229 澤工王女3
「いやいや、間違いじゃないよ。澤工王女、愛里香さんに用件があるんだ。君のお姉さんらしいじゃないか」
北野さんは愛が言った幼女の意味が分からなかったようだ。
「香ちゃんに、姉に用件って何ですか?」
「実はね。あそこって共学になってそれ程経ってないでしょう? それで今の生徒会役員は男子ばっかりなんだけど、女子に気を遣う子たちが運営してるのね。それでうちに相談があって、共学ならではの話を聞かせてほしいというのが事の発端な訳さ。学校側に改善策を提案したいそうだよ」
北野さんは腕組をしたまま答える。
澤工が昔は男子校で共学になってから数年しか経っていない。
そのせいで女子に対し何かしらの負担をかけてたり、配慮が足りない部分があるのだろう。
愛は会長の説明を聞いてもよく分かっていないみたいだ。
ちょっと俺が変わって話を聞こう。
「それは分かりましたけど。なんでそこにアリカ。いや、愛里香が。しかも王女って」
「あれ、知らないの? 女子会会長なんだよ」
「女子会?」
「全学年女子の代表。まあ、言っても10人程度しか女子はいないんだけどね。それでだか知らないけど王女ってあだ名があるみたいだよ」
横にいる愛の顔を見てみる。愛の様子からして知ってるように見えない。
俺と目の合った愛は顔を横に振った。
「香ちゃん、家では学校のことあまり話さないんです」
どうやら愛も知らなかったらしい。
澤工が共学になって数年経つが、色々と問題が残っているようで、女子からの意見をまとめる役が必要だったらしい。確かに個別に応じていては、時間もかかる上に個人の意見が正しいとは限らない。
アリカって学校でそんなことやってんのか。忙しいだろうに、よくバイトなんかやってられるな。
ああ、そうだ。あいつの場合はバイトは金が目的じゃないんだった。
前島さんから技術を教わることが目的。あいつの中で区別がついているのだろう。
しかし、王女ねえ。
なんかアリカが、男を四つん這いにさせて椅子にしてる姿が浮かぶ。
うわー、怖いわー。
「んで、今回の交流会に彼女も招待する話になってるんだけどさ。その本人に連絡がいってないらしいんだ。打ち合わせしたいんだけれど、本人がなかなか捕まらなくてね。愛里香さんの携帯とか電話とか、向こうの生徒会役員は誰も知らなくて困ってたのよ。個人情報だからって学校は教えてくれないしさ。そもそも、華の段取りの悪さでここまでぎりぎりになったんだ。昨日まで私も名前すら知らなかったからね。向こうが試験中であっちの生徒会と連絡取れなくて、やっと連絡が取れて、愛里香さんの名前が分かったんだ」
名前が分かったところで、同じ苗字の愛が北野さんの頭に浮かんだようである。そこで響に確認したところ、本人の妹だと判明した。
しかし、それならば愛だけの別命で済むはず。何故に俺や太一まで名前が並ぶか尋ねてみると、何だ分からんのか、と言って北野さんは肩を落とした。
「君たちは接待係だ。彼女は正規の生徒会役員ではない。だが、重要なポストに就いている。私はゲストとして迎えるつもりだ。どうせなら気心知った人間がいてやった方がいいだろう」
「それって、響や愛ちゃんだけで足りないってことですか?」
「東条は生徒会役員としての仕事もあるからな。その苦労があるから君たちに受け持ってくれんかと聞いている。一年生の愛里さんだけだと、こちらの事情とかそこまで詳しくないだろ。学校事情ならそこにいる千葉君が詳しそうだし」
これは断りにくい。
響のため、アリカのため、生徒会のため、これだけ揃えば断りにくい。
太一に目をやると、仕方ないよなみたいな表情だった。
俺達の横では南さんと西本が、柏木さんや川上らに会場設定の説明をしてお願いしている。
どうやら川上と柳瀬も承諾したようだ。あいつらも何だかんだで人がいいな。
「愛ちゃん。携帯今持ってる?」
聞いてみると、愛は自分の体を手でポンポンと探り首を横に振る。
「教室に置いてきちゃいました。学校だとあまり使わないので」
「んじゃ、俺がかけてみるわ」
俺は自分の携帯を取り出し、アリカにかけてみる。
昼休みとはいえ、アリカも身に着けていない可能性もある。
出ないかもしれないが、着信履歴で連絡があったのは分かるだろう。
てんやわん屋には今日から復帰するはずだから最悪その時でもいいか。
ワンコール目――『はい。明人何?』
何でワンコールで出るんだよ。
ちょっと、びっくりしただろ。
「出るのはやいわっ!」
『ちょうど触ってたのよ。あんた今、学校でしょ? 愛に何かあったの?』
「いや、お前に用事があって電話かけたんだ」
『あたしに?』
アリカに北野さんから聞いた話をしてみた。
『ああ、うちの生徒会から話があるって呼び出しされてたんだけど、その件だったのか。いつもぶっちしてたから』
「お前、話くらい聞いてやれよ」
『うちの生徒会みてるとイライラするのよ。つまらない議題を何時間もかけたり、行動も遅いし。そんなの付き合ってられないわよ』
北野さんが手招きして、自分と電話を代われと身振りしている。
「ちょっとうちの生徒会長に代わるぞ。お前と話したいようだ」
北野さんに携帯を渡す。
「どうも、清和高校生徒会会長の北野だ。急な話をしてしまって申し訳ない」
北野さんはそのまま立ち上がると歩き出し、俺達から距離を取った。
離れた上に背中を見せて話しているので表情は見えない。
少しして、くるりと振り向く。
何だか俺を見てるような気がするけれど、何でニヤニヤしてるんだ?
