表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰路  作者: まるだまる
234/406

233 Take-Out3

「美咲さんに聞いてみなよ」


 アリカはあっさりとそういうけれど、美咲の機嫌がいつもと違うだけに怖いんだよ。

 いつもだったら俺が気絶するたびにひどく落ち込んで、やられた俺が慰める羽目になる。

 アリカは更衣室から出ようと扉に手をかける。


「何してんのよ。あたしもそろそろ戻らないといけないから行くわよ」  


 俺がついてこないので、アリカは顔だけ振り向いて促す。 

 ある程度の心構えをしとかないと、戻った途端襲われるかもしれないだろ。 

 

「くそー。明日、愛ちゃんが家に来るってだけなのに」

「……何それ?」


 俺の独り言にアリカが反応した。

 おい、アリカ。何で開けた扉を閉めなおす。

 しかも、鍵をかける必要があるのか?


「あんた愛に何する気?」

 

 いつものような怒った顔どころじゃない。

 一瞬でアリカの気配が変わり、響のように無表情。

 何かアリカの背中に黒い雷神様が見える気がする。

 久しぶりに見た気がするけど、まだ飼ってたんだ。

 ちなみに前より凶暴に見えるんだけど、それ進化してない?


 何、この既視感デジャヴ


 パキポキと指を鳴らしながら近づくアリカ。

 表情が乏しいだけに逆に怖い。

 ピーンと一本の糸が張り詰め、今にも切れそうな感じがする。

 俺が愛に何かする気だと思ってるのか。それは大きな勘違いだ。

 

「待て。俺の話をちゃんと聞いてくれ。試験前だから一緒に勉強するだけだ。誓ってやましい気持ちはない」

「何であんたんちなのよ? うちは?」

「お前んちのお父さんがいるからって、愛ちゃんが駄目だって」


 アリカは舌打ちして、「愛の奴」と小さく呟く。


「あんた分かってると思うけど、愛に変なことしたらただじゃ済まないからね?」

「するわけねえだろ!」


 俺が愛に変なことされる可能性は考慮してくれているか?

 そっちの方が可能性は高いんだぞ。

 

 俺の目をじっとみて信用してくれたのか。

 アリカは自らかけた扉の鍵を開けて更衣室を出る。    


「ほら、ささっと行くわよ」


 更衣室から出たアリカが催促してくる。  

 二人でカウンターのところまで戻ると、カウンターで座っていた美咲が俺を見るなりニコッと笑う。


 逆に怖い。


 椅子から立ち上がると、俺に近づいてきて頭を下げる美咲。


「明人君ごめんね。またやっちゃった。反省してる」


 あれ? 思ったよりも普通の態度?

 落ち込んだ様子もないけれど、うまく消化できたのだろうか。 


 謝ってくるのは予想外だった。

 まあ、反省はしてるのだろうけれど、今後お仕置きがなくなることはないだろう。        

 何がトリガーになるか分かったものじゃない。

 

 横にいるアリカは怪訝そうな顔で美咲を見ている。

 何か違和感でも感じたのだろうか。

 

「明人君。お勉強道具持ってきて。試験も近いことだし。ちゃんとやろ?」

「はあ……」


 更衣室に道具を取りに戻ろうとしたとき、アリカがちょいちょいと手招く。

 アリカに耳を寄せてみる。 

 

「あの美咲さん、私を狙ってる時の美咲さんと同じ感じがする」

「お前がいるからじゃなくて?」  

「多分、違うと思う……。ああいう時の美咲さんは警戒した方がいい」


 警戒ねえ。しても暴走するし、予想がつかない方向に行くから対処不能なのが現実なんだが。

 

「とりあえず、あたし戻るから。一応、愛にもきつく言っとくけど変なこと考えないでよね」

「だから、しねえって。真面目に勉強するし、させるよ」

 

 アリカは裏屋へと戻っていき、俺は更衣室から勉強道具を持ってカウンターへと戻る。

 相変わらずの閑古鳥が鳴く店のおかげで勉強ができるというのも変な話だ。


 俺が苦手意識のある英語の勉強から始まった。

 美咲が単語を読み上げ、俺がその単語をノートに書きだす一問一答形式。

 ラーニングで正しいスペルが書けるかのチェックだ。

 

