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帰路  作者: まるだまる
228/406

227 澤工王女1

 アリカのいないてんやわん屋の日々が続いていた。

 それも今日で終わる。

 今日からアリカが復活する日だ。


 試験中、昼には帰宅し家で勉強するので、アリカ用に昼食とおやつを用意していると愛から聞いた。しかし、いつも愛が学校から帰るたびに飢えていて、愛が家に着いた途端「ご飯何? お腹空いた」と訴えてくるようだ。

「香ちゃんのお昼とおやつ用意していた分じゃ足りないとか言うんですよ。あんだけ食べても太らないって、香ちゃんお腹に虫でも飼ってるんですよ」

 愛が珍しく愚痴を零したりした。あいつ小さい癖に大食らいだからなー。普通に俺より食うんじゃないかな。


 バイト先ではアリカがいない分、表屋と裏屋を半々で受け持つ日々が続いた。高槻さんと前島さんから仕事を教わり、表屋にいる暇な時間は(ほとんどだけど)試験前ということで、美咲や店長から勉強を教えてもらいながらとなった。時折、美咲が軽い暴走することもあって精神的疲労はあるものの、それはそれで楽しい。

 春那さんからのお節介があったとはいえ、二人の間におかしい空気が流れることはなかったと思う。相変わらずの美咲の態度に俺は少しばかりほっとしていた。


 少しばかり変わったことと言えば、俺のてんやわん屋への出勤時間が今までより少し遅くなったことだ。

 放課後、愛に勉強を教える時間を作ったからである。

 流石に試験一週間前ともなると愛にも焦りが生まれてきたのか、困ったような行動に出るのは少なくなった。

 しかし、愛も真剣に勉強をすれど、実質としては最初の段階に毛が生えた程度だった。

 一年の一学期から複数科目の赤点は非常にまずい。

 二学期にもなれば難しい応用や、一学期に習ったことが前提にレベルが上がるのは目に見えているだけに、下手すると本当に留年する恐れがある。愛の勉強を見ていてどうやって教えた方がいいのか、どうすれば愛が理解できるのか、俺自身の悩みになるほどだった。


 どうしたものかと昼休みに響と太一に相談してみた。

 響から優しい問題の解答率を向上させて自信を付けさせた方がいいと助言を受ける。確かに難しいことを覚えるよりもそっちの方がいいかもしれない。


 その次の日、響から各教科の問題用紙を手渡された。

 愛向けに響が作った物らしい。中身を見てみると各教科の基礎問題ばかり。

 中には中学向けの基礎問題も混ざってあった。

 そこさえ押さえてれば赤点はあと少しの努力でクリアできるわ、と響は言った。響も生徒会やらで忙しいだろうに、合間でしてくれたのは助かる。

 

 響のお手製問題用紙を使いながら、愛の勉強を進めた。

 少しずつだけれど、愛の覚え方がましになった気がする。

 試験までに間に合えばいいのだけれど。

 

 ☆


 週末金曜日の昼休み。


 いよいよ週明けから試験開始となる。

 昼食を一緒に食べる予定の愛が少し遅れてやってきた。


「えーと、これはどういうことでしょうか?」


 愛が俺たちの姿を見て固まっていた。 

 分かるよ。俺も軽く固まったから。


 いつものように体育館脇にある木陰で昼食。

 週末なので愛も一緒に食べる約束だった。


 響を迎えに行ってから体育館脇に向かうと、そこに川上と柳瀬が弁当持参で俺たちを待っていた。

 俺たちが響と一緒に食べていることを知った二人が、一緒に食べようと考えたらしい。俺たちが一緒にいることで他の目もカモフラージュできるらしい。

 校外学習で俺たちが一緒の班だったことが功を奏したようだ。

 川上らの話の感じだとまだ響に近づくことは警戒が残っているようだ。南さんは処理すると約束してくれたけれど、話を聞いてみたいところだな。


 

