まあ、メジャーどころのだからね」


 蓋を開けて、米釜をセット。また蓋を閉める。


「セットしたよ」

「美咲、コンセント入れてないぞ」


 それじゃあ、いつまでたっても炊けやしない。


「あ、そうか」


 コンセントを入れて準備OK。

 ここまで来たらもう余計なことは教えないほうがいい。

 この炊飯器には早炊きとかおこげとか複数の炊き込みメニューがあるけれど、余計な情報は混乱の元だ。

 ここは確実な方法のみを伝達しよう。


「あとは炊飯ボタンを押すだけ。ちゃんと炊飯ランプが点いたかどうかも見るんだぞ」


 美咲は炊飯ボタンを押して、ボタンに付いているランプも確認。


「あとは出来上がりを待つだけだ。蓋を開けたり、コンセント抜いたりするなよ」

「うん。前にそれやったことある。春ちゃんに怒られた」


 すでに前科持ちだったのか。



 ご飯を炊いている間に、場所を変えて次の教育――洗濯だ。

 

 さすがに10日間ともなると洗濯は必要だし、美咲の下着を俺が洗うわけにもいかない。

 美咲自身が嫌だろうし、俺も女性用の下着なぞ手がけたことがない。

 実際、洗ってもいいんだけど。


「まず生地な。服には取り扱い方ってのが付いてる。例えばこれな」

 俺の服を裏返し、小さなタグを見せる。

「ここに絵と数字があるだろ。これで洗濯方法とかアイロンかけていいとか分かるんだよ」

「気にしたことなかった」


 まあ、大抵はそうだろう。俺もほとんど見ないし。


「気にした方がいいのは、洗濯機で洗えるかだ。判断に迷う時は見ればいい」

「ああ、なるほど。そうか。春ちゃんが言ってたのはこれだな。見て分かんないから聞いたのに見たら分かるだろって言われてチンプンカンプンだったのよね」

「じゃあ、まず洗濯機が使えるパターンの時から教えるぞ」

「うん」


 美咲は見覚えのある手帳を取り出した。

 これあれだな。乙女のメモ帳ってやつだな。

 まあ、今回は真面目な内容だから問題はないだろう。

 これが絡んだときってろくでもない場合が多いから、ちょっと警戒してしまう。


「まずは色物と白物に分ける。色物は新しいと色落ちする場合があるからな。白いものに色が移ったりする。例えば濃い青のデニムパンツと白シャツを一緒に洗うと青っぽい白シャツになったりする」

「……それやった。……お気に入りの服に変な色が」

「色物も最初のころは同じ系統に分けた方がいい。青系、赤系、茶系とかかな。何度か洗うと色落ちもなくなるから、その時は一緒に洗ってもいいかな。あと服は洗濯ネットに入れた方がいい。服が傷みにくくなる」

「ふむふむ」


 必死にメモに書込みながら頷く美咲。

 ちょっと多すぎたかな。


「次、洗剤ね。これもたっぷり入れたりするなよ」

「何で?」

「量だよ。洗剤は多く入れりゃあいいってものじゃないんだ。水の量に対して適切な量が一番効果があるんだって」 

「へー、そうなんだ? 明人君よく知ってるねー」


 うん。昨日ネットで見て覚えた。それまで俺もあまり気にしたことなかったよ。

 寝る前にネットで情報を拾い集めたのは、美咲に内緒にしておこう。


「洗剤の他にも漂白剤と柔軟剤がある。柔軟剤には俺もこだわりがあるほうだ」

「春ちゃんも柔軟剤にこだわりがあるみたい。通販でいつもおんなじの買ってる」


 俺は白熊のぬいぐるみがパッケージになってるやつが好きなんだよな。あれの匂いが好きだ。

 最近は香りの強いタイプが主流になっているけれど、あまり好きになれない。

 

「じゃあ、実践しようか。まず分けてみて」


 洗う必要のない服で種分け。

 美咲は生地やタグを見ながら分けていく。

 色も系統に分けて、おおむね問題なし。

 やればできるじゃん。

 

 それから実際の洗濯。洗濯機の使い方を教える。

 一つずつ確認しながら、時間をかけながらやっていく。

 

「洗濯一つでもやることいっぱいだね」

「慣れたらそうでもないよ」


 今は全自動洗濯機だから、労力はそれほどない。

 このあとの方が問題だ。


 ☆


 今、美咲は持ってきている下着を調べに部屋へと戻っている。 


 洗濯機を回している間に手洗いの説明をした。

 洗濯機で回せるタイプの下着はネットに入れてソフトで回せば問題ない。

 問題は手洗いのみでしか洗えないタイプの下着だ。


 あいにく俺はそういった物を一枚も持っていない。

 昔、母親がたらいで押し洗いや揉み洗いをしていた姿を見たことがあるくらいだった。


 下着を調べに行っていた美咲が戻ってきた。 


「あの、明人君。私の持ってる下着調べたら、全部手洗いしか駄目みたいなんだけど。……あの、これ使っていいから。だから、ちゃんと教えて」


 美咲は顔を真っ赤にして、後ろ手に隠していたピンクのブラを俺に差し出した。

 マジですか?

 

 美咲の差し出したブラはカップの部分に花のような模様がある。

 何だか思ってたよりもカップの面積が少ない。ハーフカップとかいう物だろうか。

 膨らみのアールに添って、柔らかそうなふわふわした感じの仕上がりになっている。

 肩紐は柔らかそうなギャザー仕様になっていて、取り外しも可能のようだ。

    

 もしかして、このブラって美咲が着用してたやつなのか? 

 美咲が着けてる姿を想像してしまう。

 

 本当に俺が洗っていいのか?

 手を差し出そうとするけど、躊躇してしまう。


 ☆ 

  

 結局、俺はそのブラを受け取ることができなかった。

 何だか罪悪感と羞恥心に心が苦しくなったからだ。


 俺は正直にネットで情報を拾ってきたことを美咲に伝えた。

 俺の部屋へと連れていき、俺が見た動画やらを見せることにした。

     

「こういうのもあるんだね。思いつかなかったよ」


 何度か見たあと、美咲と風呂場へ移動。

 美咲が実践するから見ていてほしいと言われたからだ。

 

 小さなたらいにぬるめのお湯を張り、少量の洗剤を溶かす。

 パッドを外したブラを入れ、ゆっくりと染み込ませたあと、見た動画のようにゆっくりと押し洗う。

 

「こんな感じでいいのかな?」

「いいと思う。見た感じ動画と一緒に見える。力は入れ過ぎないって言ってたし」


 美咲の問いに、少し曖昧に答える。

 俺も確証がないからだが。


「明人君」

「何?」

「色々ありがとう。私、少しでも自分のことできるように努力する」

「いいよ、礼なんて。俺はいつだって美咲に協力するし、俺のことも手伝ってもらうから」

「うん。私にできることは手伝うから」


 下着を揉み洗いながら前向きな会話。

 傍から見たらおかしな光景かもしれないけれど、何故だか俺にはとても大切な時間に思えた。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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