232 Take-Out2
「ほうほう。それで今日そんな約束をしたと?」
俺の頬をぐにぐにと引っ張りながら言う美咲。
俺がすぐに言わなかった罰らしい。
それ程痛くないから、いつものお仕置きより全然ましだ。
「そのとおりです」
「まあ、確かに。順位に関係なくアリカちゃんが頑張ったご褒美をあげるのはいいことだと思うよ。しかし、しかしだ。今の話をどう聞いてもアリカちゃんとデートするってことだよね。それはつまり私に挑戦してると思っていいのかな?」
そう力説されても、言ってることは無茶苦茶だろ。
それにデートって、そんなつもりは毛頭ない。
あいつの頑張りを称えて飯を奢るだけだ。
「明人君」
頬から手を放すとポンと俺の肩に手を置いて、とても真面目な顔をする美咲。
「前にも言ったけど、幼女に手を出すのは犯罪だよ?」
「手なんか出さねえし、美咲に言われたくねえ!」
それからの美咲は拗ねた感じで俺に聞こえるように文句を呟いていた。
暗に自分も一緒に連れていけと言っているようにも聞こえる。
頼むからカウンターに突っ伏して俺を見ながら文句言うの止めてくれるかな。
突っ伏した美咲の首元からするりとペンダントがこぼれ垂れ下がる。
それは俺があげたイルカのペンダントだった。
着けてくれてるんだ。なんかちょっと嬉しいものがある。
「何、笑ってるの? あっ、アリカちゃんとのデートを想像してたんでしょ?」
「違うって」
「いいもーん。私だってアリカちゃんとお買い物デートしたもーん。私の方が先だもーん」
何かにつけ張り合おうとしてる。子供か。
前に俺とライバルとか言ってたのって、あれマジなのだろうか。
ここは話題を変えてしまおう。
「いよいよ、来週から試験だよ。今回は美咲と店長のおかげでちょっと自信あるんだ」
俺がそういうと、美咲はむくっと起き上がりきっと俺を睨みつける。
「すっかりアリカちゃんのことで忘れてた。そういうのが慢心っていうんだよ。明人君、今からすぐにお勉強するよ。道具持ってきなさい!」
やべえ、この感じ。スパルタモードの美咲だ。
やばいもん起こしちまった。
「いや、そこまでがっつりやらなくても。今日はちょっと疲れ気味だし、それに明日は家でゆっくり勉強するし。あ、そうそう言い忘れてた。明日は愛ちゃんがおれん家に来て、一緒に勉強する――」
ここまで言って気が付いた。
どうやら俺の選択は間違っていたらしい。
いつもの目が笑っていない笑顔どころじゃない。
一瞬で美咲の気配が変わり、目が据わってる。
なんか美咲の背中に黒い風神様が見える気がする。
久しぶりに見た気がするけど、まだ飼ってたんだ。
ちなみに前より凶暴に見えるんだけど、それ進化してない?
「……明人君。今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど?」
随分と美咲の声のトーンが低い。
つい最近この声質を聞いた気がする。
ああ、そうだ。黒美咲の声だ。
俺は何かおかしいことを言ってしまったのだろうか。
「……いつ誰が何しにどこに来るって?」
何だその5W1Hみたいな聞き方は。
「あ、明日、愛ちゃんが一緒に勉強しに俺んちに来――ぐぇっ」
話してる間に素早く俺の後ろに回り込み、首に腕を巻き付ける美咲。
速すぎて全く反応できなかった。
いや、恐怖で硬直していたのかもしれない。
「ふっ。明人君、物事には限度ってものがあるんだよ」
「な、何のでしょう?」
「自分で考えなさい! お仕置きだあああああああああ!」
「うきゅー」
はい。今日は即効で落ちました。
☆
ぺちぺちと頬を叩かれる感触。
「う、あ?」
目を開けるとアリカの顔がそこにあった。
「あ、起きた。あんた、またやられたの?」
周りを見てみると、ここは更衣室。
どうやら運び出されたらしい。
「ここまで運んでくれたのはお前か?」
「まあね。あんたに聞きたいことがあって来たら、あんたが気絶してたから」
「襲った張本人は? また落ち込んだりしてるのか?」
アリカは首を傾げる。
「いやー、それがさ。今日の美咲さんおかしいのよ。いつもだったらあんたが落ちたらやり過ぎたって反省しだすじゃない? 今日はなんか妙な迫力で笑ってたのよね」
やべえ、落とすことに快感を覚え始めたんじゃねえだろうな。
戻るのが怖い。何されるか分かったもんじゃない。
「アリカしばらく表にいられないか?」
「何で?」
美咲が怖いからに決まってるだろ。
そういえばアリカは俺に用事できたんだったな。
何だろう?
