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帰路  作者: まるだまる
226/406

225 水族館編6

 結果を言うなら、美咲がイルカの相手に選ばれることはなかった。

 美咲ではなく、幼い子供が選ばれてクック君たちと遊ぶことになった。

 成人女性と子供と立候補すれば、それは子供のほうが有利だろう。

 ショー自体は楽しめたのだが、リベンジに失敗した美咲は少し元気がなくなった。

 俺には元気を見せようとしていたけれど、それが空元気だと俺は思った。

 

 イルカショーのあと、水族館に併設されたフードエリアで二人で少し休憩。

 

「はい、これ」

 美咲に自販機で買ってきたレモンティーを差し出す。


「ありがとう」

 受け取る美咲の声は、やはり少し元気が足りない気がする。


「クック君たち可愛かったね」

「そう思うけど……やっぱり、自分を選んでほしかった?」

「うん。選んでほしかったけど。やっぱり無理があるよね」

 

 美咲は「しょうがないよね」と小さく笑う。

 どうやって慰めたものかと考えていたが、いい案が思い浮かばない。

 考えていると美咲から、休憩したあともう一度水族館を見て回ることを提案してきた。

 

 大水槽のエリアに戻ってきた俺たちはまたゆっくりと見て回っていく。

 魚は常に移動しているため、毎回違う光景というのが水族館のいいところだと思う。

 水槽にへばりつく美咲の様子を伺っていたが、少しは気分が晴れたのかな。

  

 それから別館のフロアに移動。


 この建物には土産物の置いてある売店があった。

 クッキー、チョコ菓子、ぬいぐるみやキーホルダー等の小物品もある。

「わー、可愛いのいっぱいあるねー」

 美咲が店内を覗き見して言う。

「寄ってく?」

「うん。下見したい。候補選んどいて帰りにまた来ようよ」


 店内に入り下見開始。

 ぬいぐるみも、クジラやイルカをはじめとしたシャチ、クマノミ、マンボウと種類は多い。

 お菓子のパッケージは大水槽の写真が使われているのがほとんどだった。

 俺も覗いて回っていると、ある物が目に入った。

 それはそこにあってもおかしくない物だったけれど、やけに目を惹かれた。


「――明人君どうしたの?」

 ぬいぐるみを手にした美咲が声をかけてくる。

 俺が急に足を止めたから気になったようだ。


「いや、なんでもないよ。また悪い癖出てたかな?」

「そうは見えなかったけど?」

 しばらく二人で店内をぐるりと見て回り、店を後にした。


 ☆ 


 大水槽エリアから別のエリアへと進んでいく。

 俺たちが足を運んだエリアはラッコのエリア。

 スイスイと泳ぐラッコもいれば、ぷかぷかと浮かぶラッコもいる。

 美咲がラッコの水槽に近づくと、泳いでいたラッコが水槽際までやってきた。

 サービス精神旺盛なラッコのようだ。

 美咲が水槽に手を触れると、ラッコもその手に合わせるかのように水槽に触れてくる。

 

「可愛い~」


 美咲はラッコのサービスに満面の笑みで喜んでいた。

 俺にはラッコが「いいから餌寄こせ」とおねだりしているように見えたけど、美咲には言わないでおこう。

 

 次に進んだのは、ペンギンたちのエリア。

 イワトビペンギン、マゼランペンギンがそれぞれの水槽内にいる。

 水の上を浮かぶペンギンが数羽いるが、泳いでいるというより漂っているように見える。

 何故か陸にいるペンギンたちも動かず、じっとしているだけだった。

 時折、首を振る仕草はあるけれど、それ以外は目立った動きをしなかった。

 

「……ペンギンってこんなに動かなかったっけ?」

「悟りを開いたような感じだね」


 美咲の言ってる意味はよくわからなかったけれど、ペンギンのイメージというとよたよた歩いたり、水の中を勢いよく泳いだりするイメージが俺にはある。

 目の前にいるのは、だらけきったペンギンにしか見えなかった。


 

 ☆


 アシカショーを楽しんだあと土産物を買いに移動。


 美咲はイルカとクジラのフォトブックを自分用に購入。

 もう一つがリアルなイルカのイラストが描かれているお菓子の缶詰。

 これは春那さんへの土産のようだ。


 お菓子コーナーで美咲が買う物を悩んでいる間に俺も店内を散策していた。

 最初に寄った時に目にした物がまた目に止まる。

 

 なんだか、その物自身が呼びかけているような、俺に訴えかけているような。

 そんな気がしてならなかった。


 土産物を買った後、水族館を出てバス乗り場のベンチに座ってバスを待っていた。 

 次の便まであと一五分くらい待つようだ。


 美咲は土産物の缶詰に描かれたイルカの絵をじっと見ていた。

 もしかして、まだショーのこと引きずってるのかな。

 そんな気がした。

 俺が横目で見ていたのを美咲が気付く。

 