 まあ、それでも川上らの勇気には感謝したい。響の交友関係が深いものになるのであれば、俺としては大歓迎だ。

 ただ、当の響が無表情に俺をじっとみて何も言わなかっただけに何か思うところがあったかもしれない。この間は欲求不満がどうとか言ってたし。


 そこまでは俺もよかったし、問題はない感じだった。

 まだ来ていない愛が参加しても、傍から見れば男二人と女四人で仲良しグループという感じにも見えるだろう。


 しかし、すぐに状況が変わった――


「いやー、こんないい環境があったなんて。三年生なのに知らなかったよ」

 かははと笑いながら現れた生徒会長の北野さん。


「本当にいいお天気で気持ちいいですねー」

 ほんわかと言う西本。


「どうかご一緒させてくださいな」

 南さんも相変わらず気品のある感じで言う。

 でも、この人ちょっとおかしいんだよな。マジ百合だし。


 という具合に何故か生徒会+αの面々がそれぞれ弁当持参して乱入してきたのである。+αは副会長の南さんのとりまきのようだ。

 その取り巻きの中には、生徒会室に乱入してきた柏木さんもいる。


 準備がいい会長は大きめのシートも持参してきていた。

 太一のシートと繋げてみんなが座れるように配置する。

 ちょうどシートを敷き終わったところに、愛が遅れてやってきたのが今の現状である。


 男二人に女一〇人ってどうよ。男の肩身が狭いんですけど?


 太一、俺、愛、北野さん、西本、柏木さんが体育館側に座り、柳瀬、響、川上、愛想のいいニコニコした取り巻きの一人、南さん、不愛想な取り巻きのもう一人が反対側へ座った。


「時間なくなっちゃうから、さっさと食べちゃおー」

 北野会長は座るなり弁当箱を開け始める。


 何はともあれ昼食開始。

 愛も驚きはしたものの俺の横に座れたことで満足したらしい。

 目の前の響は川上や柳瀬と会話しながら食事。

 うん。いい感じに会話は弾んでいるようだ。

 川上と柳瀬も前みたいに敬語ではなくなっている。


「あの、南先輩すいません。そちらの方々は?」

 愛が南さんに聞いた。

 川上と柳瀬は課題の追い込みで会っているので愛は知っているが、取り巻きの二人は初めて見る顔だったので気になったのだろう。


「ああ、ご紹介しますわね。こちら二年A組の佐渡島さどがしま実子みこさん、こちらが二年D組の大熊ゆかりさん。二人は我が茶道同好会の会員ですの」

 

 にっこりと愛想よく笑う佐渡島に軽く会釈だけする大熊。

 それぞれ極端に態度が違うタイプのようだ。


 同好会会員――ということは南先輩の恋人たち。

 百合の人たちなんだよな。

 しかし、奇麗な顔立ちをしてる佐渡島と比べると大熊には疑問が浮かぶ。

 

 大熊は、今時おかっぱ三つ編みでフレームの太い大きな眼鏡をかけていて、なんだか根暗そう。

 佐渡島は胸元まであるサラサラヘアのストレート。大きなぱっちりとした目をしていて、柔らかい笑顔を振りまいている。その佐渡島にある華やかさが大熊には見られなかった。


 太一に小声で聞いてみる。


「太一、あの二人知ってるか?」

「知ってるも何も……明人は知らないか」

「何が?」

「これすげえぞ。トップ3が揃ってるわ」

「何の?」

「美人に決まってるだろ。響、大熊、佐渡島。それぞれのクラス代表美人。2年のトップ3だぞ」

「そうなの?」


 太一の答えにますます疑問がわいてくる。

 響と佐渡島は見た目通り奇麗な顔立ちしているけれど、大熊はそう見えない。

 太一も自分で言っておきながら同じような疑問を抱いているのか、大熊に視線を向けていた。


「なあ、大熊って、あの大熊だよな?」

 太一が大熊に話しかける。

「……私以外大熊なんていないはずだけど?」

 箸を進めながら不愛想に答える大熊だった。

「俺が聞いてたイメージと違ったんで、別人かなって」

「……」

 もぐもぐと口を動かす大熊は飲み込んだ後も答えなかった。

「ゆかりさん、髪を解いて眼鏡も取ってあげてくださいな」

 横にいる南さんが大熊に話しかける。

 ……分かりました、と大熊は少し間をおいて答えた後、三つ編みを解き眼鏡を外した。

 軽く頭を振って、髪を振り払う大熊。 


 嘘、なんだこれ?