「ところで聞きたいことって何だよ?」
俺がそういうと、アリカが急にしどろもどろに話しだした。
「あ、あたしもちゃんと聞いてなかったんだけど。もしかして、明人が連れてってくれるのってさ、美咲さんとか愛とか、……他のみんなも……一緒にってこと?」
「お前は俺を破産させる気か」
実際来ても平気だけど。みんなの食べる分くらい知れてるし。
「もしかして予約がいりそうな高級レストランに連れてけっていうんじゃねえだろうな」
「そんなところ、あたしだって敷居が高いわよ。……ふーん。そうなんだ。……じゃあ、明人と二人なんだ?」
アリカはぎゅうっと自分の髪を握りしめて言った。
ん? もしかしてアリカ緊張してる?
こいつは自分が慌てたときや、落ち着きたいとき、何かを握る癖がある。
そうか。アリカは男と遊びに行ったことがないのかもしれない。
まあ、確かにこの幼い外見と一緒に歩いていたら、運が良くて兄妹とかに見られ、最悪通報されるかもしれない。
ちっこいし、ツルペタだし、見た目幼女だし。
まあ、可愛い顔もしてるからロリ大興奮だな。
俺ロリじゃなくてよかった。
「……今、すごく失礼なこと考えなかった?」
アリカがぎろりと睨んでくる。
あぶねえ。こいつの勘の鋭さ忘れてた。
「いや、考えてない。アリカは愛ちゃんとか連れていきたいのか?」
「いいよ。明人が奢ってくれるのに連れてったら負担増えるでしょ」
実際は構わないんだけれど、今の言い回しだと俺の財布の心配をしているようだ。
「アリカが頑張ったご褒美だからな。今回は二人で行くか。メガバーグだろうが、ジャンボバナナパフェだろうが何でもこいだ」
「もしかしたら奢る必要なくなるかもだし」
「え?」
「実はさ――」
アリカの口から出たのは、チャレンジメニューに挑戦だった。
「なんでまた?」
「愛と一緒にいると絶対やらせてもらえないし、一人で挑戦しにお店に入るのも恥ずかしいし」
ああ、なるほどね。そういやこいつ、遊園地でも龍由でも大盛りやらに挑戦しようとしてたな。
美咲も一緒に買い物に行った時も挑戦したいというアリカを説得したとか言ってたし。
「明人と一緒だったらいけるかなーって」
「いいぞ。それにしよう」
「え、でも失敗すると高いよ?」
「失敗前提で挑戦するつもりか?」
この言葉はアリカの負けん気を刺激したようだ。
「はあ? あんた誰に言ってんの? このあたしが失敗するはずないじゃない」
アリカらしい返しで満足だ。
「チャレンジメニューやってる店って、そんなにあるのか?」
「頻繁ってわけじゃないけど、そこそこ見るのよね」
俺は気にしたこともないが、アリカがそういうならあるのだろう。
「じゃあ、本気で行きたいところ厳選しとけ」
「一応予算聞いとく」
「万超えても文句言わねえよ。俺も同意したんだからな」
「気前いいわねー。あ、そっか。そういえば今日はバイト代入る日だよね。先月は結構来てたからウハウハだわ」
初耳なんだけど。
そういえば俺、ここの給料システムをあまり理解していない。
15分単位で計算されてるってくらいだ。
俺って、時給いくらなんだ?
こんだけ暇だから高い時給ということはあるまい。
今までしたバイトの最低時給は700円。最高でも土日勤務で加算された時の1200円だ。
毎日来れるなら多少安くても構わないつもりでここを選んだからな。
きっと最低時給を更新することだろう。
念のためアリカに聞いてみよう。
「アリカ。ここって時給いくらなの?」
「へ?」
アリカが俺の言葉を聞いて、信じられないといった顔で固まる。
「あんたそんなのも知らないのにバイト来てたの?」
アリカは呆れた様子で言う。
「何でだろな?」
まあ、おおよそ見当はついている。美咲に質問しようとした記憶はあるからだ。
美咲に聞こうと思って声をかけたとき、多分美咲が暴走して俺が聞くのを忘れてしまったのだろう。
そのあとは思い出すこともなかったんだな。
「あたしは最初850円だったよ。今は900円だけど」
思った以上に多かった。最低を更新するかもしれないと思っていたのに。
「え、この仕事でその時給高くね?」
「そうなの? あたしここしか知らないから」
いや、待てよ。確かに裏屋はそれなりに忙しいし技術がいる。
利益を上げているのは間違いなく裏屋だ。
もしかして給料にも差がついているのかもしれない。
表屋の場合、いくらなんだろう。
お読みいただきましてありがとうございます。
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