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帰路  作者: まるだまる
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217 校外学習その12

 暗号解読には5人の頭を絞ってもなかなか解けるものではなかった。

 書いた張本人ですらわからない部分も多くあったからだ。


「ふ、普段の字はちゃんと読めるんだからね」

 と、長谷川は自分のノートを見せて言う。

 まあ、確かにノートの字は丁寧で奇麗な字をしているから読める。

 しかし、時間がなかったからといって、この走り書きはいただけないぞ。


「ち、千葉ちゃんは分かってくれるよね?」

 長谷川は太一の袖を掴んで助けを求める。


「良いところ紹介するぞ? 一ヶ月くらいで字がまともになる」

 突き落としていた。長谷川には容赦ない太一だった。

 ショックを受けた長谷川は机の角に「のの字」を書きはじめ現実逃避しはじめる。


「いんちょ」


 柳瀬が現実逃避しはじめた長谷川の肩にポンと手を置いて呼ぶ。

 長谷川は柳瀬が慰めてくれると思ったのだろう。

 ちょっと嬉しそうな顔で柳瀬の顔を見つめる。


 しかし、柳瀬は、

「のの字よりも、永久の永にしな。あれは字がうまくなるすべての要素が入ってるってお母さんが言ってた」

 さらに突き落としにかかっていた。


 しかも人から聞いた情報そのままに。

 いや、確かにあってるけどさ。間違いじゃないけどさ。


 柳瀬の言葉を聞いて、長谷川が硬直した。

 どうやら、今までで一番ショックが大きかったらしい。

 放心状態に入った長谷川を置いといて、俺たちは暗号解読にかかる。


「てか、自分が言った意見をもう一回言えばいいんじゃねえの?」

 と、俺が太一、川上、柳瀬に言うと、

「覚えてるわけないじゃん」

 と柳瀬が言い、残る二人もうんうんと頷いた。


 四苦八苦しながらも、何個か解読に成功したものを抽出。

 それを箇条書きにしていく。


 箇条書きにしたところで、菅原先生が立ち上がり、解散と号令をかける。

 あとは各班毎に相談してやりなさいと言って、教室を去っていった。


 課題も大事だが、俺としては先に済ませたい用事がある。

 まあ、愛の件である。


「悪い。今日は抜けさせてくれ、穴埋めはちゃんとするから」

「え、別にいいよ。うちらも今日は終わるつもりだったし」

 川上と柳瀬はプリントをまとめると、長谷川にひょいと手渡す。


「いんちょに預けるね。また、明日やろう」


 帰る準備をして、教室から出ようとすると、太一が声をかけてくる。


「明人、バイトか?」

「それもあるけど。ちょっと、愛ちゃんところ寄ってからだ」


 ん? と、首を傾げる太一。


「今日は弁当もないし、何しに?」

「勉強を見るって約束しててさ。さっき、今日からみたいなことを言われたんだけどさ。返事もしてないんだよ」


太一は黙考する。

 すると、すぐに納得したかのように手をポンと叩く。


「ああ、そこに響が現れていつもみたいになったってところか」

「ビンゴ」

「お前も大変だなー。まあ、頑張れや」

「じゃあな」と言って教室を出ようとしたとき、俺はふと、思い付いたことを太一に聞いてみる。

「どうせなら、お前も一緒にやらね? 試験近いし」


 すると、太一は手を大きく振って、

「いい、いい。いい話だけど、勉強ってのが嫌だわ」

 太一らしい答えが返ってきた。


「それに、あれも気になるしな」

 太一の視線が、帰る準備もせずにプリントを眺めている長谷川へと向かう。


「あいつ馬鹿だから、絶対自分で先に進めておこうとするからさ。ちょっと手伝ってから帰るわ。ま、明人は気にせずに愛ちゃんのところ行ってこい。明人や川上らの分も俺でなんとかなるだろ。頭悪いけどな。じゃな」