 眼鏡の下から現れたのは、先ほどまでいた根暗そうな大熊ではなく、響に匹敵するような凛とした美しさをもつ大熊だった。きりっとした切れ長の目、すらっとした鼻立ち。思わず目を奪われてしまう。

 どうやら太一も同じようで、ポカーンと口を開けっ放しだった。

 真の姿を見せた大熊は確かに佐渡島を上回るほどの美人だった。

 このギャップは反則だろう。 

 

「ゆかりさんたら、せっかくお綺麗な顔してるのにもったいないですわ」

「いいんです。そういうの興味ないので。華さんも止めてくださいね。今回は華さんの顔を立てただけですからね。それと君たち……あまり見ないでもらえる? そういう目が嫌で普段さっきの格好してるから」

「あらん。嫌な気持にさせちゃったかしら。あとで私が慰めてあげるわね」

「いいえ、結構です」

 

 冷たい言い方で断る大熊。 

 あれ? 大熊って、南さんの恋人の一人じゃないの?

 何だか突き放したような言い方してるけど。


「ううっ!? ゆかりさんが冷たい。実子さん私を慰めてください」

「私も嫌ですぅ」


 あれ? 佐渡島もなの?

 それよか南さんが心臓に手を当てて苦しんでるけどいいの?

 俺としてはそのままどこかに運ばれてくれた方がいいような気がするんだけど。

 できればそうして欲しい。

 

「えと、どゆことでしょうか?」

 俺と同じように二人は南さんの恋人だと思っていたのか、愛が隣の北野さんに問いかける。

「ああ、言っとくけど、恋人とか華が勝手に言ってるだけだから。この二人も華が変態なのはよく知ってるよ。柏木はマジ百合だけど……」


 その柏木さんは、南さんが苦しんでいるのを見てハラハラしている。

 今にも飛び出しそうな勢いなんだけど。


 その南さんは苦しみから耐えきったように、ばっと両手を広げる。

「わたくしの同好会に所属する子はみんな私の恋人ですわ!」

  

 やはり変態は放っておこう。感染すると嫌だし。

 横の佐渡島と大熊はあえて聞こえぬ振りして流したようだ。


 それよか南さんが変態だと知ってて、佐渡島も大熊も辞めないというのも分からないな。

 入った経緯でもちょっと聞いてみよう。


「えと、佐渡島。なんで同好会に入ったんだ?」 

「私ぃ? 特に理由ないけどぉ。誘われて面白そうだったからぁ。お菓子とか出るしぃ」


 うわー、佐渡島こいつって、俺の苦手なタイプだ。

 こういう間延びした話し方する奴、俺苦手なんだよな。

 あまり話すといらいらするかもしれないからターゲットを変えよう。


「大熊は?」

「最初は断っていたんだけど華さんが泣いて頼んできたからよ。クラスまで来てみんなの前で泣くからしょうがなく」

 それ、ある種の脅しだな。どうやら南さんは手段を選ばないらしい。

「まだ甘いわね。そういうのも一刀両断にしないとこの人には勝てないわ」

 響が大熊をちらりと見ていった。

「……そうね。あなたは断り続けているものね。何でも一番の人はさすがだわ」

 

 小さな火花が二人の間に飛んでいるような気がする。

 何、この雰囲気。

 何だか気のせいか、大熊も響もお互いを敵視しているように見えるんだけど。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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