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帰路  作者: まるだまる
221/406

220 水族館編1

 10時に清和駅の東改札口近くにある銅像前で美咲と待ち合わせ。

 現在9時ちょうど、早く着きすぎてしまった。

 久しぶりの水族館だからって楽しみにしてたわけじゃないんだ。

 美咲が相手だからってわけでもない。いや違う、今日は少しだけ意識してる自分がいる。

 昨日の夜のせいだ。


 月曜日から昨日の金曜日まで、色々なことがあった。


 てんやわん屋では、アリカが試験に備えてバイトを休んでいて、その分俺が裏屋に行く機会が増えた。

 美咲はというと、俺が裏屋に行くのが増えたからか、それとも一人の時間が多くて暇を持て余しすぎたのか、俺が裏屋を行き来するたびに暴走モードに入って、俺を精神的に疲労させてくれた。


 例えば俺が裏屋に呼ばれた時は、

「今日も私を一人にするんだね? うさぎは寂しいと死ぬんだよ?」

 と、訳の分からないことを言い始めたり。

「また、あの女のところに行くのね? あなたはいつもそう」

 と、いきなり昼ドラみたいなことを始めたり。

「パトラッシュ。私、疲れたよ」

 と、店に置いてある狸の置物に話しかけてたり。

 

 大丈夫かこいつ、と心配になるほどだった。 


 裏屋から戻ってきたら戻ってきたらで、軽く即身仏になりかけてた美咲を発見したり、いつも俺が座っている椅子にトーテムポールを置いて寂しさを紛らわせてたり、乙女のメモ帳に俺への恨みつらみを書き込んでたりしていた。

 それでも、戻ってきて落ち着いたときは変わらぬ美咲に安心する俺がいた。


 学校では――


 休み時間やHRの時間は課題作成に追われた。(我が班の意見はすぐにカオスと化すせい)

 愛との勉強会は案の定苦労した。愛は新しいことを覚えたらその前日に教えたことの半分は忘れていた。

 ちょっと難しいことを教えると、

「明人さんは"どえす"です! 愛をいじめて楽しんでます! でも、そんな明人さんも好き~」

 と、言って俺にくっついてきて俺を困らせたりした。

 こんなことがほぼ毎日繰り返された。


 校外学習の課題が提出期限に我が班は間に合いそうになく、仕方なく愛との勉強会と合わせ技で水曜日と木曜日で行った。二人っきりを邪魔された愛はふくれて、邪魔者の代表として太一に「太一さん、早く課題を終わらせてください」と八つ当たりしていたが、俺じゃないから気にしないでおこう。


 響はというと、妙に機嫌がいい。昼飯を一緒に食べてる時も、何だか俺に優しいというか、妙に甲斐甲斐しい。愛との勉強会についても、この間とは打って変わって寛大な態度だった。


「愛さんのためになるし、明人君も復習にいいんじゃない? 基礎固めという意味で」

 手伝いたいけど生徒会が今忙しいから手伝えなくてごめんなさい、と言うほどだった。

 俺は響の優しさが逆に怖くなって聞いた。


「な、なんかさ。響が優しすぎて怖いんだけど?」

「あら、嫌だわ。私は元々優しいわ。それに尽くす女よ」

 自分で自分のことを優しいなんていう奴が本当にいた。

 ついでにまだ返事をしていなかったデートの話を確認すると、

「行きたいところは決まってるの」

 と、響は珍しく笑って言った。


 すでに決定しているのか。まあ、それならそれで考えなくて済むので助かるけれど。

 でも、響はその場所について「その時まで内緒ね」と言って教えてくれなかった。

 こんな感じで響に関しては怖いくらいに何事も無く変わらぬ毎日だった。

 

 一週間振り返ってみれば、学校では何かと忙しかった一週間。

 課題の追い込みと愛の勉強会でそう感じたのだろう。

 

 ふと、駅の天井を見上げると小さな窓から日差しがサンサンと入り込んでいる。

 水曜と木曜は天気が崩れたけれど、金曜の昼から回復に向かい土曜日の今日は雲ひとつない晴天だ。

 今のうちにスケジュールの再確認。電車の時間と停車するホームでも確認しておこう。


 水族館は電車で一時間ほどのところにある八島駅の近くだ。八島は遠浅の海に広い砂浜が有名な所で、夏になると海水浴客で賑わう。俺も小さい時に家族で何度か行ったことがあった。

 