 そう言って、太一は椅子から立ち上がると、長谷川の方へ向かっていった。

 本当に太一には頭が上がらない。


 二人の間には、俺の知らない歴史がある。

 長谷川をよく知る太一だからこそ、できることなのだろう。

 俺は太一の言葉に甘えて、教室を後にした。


 ☆


 一年生の教室がある一階に移動して、愛のクラスにたどり着く。

 クラスを覗くと愛と花音、瑠美の三人が固まって話をしていた。

 覗いたところで、俺に気づいた花音と目が合った。


「愛、ほら」

 バシバシと愛を叩こうとする花音。


 即座に反応して「よっ、はっ、とっ」と言いながら、花音の攻撃をすべて防ぐ愛だった。

 響が愛の運動能力は高いと言っていたのも頷ける気がした。


 愛も気づいたのか、俺のいる教室の入り口にくるりと振り返る。

 俺を視認したと思ったら、一瞬で俺の目の前に移動した。

 やっぱり、瞬歩使えてるよね?


「明人さん。何の御用でございましょうか?」


 愛は目をキラキラさせながら俺ににじり寄ってくる。

 俺は少しずつ後ずさりながら、

「いや、さっきの返事。ちゃんと答えてなかったし」

「あら、まあ。さっすが愛の明人さん。愛の事を真剣に考えて下さっているんですね。愛、嬉しいです」

 さらに距離を縮める愛。


「それで今日からでもと、言いにきたんだけど」

「では早速、体育館の倉庫にでも行きましょうか」


 ごめん。意味がわからないんだけど。


「学校でのいちゃらぶと言えば、体育館の倉庫が定番じゃないですか」


 そうなの!? それって定番なの?

 いや、そもそも間違ってるよね?

 いちゃらぶじゃなくて勉強の話だ。


 すたすたと近づいてきてスパーンと愛の頭をノートで叩く瑠美。

「この色ボケが! ちゃんと話をせんかい!」


 愛は頭を抱えてうずくまり、無言で瑠美を睨んでいる。

 瑠美ちゃん。君こそ俺に必要な相棒かもしれない。

 是非、一緒に勉強してくれないか?


 ☆


 愛の暴走が多少あったものの、愛の勉強を開始することになった。


 場所は図書室ではなく、図書室の隣にある自習講堂。

 図書室では会話は慎まねばならず、勉強を教える環境としてはやりにくいところもある。

 そんな生徒の要望でできたのが自習講堂である。

 ここでなら多少の喋りでも文句を言われることなく勉強することができるし、資料が必要であれば扉一枚くぐるだけで図書室から持ってこれる。グループ課題等にはもってこいの場所なのだ。


「へー、こんなところがあったんですね。愛、知らなかったです」

 愛はキョロキョロと自習講堂を見て呟く。


 講堂の中は思ったよりも人が多くて、席は半分ほど埋まっていた。

 よく見ると二年生ばっかりだ。これはまずい。

 利用者は少ないだろうと思って、ここを選んだが、この状況は俺にとってよくない気がする。


 おそらく、ここにいる二年生は、今日の校外学習の課題をさっさとやっつけてしまおうと集まったのだろう。

 そんな中、噂の一人と勉強会など鴨が葱をしょってきたどころの騒ぎではないような気がする。

 とはいえ、他に勉強ができそうなところなんて思い浮かばない。

 愛の言う体育館の倉庫は根本的に間違っている。


 俺はなるべく目立たぬように隅っこの席を選び、愛と並んで座った。

 愛は席に座ると同時に俺の席に身を寄せて俺との距離を縮めてくる。


「愛ちゃん」

「はい。何でしょう?」

「もう少し、離れようか?」

「……はい」


 俺の真剣な目を見て、愛は納得できたのか、素直に元の位置に戻ってくれた。

 とりあえず、愛のレベルチェックから開始しよう。


「まず、得意科目と苦手科目から聞こうか?」

「得意なものはありません」


 即答だった。


「じゃあ、苦手は?」

「全部です。おーるです。愛の成績は基本1かあひるさんだと思ってください。中学時代の最高はあひるの行列でした」


 愛の目は真剣だった。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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