「分かった。ではそうさせてもらう。では――」
戻ってきた北野さんは俺に携帯を渡す。
「はい。まだ切ってないからね」
受け取った携帯を耳に当てる。
「もしもし?」
『あのさ。明人って生徒会メンバーなの?』
「いや、全然」
『何で手伝ってるの?』
「響がいるからな。それで会長らと顔見知りになったってのがきっかけだ」
『……ふーん。ところで、あんた来週から試験でしょ。マジでバイト行ってるの?』
「ああ、今日も行くぞ。お前今日から復帰するんだろ?」
『うん、今日から復帰。聞きたいことはてんやわん屋で聞くから、そっちの会長に明人か愛に話しておいて言っておいたから聞いといてよ。愛だと話半分になるからさ』
「分かった。聞いとくよ。ところで、試験頑張れたのか?」
『頑張ったけど、結果はまだ出てないから。ちょっと不安かな』
アリカにしては珍しい言い方だった。
「そっか。もし一位じゃなかったら、俺がお前の好きなもん食わせてやるよ」
『何、その駄目なのが前提的な言い方は』
「駄目でもいいものが手に入るって思えば気も楽だろ? もし一位取ってたら、それはそれで好きなもん食わしてやるよ」
『言ったね? よし、これでもうどっちでもいいわ。あんたが言ったんだからね。その言葉忘れないでよね』
「ああ、約束だ。おっと悪い。昼休み潰しちまったな。んじゃ、またあとでな」
『うん。またあとで』
電話を終えた俺は、ポケットに携帯をしまう。
ふと気付くと、太一が俺をジト目で見つめている。
愛と響は何だか不機嫌そうな顔をしているけれど、何があった?
いや、よく見ると愛たちだけでなく、北野さん以外の面子が妙な表情で俺を見ている。
「明人……。お前、自分で火種撒いてるの気付けよ……」
火種って、太一は何の話をしてるんだ?
響と愛がずいっと寄ってくる。
あれ? 何で二人とも眉毛がぴくぴくしてるのかな?
「明人さん今の約束ってなんですか? 今、事のついでに香ちゃんとでーとの約束してませんでした?」
「明人君、今のは一体どういうことかしら?」
「木崎君ってあんな感じで口説くんだ? 自然に誘ってるね」
北野さんが感心したような顔で聞いてきた。
いやいや、今の会話でそういうの考えてないし。
「香ちゃんだけずるい! 前も夜に長電話してたじゃないですか」
「へえ、明人君たらそういうこともしていたの? あなたから一度もそういう話を聞いたことがないし、私とはそういうことが一度もないけれど、どういうことかしら?」
愛はバーニング状態の時に見せる目をしていて、響の右手は手刀の形になっている。
どうしてこうなった?
「か、会長。これが嫉妬に燃える女と言う奴ですね!」
「そうだ、西本。見ている分には面白いだろう。私的には修羅場も見てみたい」
「ねぇ柳瀬、やっぱ木崎君ってたらしなんだね」
「同意、同意。他校の女子まで手を付けてるとは、想像以上の強者だ。みんなにも拡散しておこう」
おい、お前ら好き放題言ってないで助けろ。
お読みいただきましてありがとうございます。
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