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帰路  作者: まるだまる
232/406

231 Take-Out1

 疲れた……。


 何かにつけ張り合い始めた愛と響の相手で一気に疲れた。

 自習室を出るときには右に愛、左に響と挟まれ、互いに俺の腕を取ってけん制しあう。

 そんなのが下駄箱まで続き、俺の胃がきりきりと痛みだした。

 しかし、どうも相手が愛だと響が過剰に反応してるような気がする。

 

 響は轟さんが迎えに来るらしく学校に残るという。

 さすがに響でも正門までは迷うことないよな。


「そうだわ。明人君、これをアリカに渡しておいてくれる?」

 響が鞄から出したのは、A4サイズくらいの茶封筒。

「中に今度の企画書と案内書が入ってるから」

「ああ、分かった」

 

 茶封筒を受け取り、鞄にしまい込み響と分かれる。

 愛と二人駐輪場へ向かう途中、愛がちょっといいですかと聞いてきた。

 また訳の分からないことを言い出さないか少し心配になる。


「明人さん。試験中と土日は愛はどうしたらいいのでしょうか?」

「ああ、そうか。試験は午前中に終わるもんね。いいよ。試験終わったら少し残って勉強して帰ろう。土日は……」


 響の作ってくれた問題があるとはいえ、愛にはまだ勉強の習慣が身についていない。

 一人でちゃんとやれるか不安だ。

 俺の表情から不安を読み取ったのか、愛は大きな胸をさらに張って言った。


「ふふ。愛はこの土日でりせっとされる自信があります」


 胸張って言うことじゃないから。 


 確かに愛に追い込みをかけたいところでもある。

 せっかく覚えたものが台無しになるのはもったいない。


「愛としては明人さんのお力をお借りしたいのですが……駄目でしょうか?」


 俺の予定も問題はない。

 元々、家にいる時間は勉強するつもりでいたからまったく問題ない

 この土曜日のバイトもない。店長から今度の土曜日はアリカに頼んであると聞いている。

 俺が試験前だという配慮からだろう。俺としては構わなかったんだけれど。

 日曜日は昼からバイトなのであまり時間はないが、土曜日なら十分に時間はある。


「日曜日は午後からバイトだし、土曜日はバイトないから一緒に勉強する?」

「え!? いいんですか?」

「場所はどうしようか?」

「愛の家――あ、駄目だ。明日はパパがいる。うわー、どこかに行ってくれないかなー。絶対邪魔してくる。今日の晩御飯に一泊入院コースの仕込み入れようかな……。何とか排除しないと……」

 愛は何やら急にぶつぶつと怖いことを言い出した。

 娘を可愛がる父親も多いと聞くし、俺も愛の父親からあらぬ誤解をされても困るな。

 外で集まるにしてもいい場所が思い浮かばない。

 ああ、そうだ。いい場所があった。 


「じゃあ、俺んちでする?」

「えっ?」


 愛は目を見開いて驚いた。驚くようなことか?


「俺んち。親いないから」


 言った瞬間、余計なことを言ったと少し後悔した。

 母親のことを聞かれたらどうしよう。少しばかり焦りで鼓動が早くなる。


「ほ、ほんとに明人さんの家にお邪魔してもいいんですか?」


 どうやら俺の杞憂のようで、愛は気づかなかったようだ。

 期待に満ちた目で見てくるけれど、勉強しにだよ?


「うん。大丈夫だよ」


 そう聞いた途端、愛が「きたこれ!」と言ってくるくる回りだした。

 突然されるとびっくりするから。

 ぴたっと止まり、愛は俺の袖を掴む。


「ぜひぜひ、お伺いさせてもらいます。お昼は愛にお任せください。明人さんに栄養たっぷりの物を用意させていただきます」


 え、午前中から来る気なの? ……逆にその方がいいか。

 愛の料理は美味いから作ってもらえたりすれば俺も助かる。

 集中力のない愛には時間も必要だ。うん。悪くない話だ。


「じゃあ、俺の家の場所教えるね――」

 


 ☆


 学校帰り、愛はいつもの交差点で分かれるまでずっとご機嫌だった。

 愛と分かれたあと、急に疲れがどっと出る。

 響と愛に板挟みにされたからだろうか。

 心なしかフラフラと自転車を運転しているような気もする。 

 

 まあ、ここは気を入れ替えよう。

 バイトに行けば気分転換になることもあるだろう。

 これに比べれば美咲の暴走なんて可愛いものだ。

  

