222 水族館編3
綺麗と呟き水槽へと視線を送る美咲。
その視線は水槽の中で上へと登る気泡の塊に向けられている。
登るにつれて気泡は形を変え、上から刺す光をきらきらと反射しながら登っていく。
ゆらゆらぽこぽことまるで生きているかのように。
閉じ込められた空気が、仲間を求めて水上へと旅をしているようだ。
「あ、亀さん、来たっ」
美咲の声に我に返る。
どうやら俺も、水槽内の光景に引き込まれていたらしい。
美咲が見ている方を見ると、甲羅の赤い海亀がゆったりと俺達の前へその姿を現し通り過ぎる。
美咲が一歩水槽へと近付く。どうやら近くで見たいらしい。俺も少し遅れてお付き合い。
サービス精神が旺盛なのか。
海亀は俺達の前を通り過ぎた後、くるりと身体を捻るように旋回して再び俺達の前を遊泳していく。
通り過ぎていく海亀の黒い瞳に俺達が映っているような気がした。
「今、亀さんこっち見た気がした」
美咲が嬉しそうに言う。
どうやら美咲も同じような事を考えていたようだ。
俺達は海亀を追うように、先へと進んでいく。
ドーム型の通路はゆるやかに下りつつ左へと曲がっていく。
進むにつれてドームの通路の青さは深くなっていった。
青みが深くになるにつれ、水槽へと刺さる光が薄くぼやけていく。
握っている美咲の手からぎゅっと力が入るのが伝わり、それと同時に急に青の深さが増した。
美咲を見ると天井を見上げていて、俺もつられて天井を見上げた。
そこには大きな魚影。俺達の数倍はあろうかという大きな生物。
「鯨さんだ……」
「……こんなでかいのもいるんだ。前はいなかったよ」
鯨が俺達のもとへ届く光を遮断したのか。道理で急に青の深さが変わったわけだ。
影をつくった鯨はゆったりと右から左へと進んでいく。
「ねえねえ明人君。鯨さんとイルカさんの違いって、知ってる?」
見上げていた美咲が聞いてくる。
鯨とイルカの違い――――鯨とイルカはどっちも哺乳類。
イルカはとんがった口しているし、鯨は逆に平たくてでかい口ってイメージがある。
そもそも種類が違うんだから当然じゃないの?
イルカ科とか、鯨科とか、そんな感じで分かれてるだろ。
「その顔は知らない感じだね。ふっふっふ、私が教えてあげましょう」
美咲は俺の顔を見て嬉しそうな顔をしている。
「実はね、同じ仲間なんだよ。大きさで呼び方を区別してるの」
美咲は繋いでいないほうの手の指を立て、フリフリしながら説明。
「え、そうなの?」
「鯨さんの種類はね、大きく分けると髭鯨と歯鯨って種類になるの。歯鯨の中で小型の種類がイルカさんなんだよ。ちなみに髭鯨は全部鯨さん」
「マジでイルカって、鯨の仲間?」
「そうなの。大きさは人によって言ってることが違うんだけど。体長が3メートル以下なら間違いなくイルカさんなんだよ」
えへん、とドヤ顔して言う美咲だった。
「ハマチとかブリみたいに鯨の小さい時期がイルカ?」
「いやいや、出世魚みたいに成長段階で名前が変わるって意味じゃないよ。あくまで鯨さんの子供は鯨さんで、イルカさんの子供はイルカさんなのは変わらないよ。成長しきった時の大きさで区別はされてるの」
美咲は俺の疑問を簡単に説明してくれた。
と、思ったら美咲は、「それでね、それでね」と聞いて聞いてと言わんばかりに
「歯鯨の中でも大型なのがマッコウ鯨さん。頭が大きい鯨さんだね。鯨さんの中で最大級の大きさを誇るのがシロナガス鯨さん。メスの方が大きいらしくて30メートルを超えるっていうからすごいよね。マッコウ鯨さんはオスの方が大きくて16メートルくらいなの。でね――――」
5分くらい延々と鯨とイルカの話をする美咲だった。
好きなんだな、鯨とイルカ。
