224 水族館編5
イルカショーの会場に到着。
リニューアルしたのは本館の方だけでなく、ここも手を加えられているようだ。
変わったところといえば、前までプール枠には観客が落ちないようにコンクリで造られていたのだが、今は分厚い透明な板に変わっている。前までは見えなかった水際でのイルカの動きが見えるようにしたものらしい。確かに前のままだったら、イルカが水面から出ないかぎり、背びれくらいしか見えなかったから、視覚的にはよくなるだろう。
プールに近付くと、日の光がキラキラと反射して少し眩しい。
ショー会場は楕円形の大きなプールとステージ、観客用エリアで構成されている。
観客用エリアも立ち見エリアと座席エリアが用意されている。屋根付きの観客席が50席ほどあったが、家族連れがぱらぱらと座っているだけでガラガラだった。俺達は近くで見たかったので,立ち見エリアへと移動してプール際でショーの始まるのを待っていた。
「明人君、あそこに階段があるけど、あれは?」
美咲がプール脇についている下りの階段を指して言う。
それは前からこの水族館にはあったものだ。
イルカたちの水の中での動きを見物できるようになっている。
美咲にその話をすると、ぜひ行ってみたいと言うので、あとで覗きにいくことにした。
BGMが鳴りはじめ、ピンクのスウェットスーツを着た女性がステージに現れてマイクパフォーマンスを始める。
『こんにちわー。今日は水神浜水族館にようこそおいでくださいました。当水族館の人気者、クック君とピンキーちゃんのイルカショーを始めます。他のイルカたちも頑張りますので応援してあげて下さいね』
美咲はワクワクしたような顔でプール際にかぶりついている。
格好は年齢相応なのに、態度が年上とは本当に思えない。
「あっ!?」
美咲の声にプールを見ると、イルカたちが左右のゲートからプール内に登場した。
10頭くらいはいるだろうか。
左右から登場したイルカたちは直進して、プールの真ん中でタイミングよく背びれが一直線に並ぶ。
よく訓練されているのか、どんぴしゃのタイミングだった。
「わー」
美咲は嬉しそうな声を上げて、パチパチと拍手する。
イルカたちはそのまま反転すると深く潜り込み、水面上へ跳ね上がる。
空中高く舞い上がり、交差するように飛び込んでいく。
「おおっ――」
美咲はイルカたちの飛ぶ姿をのけぞりながら驚嘆の声を上げる。
目をキラキラさせて、まるで子供みたいだけれど、なんだか可愛いかった
見ていた他の観客からも歓声がわいて、イルカたちは飼育係の女性の周りに集まりだす。
女性は一頭ずつイルカたちの紹介をしていく。
『――そして、この子が当園の人気者クック君です』
その声にクックが反応して、大きくのけぞって立ち泳ぎしながらひれを器用にフリフリと振る。
まるで、俺達に手で「やあやあ」と挨拶しているように見えた。
美咲もクックに手を振っている。
『そして、その相方の人気者ピンキーちゃんです』
その声に反応してピンキーは、クックと同じように立ち泳ぎしながらひれを両方ともフリフリと振る。
二頭はそのままプールの中央まで来ると、お互い背中合わせにくるくると回りながら観客たちにアピールしていた。
観客たちも知らない間に増えていた。
ショーが進みボールを使ったキャッチボールへと変わる。
イルカたちはプールの中に大きな輪をつくると、係の人がボールを投げ込む。
イルカたちは、口を使って器用にポーンと隣のイルカにパスしていく。
最後のイルカにパスしたところで失敗してしまったのか、ボールは大きく高く跳ね上がる。
「お、ミスったか?」
思わず声に出した時――先ほど紹介された人気者のクックがプールから垂直に高く飛び上がる。
くるっと回転して、尾ひれでボールを係の人めがけてシュートした。係の人も器用にそのボールをバチンと片手で受け止める。
「うは、すげえ」
「相当訓練してるね、これは」
