23 表屋と裏屋2
卸会社で少し長居をしすぎた。無意識に自転車の漕ぐ速度を速めていた。
自転車を漕ぎ進めていると、自転車を押している制服姿の女の子がいた。
制服姿で俺と同じ学校の子だとわかる。
自転車に乗らず押して帰る姿に、何かあったのかなと少し気になった。
ついつい自分を重ねてしまう。
追い抜きざまに、その子の押している自転車のチェーンが、だらりと垂れ下がっているのが見えた。チェーンが外れて押して帰っているのか。
俺と同じ境遇なんて、そういるはずも無いのに、無意識とはいえ同類を求めたことを恥じた。小さな罪の意識からか、俺は彼女に声をかけることにした。
「同じ高校の子だよね。自転車のチェーン外れてるけど、良かったらみてみようか?」
「え、あ、いいです。自転車屋さんまで押してくから、いいです」
声をかけられた彼女は、驚き慌てて、首をぶんぶんと振りながら言った。
遠慮する彼女の背丈は美咲さんと比べると少し低い位で、高くも無いが低すぎでもなく、それでも彼女を見ると、何故か小動物や愛玩動物を思い起こさせる。
顔をよく見ると、白い肌に頬がほんのりと赤く、まだ幼さの残った可愛い顔立ち。この子はかなり可愛い部類に入るだろう。
太一がアリカの事を無茶苦茶可愛いと言っていたが『これが本当に可愛いって子の姿』だと、太一に言って見せてやりたくなった。
目はパッチリとしていて、彼女の笑顔を見てみたい衝動にも駆られる。
目尻は少し下がっているが、それがまた彼女の可愛さを引き出しているようで印象的だ。
片方にまとめて下ろしているサイドポニー。解いたら美咲さんと同じくらいの長さの髪だろうか。束ねている白いシュシュがよく似合っている。
この幼さの残る顔の割には、はるなさんに匹敵する位のスタイル。制服姿でここまで分かるということは相当スタイルがいいのだろう。
着用している制服からすると、真新しい感じ。彼女は入学してきたばっかりの一年生なのだろう。
「遠慮するな。それに、この近くに自転車屋なんか無いぞ?」
「え? そ、そうなんですか?」
少しぶっきらぼうな言い方をしてしまったが、彼女は緊張した様子で答える。
「チェーンが外れただけだろ? それなら大丈夫だよ」
自分の自転車を道脇に置いてから、彼女の自転車を調べ始めた。
横に立つ彼女は、期待と遠慮が同居しているような複雑な顔で、その様子をまじまじと眺めていた。
彼女の自転車は変速機付きで、ハンドルの所で回すタイプだった。
彼女が言うには変速させた時、突然チェーンが外れてしまったらしい。
俺は何度かギヤに外れたチェーンを咬ませながら、ペダルを逆に回して色々試してみると、チェーンがギヤにするっとはまり、ギヤとチェーンがスムーズに回転し始めた。
それを俺の横で見ていた彼女は小さく「あ」と小さく呟いた。
念のためペダルを回して変速させてみたが、変速してもチェーンは外れることが無く、どうやら上手く直ったようだった。
「これで大丈夫だろ。外れることは無いと思うけど、後でちゃんと見てもらったほうがいいね」
「ありがとうございました。助かりました」
「大した事じゃないよ。それじゃあ」
ファミレスに挨拶に行く途中だったので、足早に自転車に乗り漕ぎ出す。
「あ、あの……」
彼女が何かを言ったような気がしたが、気にせず道を先に進めた。
少し時間を使ってしまった。
多少急いだお陰で最初の予定より十分程度の遅れでファミレスにたどり着いた。 店内はまだラッシュタイム前で混雑しておらず、話を持ち出すのには助かる。
余り時間をかけたくないので、店内に入り、店長の中村さんに声を掛けた。
突然の来訪に、中村さんは怪訝そうな顔で俺を見つめている。
中村さんに単刀直入に辞めることを伝えると、中村さんは少し驚いて、残念そうな顔をしたが、考えがあったみたいで言いにくそうに口を開いた。
「辞める事は分かったわ。木崎君にも事情があるでしょうから、しょうがないわよね。でも今度の土曜日を最後にお願いできないかな? そこ木崎君抜けると穴埋めが出来ないからきついのよ。勝手な言い分だけど、土曜日で最後にして欲しいの」
こちらからも急に辞めると言い出したので、無下に断るのも悪いと思い承諾した。
「ありがとう木崎君。最後の最後までごめんね」
「いえ、ここは長い事お世話にもなってたんで、最後のご奉仕って事でちゃんとやります。最後だからって手抜きはしませんよ」
店長の申し訳なさそうな態度に、俺は笑って答える。
「では土曜日で最後ということで、今日は今からバイトなんで失礼します」
俺はそう言って足早に店を後にした。
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