☆
大水槽エリアを抜けて、各種類毎に分けられた水槽エリアと進んできた。
さっきまでの深い青さは無くなり、人工的な照明がエリアを照らしている。
美咲と大水槽の間ずっと手を握っていたけれど、明るくなったこともあって、
「そ、そろそろ手はいいかなっ」
「う、うん。だいじょぶだよねっ」
何だかぎこちなくだけど、ここで離して見て回ることにした。
水槽の大きさはばらばらで、両手いっぱい広げても足りないくらいの幅がある水槽もあれば、人ひとりが覗けば、後ろの人はもう見えないくらいの幅の水槽まで、中にいる水棲生物によって違うようだ。
足の長い大きな蟹や、ブラックライトでも当てているのか変色して泳ぐイカや、体の模様がやけにカラフルな熱帯魚と、多種多様に海やら川やら地域やらでエリア毎に展示されていた。
「明人君、これ何がいるの?」
美咲が台の上に乗った50センチ四方くらいの水槽を覗き込んで聞いてきた。
俺も覗き込んでみたけれど、水槽に2/3ほどの水と下には砂地があるだけに見える。
「小さいエビってわけでもないな。でも、何かいるだろ」
俺も端から端まで見てみたけれどあるのは砂と水だけだ。
美咲は水槽の反対側に回って覗き込む。
水槽越しに美咲が視線を水槽の端から端まで向けて首を傾げる。
「……何もいないような?」
二人して何もいない水槽を覗き込んでいるうちに、美咲と視線がばっちり合ってしまった。
一瞬、きょとんとした美咲は微笑むと、ささっと移動してきて、
「やっぱり、こっちがいい」
と、言って、俺の横で同じように水槽を覗き込んだ。
「やっぱり、何も無いな。空か?」
「でも、ちゃんとライトとか点いてるのって――あれっ!?」
水槽の中に棒状の魚が立っているように見える。いつの間にか生えていたって感じだ。
細い棒のようだけど魚だと分かる。目と口もはっきり分かる。灰色の身体。黒い斑点のような模様がついている。
「何だこれ? って、うわっ」
「うわわわわわっ」
いたと思ったら、今度はあちらこちらから、砂の中からにょろんとわき出てきた。
ざっと見ただけでも、10匹はいるし、灰色じゃないオレンジと白の縞模様もいる。
わき出たやつらは、小さく揺れながら口をパクパクとさせている。
二人とも気付かなかったけど、台の下に説明板が貼ってあって読んでみると、この魚は灰色のがチンアナゴで、オレンジ色のがニシキアナゴというらしい。
「へー、アナゴの仲間なんだ?」
「アナゴって大きいイメージがあったけど、こんなにちっちゃいのもいるんだねー」
美咲がもっとよく見ようと水槽に近付くと、一瞬で水槽の中のチンアナゴ達は砂の中へと潜り込む。
どうやら警戒心の強い魚のようだ。また水槽の中に何もいないように見える状態に戻ってしまった。
少しの間、また出てくるのを待ってみたけれど、チンアナゴ達は姿を見せてくれず俺達は諦めた。
「うぅ、嫌われた」
がっくりとうな垂れる美咲。
「残念だったね」
「私は、癒しを要求する!」
うな垂れた顔をがばっとあげて訴える美咲。
「癒しって、何?」
そう聞きながらも、美咲のことだから、ジュースか何か飲みたいとでも言うと思って、頭の中ではジュースの自販機や売店はどこだろうと考えていたら――美咲が俺の左手に腕を組んできた。
「え?」
驚いて、腕を組んできた美咲の顔を見ると、すぐにそっぽ向いて、
「べ、別に明人君とくっつきたいってわけじゃないんだからね」
何故そこでツンデレキャラになる?
でも、相変わらずの美咲っぷりに安心する、俺がいたのもまた事実だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。