219 校外学習その14
結局のところ、響との約束は成立したのだろうか。
俺がそう思うのも、響はどうやら生徒会室にいたようで、俺が返事をする前に『きゃあっ!? ちょっと、何するんですか!』と響が悲鳴を上げ、『ごめんなさい。副会長が邪魔するの。また、後でね』と言って、電話を切ったからだ。副会長の南さんか……。あの人、響のこと狙ってるんだったよな。性的な意味で。最初は常識人だと思えたのにな。それはともかく、生徒会の仕事はこの間の昼休みに垣間見ただけだったけれど、生徒会は色々と忙しいのだろう。生徒会長の北野さんは激しい人だから、響ら生徒会役員は休む間もほとんどないのじゃないだろうか。
しかし、響とデートするにしてもどこ行けばいいんだ?
確かに試験の後であれば、デート自体は問題ない。土曜日にシフトが当たっていなければいけるだろう。
デートプランを考えるのも、学校の昼休みを使えば響と相談することも可能だろう。その時には愛とのデートの時に買った本が役に立つかもしれない。愛とのデートの時はまったく役に立たなかったけれど。
ぼやっと考えていると、目の前の信号が青信号に変わっていたことに気付き、俺は急いで自転車を先に進めた。信号が変わってから少しばかり時間がたっていたのか、横断歩道の半分ほどで信号は点滅を始める。
自転車を進めながら、響の事を考える。思えば、今日の響は少しおかしかった。やたらとアピールというか、俺への接触を図っていたように思える。確かに本人が前にアピールは大事と言葉にしていたけれど。
☆
ぼやぁっと考えながら道を進めているうちに、てんやわん屋にたどり着く。
愛の勉強を見た時間でいつもより少し遅い時間だ。店長にも連絡を入れてあるので問題は無い。
いつもの場所に自転車を止めて、従業員用の扉から入ると、カウンターに美咲と店長の姿が見えた。
今日、校外学習で俺の班を担当したことでも話していたのだろう。
「すいません。今から入ります」
「あ~、明人君。もう、来たのかい? 思ったより早かったね~」
店長はいつもの薄ら笑いを浮かべて言う。
更衣室のロッカーに荷物を置いていると、「じゃあ、美咲ちゃん。あと、よろしくね~」と、店長の声が聞こえてきた。どうやら、裏屋に戻るようだ。
俺も急いで準備をして、カウンターに向かう。
校外学習で一緒にいたせいか。一度別れて場所を変えての再会というのは、何か奇妙な感じだ。
お仕置きをされたけれど、機嫌が悪かったのはお仕置きの時だけで、別れ際には機嫌が良さそうだったから、お仕置きの続きということはないだろう。
しかし、何故かカウンターの美咲は、不機嫌そうに俺を睨んでいる。
なんで、そんな不機嫌そうな顔で睨むんだ?
実はお仕置きが足りないと思っていたのか?
いや、そんなことは無いはずだ。別れ際には、いつもの感じの美咲になっていた。
カウンター内の美咲は手招きして、カウンター内に俺を招く。
開口一番、いつもの笑顔で、
「さて、明人君お話を聞こうじゃないか。どういうことかな?」
怖いよ。
「ーーところで何の話?」
俺が首を傾げて聞きなおすと、美咲の眉がぴくっと跳ねる。
「えー、明人君分かってるでしょう?」
美咲は笑顔を崩さずに言うけれど……何の話だろう。
それより、その笑顔止めて逆に怖いから。
とりあえず思いつくことを言ってみるか。
「えーと、今日遅れたこと?」
「ほうほう。それで?」
「ちょっと、愛ちゃんの勉強を見てたんだけどさ。店長からも聞いてるでしょ? それに勉強を教えるって話は、前にも言ったはずだけど?」
「うん。それは前にも聞いた」
「え、じゃあ何の話?」
「それ今日からって言った?」
美咲は笑みを深めて言った。
「え?」
「おかしいよねー。今日は大学であれだけ私と顔を合わせてたのに、今日から勉強会するって一言も聞いてないんだけど? それに愛ちゃん病み上がりだったんじゃないの?」
「いや、その時にはまだ決まってなかったんだって、それに愛ちゃんは回復してたし」
「ほうほう、決まってなかった……。それに回復してた……。それで?」
俺の言葉を繰り返し呟く美咲。なんの意図があるのだろう。
このパターンって嫌な予感がする。お仕置きの時間が近付いているような……。
「学校に戻った時に、愛ちゃんが聞きに来てさ。んで、今日からってことになったんだ」