 美咲に行ったことがあるか聞いてみると、初めて行くそうなので楽しみだって言っていた。

 俺も随分と前に行ったきり、いつだったか中学校の頃に仲が良かったグループで行ったことがある。

 あの時はゆらゆらと揺れながら泳ぐクラゲを飽きもせずに眺めていた気がする。


 あの時に仲が良かった奴らは高校に進学する時にバラバラになった。

 今じゃ何の連絡もしていない。いや、そうじゃない。俺のせいだ。

 あいつらは高校に上がってからも何度か連絡してきた。

 俺が返事を返さなかっただけだ。

 志望校に落ちた後の俺は、友人から離れるようになっていた。

 会いたくない。合わせる顔が無い。恥ずかしい。そんな感情を抱いていた。

 いつしか、俺が避けているように感じたのだろう。連絡はこなくなった。

 考えてみれば、父親だってそう感じたのかもしれない。 

「俺の事は、放っておいてくれ」

 と、そう見えたのだろう。  


 そう考えれば俺のほうにこそ、原因があったように思える。


 母親が俺の親権を放棄したのは、間近でそんな俺をずっと見てきたからかもしれない。

 父親との話に母親の話は出ない。俺のちょっとした報告、父親からの質問に対する回答。

 そんなもんだった。父親も母親の話は俺にはタブーだと思っているのかもしれない。

 でも、俺は……。


 考えに更け込んでいると――ポンと肩を叩かれる。

「――何ですか?」


 俺は真後ろの銅像へ振り返って、八つ当たり気味に言ってしまった。

 そこには銅像の脇から顔を出していた美咲が俺の声にびっくりして固まっていた。

 駅にある時計を見ると、いつの間にか待ち合わせの五分前。


「う゛、明人君怒ってる? もしかして、私遅かった?」


 美咲は固まったまま、目をうるうるとさせ始める。


「あああっ、ごめん。美咲と思わなかった」

 ぐすっと鼻をぐずり、俺の顔をうかがう美咲。悪いことしたな。


「……本当に怒ってない?」

「全然、怒ってない。俺が怒ってたのは自分自身に対してだから」

「そっちはそっちで気になる……。てっきり昨日のこと怒ってるかと思った」

「ああ……昨日ね。あれは俺のせいじゃないでしょ」

「分かってるんだけど……」


 ああ、そうだ。昨日の最後でやらかしてくれたんだった。


 昨日の夜、美咲をいつものように送ったとき、春那さんに寄って行くように言われた。

 わざわざアパートの前で俺達を待っててくれたので、断るのは悪いと思ってお邪魔させてもらった。

 部屋に入ると、そこにはちょっとしたホームパーティでもするかのように料理が並んでいる。

 これ何種類くらいあるんだって思うくらい小鉢が並んでいて、しかもどれも美味そうだった。


「君たちへのお祝いだ。明日二人でデートなんだろ?」


 春那さんは飲物を冷蔵庫から出しながら嬉しそうに言った。


「大げさですよ。二人で水族館いくだけだし。ねえ?」

「そ、そうだよ春ちゃん。大げさだよ。ねえ?」

 春那さんにとっては、俺と美咲がくっつくことを望んでいるのか。


「それでもめでたいんだ。私が祝ってやりたいんだ。明人君はどうせご飯もまだだろ? そこまで遅くは付き合わせないから、食べていきなさい。明日に響いても困るしね」


 俺と美咲はジュースで、春那さんはお酒で乾杯。

 

 正直、料理は半端無く美味かった。

 春那さんのお手製だったらしいけれど、俺が弟子入りしたいくらいだった。

 春那さんはよっぽど嬉しかったのか、ガンガンと勢いよくグラスを空けていく。


「あの美咲が男とデートだなんて、まったくもってめでたい」

 酒のせいか、春那さんがちょっと親父臭くなってきたけど、大丈夫かな?


「春那さんって酒強いの?」

 俺は美咲に小声で聞いてみた。


「私と違ってざるだよ。私、コップ1杯で吐く自信あるよ」

 俺と美咲が小声で話していると、春那さんが自分の横の床をパンパンと叩いて、 

「明人君、ちょっとこっちに来てくれないか?」

「変なことしないでしょうね?」

「しないしない。しないからこっちに来たまえ」

 言われたとおり横に座ると、

「――嘘に決まってだろ」

 と言って、いきなり抱きつかれた。

「やっぱり明人君は可愛いなー。お姉さんとも遊ぼうじゃないか」


 そう言って、春那さんは俺の頭を自分の胸へとぎゅうぎゅう押し当てる。

 やべえ、超ハッピー。ちょこっと酒臭いけど。それ余裕で上回る気持ちよさだ。

 抵抗するつもりはあるんだけど、何故か力が入らない。


 ーーカツン。


 その音に、ぴたっと動きが止まる春那さんと俺。

 そっと音がした方向を見てみると、テーブルにアイスピックが突き刺さっている。

 冷笑を浮かべた美咲がポツリと呟く。


「そんなにくっつきたいなら繋げてあげるよ? ーーこれで」

 と、テーブルに突き刺さったアイスピックを持ったまま言った。


 マジで怖いから。

 春那さんはむーっと唇を尖らしながら俺から離れる。


「はいはい。わかったよ。美咲は相変わらずケチだな。私にも少しくらい遊ばせてくれ」

「駄目って言ってるでしょ」

 むすっとして美咲は言った。


「明人君。残念だが、サービスタイムは終わりだ。またの機会を楽しみにしててくれ」


 心からお待ちしております。

 そう俺が心の中で思った瞬間、俺の首には美咲の腕が絡みついていた。


「み、美咲さん?」

「みみさきなんていないわよ。それよりも明人君。――今のは駄目だ。絶対に見逃せない」


 いつもよりも低く暗い声。

 あまり聞いたことが無いような、言うなれば黒美咲の声。


「な、何がでしょうか?」

「今、春ちゃんが言った後、『心からお待ちしています』って思ったでしょ?」

 少しずつ美咲の手には力が加わっている。

 何故分かる。

 前にシンパシーとか言ってたけれど、そんなレベルじゃねえだろ。


「や、やだなあ。そんなことあるわけ無いじゃないですか」

「ふふ、その誤魔化しかたは確定だね。では、逝こうか?」

「え、ど、どこに?」

 分かってるけど答える。 

「それはお約束だね。おしおきだああああああああああああああああああ!」

 

 と、まあ昨夜こんなことがあったわけである。

 

「でも、やっぱり明人君もいやらしい顔してたもん」

 美咲は少しばかり自分を正当化している。

「今日はその話もう止めましょうよ」

 俺がそう言うと、美咲はにっこり笑って、

「そうだね。今日はいっぱい楽しもうね、明人君」


 そういって無邪気に切符売り場へと足を進める美咲。

 相変わらず年上に見えない行動だけれど、美咲の言葉どおり俺も楽しもう。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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