イルカたちはステージのプール際に行って口々にご褒美をもらっている。
『はーい。次はイルカたちのハイジャンプだよー。イルカたちの格好いいところ見てあげてくださーい』
女性が手を上げるとイルカたちは一斉に上半身を浮かばせるような姿勢をしてプール内に潜り込む。
ステージでマイクパフォーマンスをしていたお姉さんが、音楽あわせながら手を上で叩く。
『はいっ――』
その声と同時にプールの真ん中を指すと、イルカ一頭が垂直にプールから高く飛び上がる。
ザッパーンと大きなしぶきを上げて水中へと戻った。
『はいはいっ――』
今度は掛け声と同時にプールの左右を連続で指す左右同時に1頭ずつ高く垂直に飛び上がる。
『はいっはいっはいっはいっはいっ――』
女性が踊るような仕草でリズムに合わせて指差すと、指した場所からイルカが飛び上がる。
飛び上がったイルカたちは、そのまま空中で身体を捻りツイストターンした。
『それではクック君いってみようかー? はいっ』
その声と同時に、クックは今まで見せてくれたイルカたちのハイジャンプとは比べ物にならないくらい高い所まで飛ぶ。
「まじで高いわ」
その高さにちょっと、イルカの限界超えてるんじゃないのと思いつつ、美咲の様子をチラ見。
美咲は満面の笑顔でぱちぱちと拍手を送っている。
そのあと、女性がプールに入ってイルカたちとショーを展開。
女性の両脇にイルカがくっついて女性を運んでいく。
女性は楽しげな笑顔を浮かべながら俺達の前を手を振りながら通り過ぎていく。
女性とイルカたちを交えたショーは続き、イルカが女性の身体を下から持ち上げて空中へと垂直に跳ね上げる。女性はそのまま空中でバック転して足から着水。イルカと人との合成技に俺も思わず拍手した。
女性はイルカに運ばれ再びステージへ。またヘッドホン型のマイクを装着して
『では、ちょっとイルカたちのダンスパフォーマンスをお楽しみください』
音楽がアップテンポの曲に変わる。
ご褒美をもらったイルカたちは音楽が変わると身体をプールへと沈ませた。
「あ、こっち来たっ!」
俺達の目の前に一頭のイルカが左右に身体を揺らしながら待機している。
まるで音楽のリズムに合わせているかのように見えた。
どうやらこのショーでのパフォーマンスの一つのようで、俺達以外のところでも同じようにイルカたちは観客にアピールしているようだ。間近で写真を撮ろうと携帯を構えている姿があちらこちらに見える。
美咲もしゃがみ込んで、イルカを間近で見ようと透明な板越しにへばりつく。動きに合わせるように美咲も頭を右左に振っていて、まるでイルカと遊んでいるようだった。
とりあえず、美咲はイルカに夢中のようだからこの写真は撮っといてやろう。
目の前のイルカが身を翻して、深く潜りだした。
どうやら、始まるのだろう。
美咲も立ち上がり、俺の横でワクワクしたような顔つきでプールを見詰める。
一頭のイルカがジャンプ。次は二頭のイルカがジャンプ。ジャンプするたびに一頭ずつ増えていく。
斉一に、同じ高さで足並みの揃ったジャンプ。全部のイルカが揃ったジャンプは圧巻だった。
音楽に合わせてあっちこっちから飛び交うイルカたち。トリッキーな動きで飽きさせない。
気付けば俺も、夢中になって見物していた。
ショーは終盤を迎え、イルカたちはゲートへと戻っていった。
プールには、クックとピンキーだけが残っている状態だ。
女性はステージから残った二頭の頭を撫でる。二頭の懐き具合を見るからに信頼関係が深いようにも見えた。
『はーい。それではお客様の中でクック君とピンキーちゃんと遊びたい人いませんか?』
女性は立ち上がると、観客席に向かってそう言った。
俺の横では、まっすぐ大きく手を上げる美咲の姿。
あー、これは昔のリベンジしたいんだ?
お読みいただきましてありがとうございます。
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