221 水族館編2
八島方面行きの電車は空いていて、対面座席に座ることができた。
――どうしよう。
美咲と合流して、改めて困ったことが発生している。
電車の車窓から流れる市街地を眺めながら、普段どおりの態度をとるように意識している。
美咲に怪しまれるのはまずい。
そんな思いを裏切るように、
「明人君どうしたの?」
対面に座る美咲が俺の顔を覗き込み、顔を傾げながら聞いてくる。
「う、うん。なんでもない」
と、答えたのだけれど――なんでもないことはないのだ。
今日の美咲の格好に、どうしていいか困ってる。
いつもよりフェミニンというか、お姉さんというか。
そもそも、美咲のスカート姿自体をあまり見ないせいもあるだろう。
駅の階段とか大丈夫かって思うくらい、スカート丈が短い。
前にかがんだら、それ胸が見えちゃうんじゃないってくらい緩やかな胸元。
それに普段の美咲は化粧をしているかわからないくらいのナチュラルメイクなのだが、今日の美咲は俺でも化粧をしているのが分かる。特に唇がつやつやぷるぷるしている。
類稀なる美咲の容貌が直視できないほどに輝いて見える。
見逃すことができない存在感。
近づくことに躊躇するような高嶺の花のような存在。
駅の構内でも、電車を待っている間でも、通りすがりの男からちらちらと見られていた。華やかで麗しい花は異性の目を惹きつけてしまうのだろう。
それはそれで一緒にいる俺としては鼻が高いところもあり、じろじろ見るなって思いもある。
しかし、どういうつもりで来たのか知らないけれど。
今日の美咲の格好ははっきり言って反則だ。
俺は美咲を相手に意識しすぎているし、その華やかな姿に緊張してしまっている。普段は慣れか、バイト先だったせいか、そういうことは考えなかったけれど、デートという意識になってしまうと、どうしたものかと緊張する。
目の前の美咲はそんな俺にお構いなしに、いつもの和らいだ表情を浮かべている。
『――気付いてやるのも男の責任だぞ』
ふと、太一から言われた事が思い浮かぶ。
こういうのって、言葉にした方がいいのだろうか?
「美咲」
「何?」
眩しい笑顔を向けながら、俺の言葉を待つ美咲。
「その、今日の格好――」
俺の言葉を押さえ込むように、美咲は急にオドオドしはじめて言う。
「こ、これね。春ちゃんが選んでくれたんだけど、私にはちょっと派手過ぎるし、どうかなって思ったんだけど、で、デートするんだからって春ちゃんに「これくらいは着ろ」って推されちゃって……変かな、やっぱり」
美咲は自分の格好を見回して言った。
自信が無いのか、ちょっと表情が曇り始めてしまった。
「え、いや、そうじゃなくて、その、いつもと違って新鮮というか、……むちゃくちゃ似合ってる」
「本当に?」
「うん。ちょっと直視しづらいくらい似合ってるし、可愛いというか、きれいというか。俺、いつもと違って緊張してる」
「え?」
美咲の頬が赤みを帯びていくのが見てわかる。
やはり言葉にしたのは失敗だったようで、お互い緊張する羽目になってしまった。
「あ、明人君。す、水族館楽しみだねー」
「え、うん。そうだね」
八島駅に向かう間、ちぐはぐな会話のキャッチボールが続いた。
☆
電車で揺られること約1時間、目的地の八島駅に到着。
八島の由来は、海に浮かぶ大小八つの島が見えることらしい。
それぞれ連絡船で渡れるようになっていて、観光客を相手に色々とやっているようだ。
八島駅は南欧風な駅舎で、駅の周辺もフェニックスの木が植えられたり、周りの建物も南欧風な設計がされている。総合会場も南欧風だったが、こちらの方が町全体でそうしているようで規模は大きいようだ。
俺と美咲は駅を出た後、駅入り口の階段下にあった観光案内版を見ていた。
ざっくりとした地形地図に、主要の観光場所が示されていて、俺達の目的地である水族館は駅を中心に南側に位置している。西側に行くと海水浴場があり、そこまでは徒歩でもそれほどかからないようだ。
水族館まで30分毎にバスは出ていて、駅前の小さなロータリーにその乗り場がある。
水族館行きのバスに乗車した人は思ったよりも多かったけれど、座れないことは無く、俺と美咲は後部座席に並んで座る。ただ、一緒にバスに乗った人たちに家族連れの姿は無く、若いカップルばっかりだった。
水族館まではバスで10分ほど、道も空いていて思ったよりも早く着いた。
リニューアルされた水族館。
俺の記憶にある水族館とまったく異なっていた。
前は建物が二つほど並んで建っていたのに、大きな建物一つに変わってしまっている。
入り口にあったはずのイルカとシャチの看板もなくなっていた。
リニューアルしたのだから、当然と言えば当然なのだけれど。
記憶の中の物がなくなるのは少し寂しいものだ。
チケットブースで入場券を購入。
イルカとシャチ、それにオットセイとアシカのショーが、1時間おきにローテーションで行われている。
今の時間だと、シャチショーが行われている時間だ。
大きな建物の入り口でチケットを渡して中に入る。
大水槽までは距離があって、壁に描かれた海を泳ぐ魚の絵を鑑賞しながら進む。
通路を奥へと進むにつれ、通路が段々と暗くなっていく。
周りを見ると暗くなるにつれて、一緒に入ってきたカップルたちが手を繋いだり、密着したりしている。
美咲をちらりと見ると、美咲も周りのカップルの状況に気づいているようだ。
気が付けば俺達だけが手も握らず、腕も組まずに並んで歩いている。
「一応、デートだしな。はぐれたら困るし」
美咲に言った言葉だけれど、本当は自分に言い訳してる俺がいる。
手を美咲に差し出すと「う、うん」と気恥ずかしそうにそっと手を重ねた。
力を入れすぎないように、ゆっくりと美咲の手を握りかえすと、美咲も同じように握り返してきた。
俺達が進む方向の奥に青い明かりが見える。
大水槽のエリアに到着したようだ。
透明なドーム型の通路。右も左も、天井にも魚たちが遊泳している姿が見える。
銀色の腹を見せて群れを成して泳ぐ小型の魚や、一匹で悠々と泳ぐ鮫や大きな魚。
水槽の岩陰にひっそりと身を潜める魚と多種多様に遊泳してる。
周りの人たちからも感嘆の声が上がる。
空からの光が水へと刺さるように映り、その光景はまるでオーロラのようでとても神秘的だった。
ポコポコと上へと向かう気泡も場所によって、その大きさや数が異なり、それもまた神秘的に見えた。
「――綺麗」
美咲は神秘的な光景に心と目が奪われたように呟いた。
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