「どうしたの?」

「いや、ちょっと美咲が元気ないかなーって」

「歩き疲れしたんだよ。ぐるぐるまわってたし」


 確かに歩き疲れというなら俺にもあるけれど。

 イルカの缶詰を見つめる美咲の目が少し悲しげだったのが気になる。

 

「大丈夫だよ。すぐに回復するから」

「そっか。それならいいけど」


 しばらくしてバスが到着。

 バスで八島駅まで移動して、今度は電車に乗り換え。

 

 電車で移動中、やけに隣の美咲が静かだなと思っていると、俺のほうへともたれかかってくる。

 何だ? と少しばかり焦ったけれど、見てみると美咲は瞼を閉じていた。

 どうやら疲れて眠気に負けたようだ。着いたら起こしてやるから寝とけ。


 ☆

 

 清和駅に着いて起こしたとき、美咲は少し寝ぼけていた。

 美咲は力があまり入らないのか、俺の手にしがみつくような感じで電車を降りたのである。

 駅に降りてまだぼんやりしている美咲が一言。

「お父さん、ここどこ?」

 夢を見ていてその中で父親といたのだろうか、俺を父親だと思って聞いてきたようだ。


「あれ?」

 美咲が顔を上げて、俺の顔をまじまじと見る。 

 俺の顔を見るや美咲の顔がじわーっと全体的に赤く染まっていく。

「……明人君? い、今の聞いた?」

 俺の腕を持つ美咲の手がぷるぷると震えているのが伝わる。


「お父さん、ここどこ? って言ってた」

 美咲はさらに顔を真っ赤にして俺から離れた。

 相当恥ずかしかったのか、そのあと声をかけても返ってくるのは、

「明人君嫌い!」 

 の一言だった。


「明人君嫌い!」

 俺の前をずんずんと歩く美咲はぷんすか怒っていた。


「だからごめんって」

 後ろを歩く俺は何度も謝りながら美咲についていく。


 いつまでもこうしてても埒が明かないので、速足で美咲に追いついて前をふさぐ。

 美咲は顔を赤くしたまま、目をうるうるさせて俺を睨んでいる。

 

「忘れて! 今さっきのこと全部忘れて」

「わかった。わかった。俺は何も聞いてない。だから機嫌治せって」

「あー、もう私最悪だー。」

 頭を抱え込む美咲だった。


 駅から出た後、ようやく落ち着いた美咲と一緒に繁華街を歩き始める。

 なんだか、今日の美咲は最初から最後までいつもと違う美咲を見せてくれた気がする。

 

「何を笑ってるの?」

「美咲は面白いなあって思って」

「む!? 忘れてって言ったのにまだ言うの?」

「違う、違う。ああ、そうだ。お詫びにこれあげる。美咲貰ってよ」


 俺はショルダーバックの中から小さな包みを出して美咲に手渡した。


「……何これ?」

「水族館で買ったんだ。なんかやけに目についちゃってさ」

「……中身、見ていい?」


 俺が頷くと、美咲は手にした包みを丁寧に解いていく。


「これ――」

 

 それはイルカのアクセサリーが付いたペンダント。

 二匹のイルカが淡くて青いジルコニアを囲んでいる。

 二度も目に付いたし、多分だけれどこれを買う運命なのかなと思い、こっそり買っておいた。

 

「可愛いかな?」

「うん。すっごい可愛い」

「美咲ならそういうと思った。買ってよかったよ」

「貰えないよ。明人君が自分で買ったのに」


 美咲は申し訳なさそうに俺にペンダントを差し出してくる。


「ごめん。それ美咲のなんだ。あとで渡そうと思って」

「え?」

「いや、美咲ちょっと元気なかったし、土産物屋でそれ見つけて、今日の美咲の格好ならこういうのが似合うんじゃないかなーなんて思ったり。それ高いものじゃないし、石も本物じゃないし、気にしないでもらってくれよ。どのタイミングで渡そうかなって考えてたんだけど、考えつかなくてさ」


 うわ、これ照れる。

 俺は何をこんなに言い訳してんだ。 

「……」 

 美咲は一歩二歩と足を進め、俺に近づき俺の胸に顔をうずめる。

 そのまま俺の腰に手を回してぎゅっと抱き着いてきた。


「美咲!?」

「……ありがとう。大事にする」

「う、うん。そうしてくれると俺も嬉しいかな」

 美咲に抱き着かれたまま、どうすることもできない俺は空を見上げながら答えた。


 ☆ 


「ねえねえ、似合う?」

「うん。似合ってる」


 美咲はさっそくペンダントを身に着け、その姿を俺に見せてくれた。

 緩やかな服の胸元で二匹のイルカが揺れ動く。

 そしてその上には、俺を安心させる満面の笑みを浮かべる美咲の顔があった。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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