226 水族館編7
「――それで、その後食事してきて送ってきたと……」
そう言うと、明らかにわざとだと思えるような大きなため息を放つ春那さん。
俺と美咲は何故か春那さんの前に正座させられている。
あの後、俺たちは食事をして帰ってきた。
食事は美咲のリクエストで、この間二人で行ったお好み焼き屋になった。
二人でレトロなお好み焼き屋で美味しい食事を済ませて美咲を送ってきたのだけれど。
帰ってきた俺たちを玄関まで出迎えてくれた春那さんは、俺たちと自分の腕時計を何度も交互に見て、その度に表情が崩れていった。
帰ろうとした俺は春那さんに呼び止められて、部屋に上げられた。
居間に入るや否や、俺と美咲は「二人ともそこに座れ」と正座させられたのである。
そして今日起きたことを洗いざらい吐けと尋問された。
俺と美咲は、春那さんの迫力に負けて、あらかた全部報告してしまったのである。
「……美咲、お前が行く前に私が言ったこと覚えているか?」
「うん。意味分かってなかったけど、確か「決めてこい」とか言ってた」
はっきりきっぱり答える美咲。
そんなこと聞かされてたんだ。
美咲がそういう方面に疎くて良かった。
「それ以外は? 他にも私が教えたことがあるだろ」
「それ以外のことは行きの電車で飛んだ」
またも、はっきりきっぱり答える美咲。
なんとなく飛んだのは分かる。
行きの電車ではお互いぎごちない状態が続いていたから。
そんな美咲の回答に、はあ~っと春那さんは大きく長いため息を吐いた。
そして今度は俺を睨みつける。
「明人君も明人君だ。何故そんな美味しいシチュエーションになってるのに美咲を口説かない?」
「いや、そんな気ないですから。一緒に遊びに行っただけですから」
「馬鹿か君は! そんなちょっとドラマチックな状態になっておきながら何だ!? そういう機会を逃さずに一気に攻め落とさなくてどうする?」
「そう言われましても」
「私は今日の美咲のために赤飯を焚こうかと色々用意までしてたんだぞ?」
知らんがな。
「この私が耐えて、耐えて、耐えて、耐え抜いて、明人君に唾をつけないのは、美咲のために童貞を取っておいてやろうと思ったからなんだぞ!」
ますます知らんがな。
耐えなかったら、俺はとっくに食われてたのか?
っていうか、ついこの間襲ってきたじゃねえか。
「君たちに期待した私が馬鹿だった。もう寝る。いや、やる。明人君一緒にしよう。今夜は寝かさないぞ?」
そう言って俺の手を取る春那さんだった。
「はるちゃあああああああああん!」
「美咲が食べないんだったら私が食べるんだ!」
「意味が分かんないよ! 明人君もいやらしい顔しない!」
してません。1ミリ程度しかしていません。
「分かった。単刀直入に私が聞いてやろう。明人君は美咲のことをどう思ってるんだ?」
「ちょっと春ちゃん!?」
え? 俺が美咲のことをどう思ってるかって?
それはどのレベル?
もし恋愛感情のことを言ってるならそれは違う。
だって俺、恋愛感情のことわからないもん。
確かに美咲のことは好意的に思っている。
奇麗だし、優しいし、ちょっと暴走するときもあるけど、一緒にいて楽しい。
でもこういうのって、アリカに対しても、愛に対しても、響に対しても、綾乃に対しても、当の春那さんに対しても似たようなものを持っている。
ふと、愛に言われた言葉が頭をよぎる。
『明人さんは誰にだって平等でいようとするんです。でも、それって裏返せば、特別がいないってことなんですよね』
ああ、愛が言っていたことは、こういうことなんだな。
「あの、すいません……。俺、マジで恋愛ってどういうことなのか分からないんです。人を好きになるってことが頭で理解できないんです。真面目な話、美咲のことはとても大事です。でも他のみんなも大事なんです。こういうことってふざけたら駄目だって思うんです。自分が好きになったら、好きってことが分かったら、相手にはちゃんと言います」
春那さんは目をぱちくりさせると、俺の前にドカッと腰を下ろした。
そして妙に真剣な表情で、大きく頭を下げた。
「ごめん。今のは私が悪かった」
「いや、いいんです。変な言い方ですけど……今の俺って、こういう状態――」
美咲のほうをちらりと見ると、何故かやたらとニヤニヤした美咲がいた。
頬に手を当ててクネクネしている。
この姿の美咲はたまに見る。
がさごそと自分のかばんを漁りだす美咲。
美咲は携帯を取り出すと、何やら操作を始める。
「はい、もっかい同じこと言ってみようか?」
「はい?」
「3、2、1、はい」
「何を言うんだよ?」
「ああっ。もう、ちゃんと言ってくれないとー。今言ってたじゃない。『美咲のことはとても大事です』って」
そこ?
ちゃんとそのあと聞いてた?
他のみんなも大事って、俺言ってただろ?
「そっかあ。明人君は私のことがとても大事なのかー。嬉しいなー。餌を与え続けた人んちの猫に懐かれた気分だよ」
美咲それって例えがひどくない?
「じゃあもっかい行くよ? ちゃんと言ってね。録音するから」
愛もそんなことしてたけど、最近は録音するのが流行なのか?
「言わないから」
「ええっ!?」
「美咲もそこで驚かない」
「後生だから、もっかいだけ、もっかいだけお願い」
美咲は手を合わせてお願いしてくる。
あんな言葉、早々に繰り返してたまるか。
「い、や、だ」
「明人君はケチだ! 我々はやり直しを要求する!」
「はいはい。好きに言ってなさい」
そんなやり取りをしていると、春那さんはぽかんとした顔で俺たちを見つめていた。
美咲がそんな春那さんの状態を見て気にした。
「春ちゃんどうしたの?」
「驚いたな。二人の時って、いつもこんな感じなのかい?」
「どういう意味です?」
「いや、明人君が美咲の扱いに慣れてるなあってのもあるんだけど。美咲って呼び捨てしてるから」
「「あっ!?」」
俺と美咲は二人して今更になって気付く。
そうだった。完全に忘れてた。
春那さんも美咲って呼ぶから、俺も違和感なくいつも通りに言ってた。
こうも目の前で何度も聞かれては誤魔化すことなんてできやしない。
俺と美咲は、春那さんに二人でしていた約束を打ち明けた。
「へえ、意外だったね。明人君って年功序列に厳しい感じがしてたから」
「普段はそうなんですけど、美咲の場合は諦めたっていうか、別っていうか」
「え、私だけ特別みたいな?」
何を嬉しそうに言ってるんだ美咲は。
そうじゃねえから。
「だって、この人……美咲って中身が子供でしょ? 俺より年上って気が全くしないんですよ」
俺がそういうと、春那さんはうんうんと頷いた。
「確かに美咲だと、明人君のほうが年上って感じがするね」
「二人してひどいっ!?」
「でもたまに急に大人な感じがするときもあるんですよね」
「それが実際の私だから! もう成人だから!」
「逆だよ。きっと明人君がその時だけ幼くなってたんだよ。一時的退行ってやつだ」
「ああ、なるほど。自分が子供にかえってるから美咲を大人だと思ったわけですね」
春那さんと二人で美咲をいじっていると、美咲が部屋の隅でいじけ始めた。
壁をカリカリ搔きながら、何やらぶつぶつ呟いている。
「いいんだからー。二人で私のこといじめるんだからー。私はぼっちだからー。あにゃたがシュキだからー」
今ついでにぼけただろ。そういうの聞き逃さないよ?
韓国ドラマ好きなの?
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