218 校外学習その13
すべてが苦手。得意なものはない。
そう言ってのける愛だが、少しくらいは分かるだろう。
仮にも、この四月に入学してから授業を受けているのだからと、俺は愛の言葉を戯れ言のように受け止めた。
まあ、とりあえず確認してみよう。
愛の鞄の中にある教科書を出してもらう。
現国、数学、英語、生物の教科書が出てきた。
去年、俺が使っていたものと全く同じ。
これなら大丈夫。俺もある程度自信を持って教えられる。
まずは現国からいくか。テストに出るならまずは漢字だな。
書くのは無理でも読みはできるって子も多いからな。
俺は自分のルーズリーフに、「鐘」「促進」「帰省」「破産」と書いた。
「これはなんて読むかな?」
愛に見せてみる。
「あー、どっかで見たことあります」
まあ、それはあるだろう。
「えーと、か、か、か......」
これは即答しようよ。実はわかってるでしょ。
「あ、わかった。一つ目のは、かわらですよね?」
かわら? なんで一文字増えてるんだよ
「えーと。何でそう思ったの?」
「金偏に童ってだから、かわらだと思ったんですけど......違いましたか?」
あー、分解してくっつけたわけね。
うん、たまにあるかもしれないよね。
「じゃあ、次のは?」
「えっとぉ、なんとかしん、なんとかしん」
しんの部分は合っている。
さすがにこれは間違えないか。
「あっ、ざんしん! っと、その顔は違いますね。えっと、なんとかしん、なんとかしん......へんしん?」
ま、まあ、知らないならしょうがないよな。
「じゃ、じゃあ、次いってみようか」
「これはわかります」
おお、自信満々だ。簡単なの入れといて良かった。
「きしょうです」
「え?」
マジだ。愛はマジで「きせい」を「きしょう」だと思ってる。
すげえ自信満々の顔してるし。
どうしよう。それぐらいわかりますって、どや顔してる。
俺はふと、愛からのメールを思い出した。
考えてみれば、愛から送られてくるメールには、俺には理解不能のスラングとかがあって、読みづらいものがあった。だが、もっと読みづらかったのは、ほとんど漢字が使われていなくて、平仮名やカタカナばっかりだったからだ。読みにくいはずだし、長文になるのも頷ける。
これは最後のも無理っぽいな。
「じゃあ、これは?」
「えっと、これもどっかで見たことがありますね。どこでしたっけかなー」
愛は「破産」と書かれた字に顔を近づけてじっと見る。
「あー、思い出しました。『あらんかる』です」
それ、『破面』ってやつだよね?
その漫画、俺も好きだよ。
なんかさ、やたらとスペイン語風なのが出てきてさ、ついスペイン語調べちゃったりなんかしちゃってさ。
乗りツッコミさせんじゃねえよ。
危なく調子に乗りすぎて口に出るところだったじゃねえか。
俺はそういうキャラじゃないんだよ。
うーん。これは手強い。
次に漢字を書いてもらったのだが、線が一本多かったり、少なかったりしたのは可愛い方で、謎の漢字が生まれてたりもして、少し楽しかった。
次に数学。案の定、公式をまともに覚えていなかった。
数学よりまず算数レベルを調べることにした。
足し算、引き算までは良かったが、掛け算から急に怪しくなった。
どこまで戻ればいいんだろう。
念のため、九九を聞いてみる。
「ーーしちし28。しちご35。しちろく、あ、しちろく42。しちし48。しちは56、しちく63」
一つだけ数字が一個足りなかったよね。
「ーーはちろく48。はっぱ64」
はちしちはどこに行った。迷子か?
これはまずい。
この子はマジでやばい。このままじゃ、留年するかもしれない。
どうやって、この高校に合格することができたのだろう。
俺が不思議がって、愛の顔を見つめていると、愛は照れ臭そうに頭をぽりぽりと掻く。
「明人さん。お恥ずかしながら、これが愛の実力なのですよ。だから、助けてくださいね」
小さく手を合わせて、俺にお願いする愛。
こりゃあ、根気よくやらないと無理っぽいけど、やるだけやってみるか。
このときの決断が後で後悔することにもなるが、こうして俺と愛の放課後勉強会が始まったのである。
☆
愛の実力を知った俺は、今日はもうやめにして、バイトへ向かうことにした。
二人で相談して決めたのは時間。
愛の部活がある日は30分、部活がない日は一時間ということになった。なるべく長くと愛はごねたが、一時間以上となると、さすがに俺もバイトがあるから困るし、愛も買い物や、家事とかもあるので、色々と困ることもあるだろう。最終的には愛が折れてけりがついた。
バイトへ向かおうとする俺に帰宅途中に買い物をして帰るといって、愛がついてきた。愛はわずかばかりの時間であったが、嬉しそうにしている。
前と同じ交差点。愛とはここでお別れだ。
「明人さん、バイト頑張ってくださいね」
「ああ。愛ちゃんも帰り気を付けて。ちゃんと勉強もね」
「はーい。では、愛は戦場に行って参ります」
びしっと敬礼して、愛は目的のスーパー目指して行くのだった。
俺も『てんやわん屋』を目指し自転車を漕いでいく。
信号に捕まり、待っていると携帯の振動音に気がついた。
取り出してみると電話の方で、相手は太一である。
何かあったのかなと思って、電話に出てみる。
『おい、明人。お前、響と会ったか?』
俺は「いいや」と答える。
俺は愛と一緒に自習講堂にいたことを告げた。
『何か、響がお前を探して学校中をうろついてたって、長谷川が言っててさ。それ聞いてから響を探したんだけど見当たらなくてよ』
響が?
なんの用事だろうか。俺は太一に響へ連絡してみると言って電話を切った。
響からは着信履歴も何もない。
なんだろうかと思い、響に電話をかけてみた。
『……はい』
響にしては沈んだ声。
「太一からお前が探してるって聞いたんだけど。俺、今バイトに向かってんだよ」
『そうよね。バイトだものね』
「どうした?」
『明人君を探してたのは本当よ。でも学校で迷っちゃって、結局たどり着けずだったの』
迷ったのか。
「電話すれば良かったのに」
『生徒会室に置いてたのよ。ちょっと、焦ってたのかもしれない』
「何で?」
『言ったでしょ? 今日は欲求不満になったって』
響は大学から帰るときに確かにそう言った。
『確かに今日は友達もできて楽しかったけれど、同時に不安になったわ。私に普通の友達ができたら、明人君が離れていくんじゃないかって』
「そんなことあるわけねえじゃねえか」
『愛さんのこともあったし……明人君は愛さんと会ってたの?』
「ああ。勉強教える約束してたから」
ほんの少しの無言。
『……そう。ねえ、明人君、私とも約束してくれる?』
「何のだよ?」
『試験が終わってからでいいから、私ともデートをしましょう』
「……」
まさかの言葉にぽかんとして声が出なかった。
すると、急にいつもの響の口調で、
『言い方を変えるわ。私とデートをしなさい』
と、淡々と言った。
何でそんな命令形なんだよ!?
『どうなの? イエスなの、了解なの。どっち?』
選択肢1個しか示してねえじゃねえか。
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