 てんやわん屋にたどり着き、従業員用の扉から入る。

 開けると同時に店の中から悲鳴が聞こえてきた。


「ぴぎゃああああああああああああ!」


 ああ、この声はアリカだな。

 可愛そうに、あいつ復帰して早々に襲われたか。

 しかし、このタイミングでこれは止めてほしいな。

 俺、今日は疲れてるんだよ。アリカのせいじゃないのは分かってる。

 美咲が我慢できなかったんだろう。


 まあ、美咲もアリカがいない間色々なこと言ってたからな。

 アリカちゃん成分が足りないとか、アリカちゃんチャージが私には必要とか。

 帰ってきたら速攻でハグだよねとか、いつもの倍はしないと気が済まないとか、散々言っていた。

 美咲が狙ってるから気を付けろよって、アリカに言っておけばよかったかな。

 まあ、起きてしまったことは仕方がない。


「いやああああああっ」


 しかし、あいつも馬鹿だな。俺がいないときに美咲の前に現れるなんて。

 鴨ネギどころじゃねえぞ。

 飢えた狼の前に現れたウサギのようなもんだ。


「たすけてええええええええええっ」


 まあ、とはいえ、どうせ俺に美咲は止められないし、さっさと着替えてしまおう。

 美咲も満足したらそのうち解放するだろう。

 ロッカーの中に鞄を入れ、着替え始める。

 エプロンを付けたところで、またアリカの悲鳴。 


「いやあああああ! はぅっ!」


 あれ? 急に静かになった。


 ☆


 着替え終わってカウンターに行くと、つなぎ姿のアリカが放心状態で椅子に座っていた。

 ああ、これ魂がどこかに行きかけてるな。可哀そうに。


 カウンターにいる美咲は満足そうな顔。肌がつやつやしているのは気のせいじゃないだろう。

 美咲の言っていたアリカちゃん成分を十分にチャージできたようだ。


「明人君来てたんだ? 気が付かなかったよー」


 満足そうな笑みを浮かべて言う美咲。

 そりゃあ、アリカを襲うのに夢中だったからだろ。

 気づいていたとしても、どうせ止めないくせに。


「おい、大丈夫か?」


 アリカに声をかけた途端、目をくわっと見開いて俺のこめかみを掴む。

 これって、やっぱりアイアンクローの態勢だよな。

  

「死になさい!」

「ぐああああああああああっ!」


 理不尽なアリカのアイアンクローに沈められる。

 一体、俺が何をした?


 ☆



「あー、頭いてー」 

「人を見殺しにした罰よ」

 

「何で俺がいたって知ってたんだよ?」

「ちょうどあんたが自転車で来たのがここから見えたのよ。そのせいで美咲さんへの警戒が緩くなって、そこをやられたの」

 

 それまでは防げていたのか。

 

「そういえばアリカちゃん明人君に用事あったんじゃないの?」

「あっ、そうでした。明人何か預かってきてない?」

「あ? ああ、そういや響からアリカに渡してくれって封筒預かったんだった」


 更衣室に戻って預かった茶封筒を持ってくる。

 アリカに茶封筒を手渡す。


「今度の企画書とか案内書だってよ」

「ありがと」


 アリカは茶封筒の封を開き、中に入っていた書類を確認する。

 さっと流し読みするアリカはうんうんと頷く。 


「……大体予想通りね」

「アリカちゃん何それ?」

 美咲は話が見えないようでアリカに尋ねると、アリカが紙を見せながら説明した。

「今度、明人の学校の生徒会と交流会やるんですよ」

「明人君の学校の生徒会? アリカちゃんって生徒会なの?」

「いえいえ。女子の代表って感じで生徒会にたまに呼ばれるんです」

「へー、すごーい。アリカちゃんってそういうのもしてるんだ」

 美咲は感心して言いながら、見せられた紙を読んでいるようだ。

「そんないいものじゃないです。女子のクレーム処理係みたいなもんですよ」

「なるほど。でも時間が早くない? 明人君の所は試験の最終日だから大丈夫ぽいけど」

 美咲は紙に書いてある時間を指差しながら言った。 

「その日はうちの補講授業の日で5時間目には終わるんです。逆にこの日以外はきついんですよね。清高と澤工は距離があるので。土日とかはなるべく避けたかったし。まあ、これで問題なくなったわ。明人、届けてくれてありがとね」

「ああ」


 アリカは茶封筒を紙を入れなおして裏屋に戻ろうとする。

 カウンターを出たところでくるりと振り返る。


「明人、約束忘れてないでしょね? あんたが言い出したんだからね」

「ああ、憶えてるって。結果はいつ出るんだ?」

「月曜日には分かるわ。んじゃあ、よろしく~。何を食べに連れて行ってもらおうかな~」

 アリカは満面の笑みを浮かべて戻っていった。


 さて、このあとどうしようか。

 まず、この場から逃げ出すことを考えよう。


 冷気の漂うこの感触。ぞくぞくと背筋にくるこの寒気。

 何度も味ったことのあるこの感覚。まぎれもない殺気だ。

 アリカの言葉を聞いてから美咲が尋常じゃない殺気を放ってる。

 首筋に刃物でも当たっているのではないかと思えるくらいの殺気だ。


 カウンターから出ようとしたところで、後ろから襟首を掴まれた。

「さて、話を聞かせてもらおうか? あ・き・と・君?」

 

 やっぱり、見逃しなしですか?

 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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