多少、省略したけれど間違いは無い。
美咲はうんうんとうなづいて、
「うん、わかった。今回は私の思い違い。ごめん忘れて」
ぱしっと両手を合わせると、俺を拝むようにして謝ってくる。
あれ、思ったより簡単に納得してくれた。謝るほどのことじゃないと思うけど。
「そうかぁ、帰ってから決まったんじゃ言えないよね。しょうがないよね」
美咲はそう言いながら表情を緩めて、身体をカウンターに向けなおす。
それから、ふと、思いついたように聞いてきた。
「それでどうだったの? えーと、愛ちゃんとのお勉強会」
「強敵ですね。基礎からやりなおしたほうがいいって感じ」
愛の今の状態なら、難易度は高いだろう。
「あら、そうなんだ。じゃあ、響ちゃんにも協力してもらった方がいいかもね」
考えたこともあったけど、響は生徒会やら習い事で忙しいだろうから引け目を感じるんだよな。
言ったら言ったで、手伝ってくれるだろうけれど、負担ばかりかけるのは申し訳ない。
「まあ、自分の復習だと思って、根気よくやってみるよ」
自分では、無理があるだろと思いながら答えた。
響の話が出たところで、俺はまた重要なことを思い出す。
「ああ、そうだ。これもついさっきの話なんだけど」
俺は美咲に、ここに来る途中電話で響とデートの約束をさせられた話を切り出した。
「はい?」
美咲の目が点になる。
「約束っていうか、まだ返事もしてないんだけどさ。試験の後って話だから断る理由もないし」
と、ここまで話したところで、美咲の顔がみるみる不機嫌なものへと変わっていく。
「なんで、こう……」
美咲ががくっと俯いて小さく呟いたと思うと、一瞬で俺の真後ろに移動して首に手を回す。
あまりに素早さすぎて対応できなかった。
「お仕置きだあああああああああああああああああ!」
「ぐあああああああああああっ!? なんでぇええええ?」
ーー数分後、なんとか落ちることなく解放されたが、美咲の不機嫌顔はまだ戻っていない。
「そりゃあさ、別に明人君が誰とデートしようと構わないけどさ。こうも次々と違う相手とデートってのはどうかと思う。しかも、みんな可愛い子ばっかりだし」
そんなこと言ったって、俺が誘ったわけじゃないし。
それにーー
「それを言ったら、ちょっと困る」
「なんでよ?」
美咲は俺を睨みつけながら聞き返す。
「だって、今度の土曜日二人とも休みだったら水族館に行こうって、美咲と約束したじゃん。これも言ったらデートでしょ。俺、ちゃんと覚えてるし、店長に土曜日はどうかって聞こうと思ってたんだぜ?」
そう言うと、美咲は急激に顔を真っ赤にして慌てだした。
「え、あ、いや、確かにそれはあれだけど、それはそれっていうか、あれはあれっていうか」
あれそればっかで、わかんねえよ。
「……まだ、不確定なわけだし」
「じゃあ、今聞いてくる。ちょっと店番してて下さい」
俺は立ち上がり裏屋へと向かう。美咲は呆気にとられたようで「う、うん」と頷くだけだった。
――結果を先に言うと、美咲とのデートが確定した。
店長に相談しに言ったら、今度の土曜日は運送会社の都合で無理になったそうである。
今週は平日の午前中に何とかするらしく、俺らに頼むことは今のところ大丈夫のようだ。
ただ、アリカが試験休みに入った分、俺が裏屋に入る時間があるのでよろしくと言われた。
表屋に戻ってきて、美咲にこの事を言うと、
「え、土曜日はお休み確定? ってことは……」
なんか美咲の周りからぼふんって湯気が上がったように見えたけど。
「土曜日は水族館に行くってことで。都合悪いなら、また今度にするけど」
「え、ないない。バイトが無いなら全然暇してるし、基本引き篭もりだから家にいるし、春ちゃんが予定入れてきても排除するし、零時から次の日の零時まで予定なんかまったくありません」
いや、そこまで強調しなくてもいいから。
「じゃあ、デート決定。どうせ暇だし、今からスケジュール立てようか」
「うん!」
電車の時間や、水族館の開店時間、食事場所の候補を上げていく。(弁当は断固として断った)
まだ日数はあるから、ついでに寄りたい所や寄ってみたい所をお互い調べて持ち寄ることに決まった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。