「正解率は8割から9割ってところか……上々だけど、つまらないミスが目立つね。文章問題でこういうの書いたらやっぱり減点されちゃうだろうなー」


 俺の書いた答えを確認しながら美咲は言った。

  

「明人君の場合、ほんとに微妙なところなんだよね。なんだろう。あと一歩。あと一癖消せれば大丈夫って感じがするの」


 そう言われても、それが分からないから今の結果なんだよ。


「でも、8割から9割なんだろ? それだったらいい点数取れそうじゃない?」

「明人君。減点を舐めちゃ駄目だよ。積み重なると大きいんだから」


 言われてみればその通りで、今までの試験もそのパターンで返ってきていた。 

 つまり、それは俺が反省せず成長していない証拠でもある。

 部分点を狙う愛とは逆に、減点をなくすための勉強が必要だ。


「何か他の教科で聞きたいことある? 私で分かる範囲なら教えるよ」

「いや、不安は英語だけだから……。でも、勉強と関係ないけど聞きたいことが一つある」

「なーに?」

「表屋の時給って、いくらなの?」

 俺の質問に美咲は目を丸くした。

「明人君知らないの?」

「聞きそびれちゃって」

 労働時間や勤務スタイルは聞いたけれど、金額そのものは聞いていない。

  

「私は最初900円スタートで、今は950円だよ」


 え、表屋の方が高いの?

 いや、待てよ。アリカは高校生で美咲は大学生だから差があるのかもしれない。

 となると、俺は850円が濃厚か。これ割が良すぎだ。


「そういえば、今日はお給料日だねー。明人君ここでは初めてだね。ということは……」


 美咲は店内にある時計をちらりと見ると「そろそろかな」と呟いた。

 何だその含みのある言い方は。

 俺が気になっていると、裏の扉が開いて店長とオーナー、それと春那さんが現れた。


「やっぱり」

 美咲がまるで分っていたように言う。

 

「やあ~、明人君。今日は君の初給料の日だ。という訳で今から贈呈式します」

「贈呈式?」

「この店のルールなんだ。最初の給料だけはオーナーから直々に渡すことになっている。今まで例外はいないよ」 

 ああ、なるほど。美咲はこのことを知っていたからさっきの態度に出たのか。


「では、オーナーどうぞ」

「……明人、こっちこい」


 オーナー、相変わらず声が怖いよ。

 何でそんなドスの利いた声してんの。

 一瞬、身構えたじゃないか。   


 オーナーの前に立つと、オーナーは横にいる春那さんに手を差し出した。

 春那さんは懐から封筒を取り出してオーナーに渡す。

 その封筒に俺の給料が入っているらしい。 

 オーナーは両手で封筒を持って、俺に差し出す。


「……これからも学べ」

「ありがとうございます」


 一礼して封筒を受け取った。


 何かこういう手渡しの給料って重みがある気がする。

 今までのバイトは初回から銀行振り込みばっかりだった。

 

「……開けて確認しろ」


 オーナーに言われた通り封筒を開けてみた。

 ――ガサガサガサガサッ。  


 振動と共に封筒の中で何かが暴れたような音。

「うわっ!?」

 思わずびっくりして封筒から手を放す。        


 呆気にとられていると、オーナーの口の端を少し釣り上げた。

 その横では、店長と春那さんの肩が小さく震えている。


 落ちた封筒を見てみるとゴムと小さな棒が2本見えていた。

 あれか。蠍の卵とかそういったドッキリアイテムか。

 引っかかる俺も俺だけど、古典すぎだろ。


「……引っかかったな?」

 オーナーは満足そうな顔で言う。

 はい。してやられましたよ。


 オーナーは自分の懐から、封筒を取り出す。

「……受け取れ」


 仕掛けはなさそうだけれど、まだ何かあるかもしれない。 

 俺は警戒しながら受け取る。


 その時、裏の扉がバンっと開いて裏屋にいる全員が駆け込んできた。


「ああっ、もうやっちまいやがったか?」

 高槻さんが俺たちの状況を見て開口一番言った。


「オーナー、もうちょっと待ってくださいよー」

 立花さんも残念そうに言う。


「あたしも見たかったのにー」

 アリカもほっぺたを膨らませて言った。


 どうやら俺が引っかかるのを見たかったらしい。

 あんたらな……。


 

  

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=617043992&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