216 校外学習その11
響、お願いだから手刀をしまってくれないか。
非常に話しづらいし、時折、喉に軽く触れてゾクッとするんだ。
「どういうことかしら?」
響の左眉が小さくピクピクとしている。
美咲の時とは、全く違う反応なのはどうしてだ?
それにどういうこともなにも、勉強が苦手な愛に勉強を教えるだけだ。
どちらかというと、人助けだろ。
テストの結果で赤点が無ければ、俺とのデートにつながっていくのだけれど。
しかし、それは結果を見なければわからないことだし、こんな短期間で結果が出せるとは思えない。
とはいえ、愛にとって無茶な条件を出したのは、この俺自身なのは確かで、愛の言う通り俺が責任を取って教えるのは致し方ないとかなとも思ったわけで。
バイトに行く前に少しばかり付き合えばいいかなって、簡単に考えたんだけど。
それって、手刀を突きつけるほどの事なのか?
とりあえず、響の機嫌をこれ以上損ねないようにして答えよう。
「――こら、東条! 君は何をやってるんだ。さっさと教室に行かないか」
答えようとしたところで現れたのは坂本先生。
響はその声に手刀を下ろし、俺の襟首から手を外す。
「あれ、木崎? それに......一年の愛里じゃないか」
坂本先生は俺と愛がいるのを見て、おたおたしはじめた。
「き、君たち、も、もしかして、ち、痴話喧嘩か?」
落ち着け独身。
高校生相手に狼狽えるな。
「違います」
響の方が落ち着いて答えている。お前はもうちょっと慌てろ。
さっきの状況からすると、明らかに加害者はお前だぞ。
愛に関しては、坂本先生が現れたことより、俺の返事を先に聞きたいのか、チラチラと俺に視線を飛ばしてくる。
「しゅ、しゅしゅしゅ修羅場か!?」
だから落ち着け29才独身。
てか、俺の首を絞めようとするその手はなんだ。
「明人君。いえ、木崎君に質問していただけです」
その通りだけど、それだけだと襟首掴んだり、手刀いらないよね?
てか、その前に坂本先生に捕まってスリーパーホールドされて苦しいから助けてくれないか?
俺はつくづく歳上の女性から首を絞められる運命らしい。
「事情はともかく、もうすぐHRでしょ。さっさと教室に入りなさい。愛里たちも着替えないと駄目でしょ。君たちも行きなさい」
そう言うんだったら、俺も離してください。
「「……はい」」
響も愛も俺からの回答を得れなかったのが、少し不満げに見えたが、坂本先生のいう通りそれぞれ移動していった。
俺はというと、まだ坂本先生に捕まったままである。
そろそろ離してもらっていいですか?
「ふぅ」と、小さくため息をつくと、坂本先生は俺を解放した。
「木崎、何があったか知らないが、もうちょっと時間と場所をわきまえろ」
坂本先生は呆れたように言った。
「お、俺が悪いんですか?」
理不尽な気持ちでいっぱいになる。
「君が悪いとは言わないけれど。原因は君の行動ではないの?」
呆れ顔のような、何やってんるんだお前みたいな目で言われても。
いや、確かに俺の行動が発端なのかもしれないけれど。
「とりあえず、君も教室に行きなさい。菅ちゃん、もう行ってるかもしれないよ? この件は、日を改めて聞くことにする。いいね?」
坂本先生は俺をびしっと指差し、俺の目をじっと見つめる。
まるで逃げたらわかってるだろなと念を押しているようだ。
そんな目で言われたら、返事は一つしかないじゃないか。
「はい……」
大したお咎めもなく、解放されたのだが、納得できない部分もある。
まあ、それはともかく響の方は後にするにしても、愛の方へは早めに返事くらいすべきだろう。
勉強を教えるといっても、まず愛のレベルを見なければ話にならない。
本人は壊滅的だと言っていたが、何がどう駄目で壊滅的なのか。
スケジュールを建てるにしても、赤点さえ取らないようにするならば、押さえるべきポイントを俺が知る必要がある。
そんなことを考えながら教室に入ると、先に戻っていた太一と長谷川が寄ってくる。
「お前、今度は何やったんだよ?」
「木崎君、大丈夫だった?」
それぞれに心配してくれたようだが、安心しろ。
この後が不安なだけだ。
身も蓋もないがそれくらいしか言えん。
俺が自分の席に着いたところで、担任の菅原先生が教室に入ってきた。
入ってくるなり、連絡事項をささっと読み上げる。
この後の時間は校外学習の班に分かれて、課題を少しでもまとめていくようにと告げられる。
「毎年、この課題は時間かかってるからね。先生からのサービスと思って。今、やりなさい。提出期限は今週の金曜日。朝に集めるからね」
そう言うと、菅原先生は教室の前に置いてあるパイプ椅子に腰を掛けてペンを片手に書類とにらめっこを始めた。色々と教師側にもやることがあるのだろう。
指示された生徒たちは、それぞれの班に集まっていく。
俺たちは長谷川の席を中心に集まった。
長谷川が大学で書き込んだメモ書きをみんなの前に示す。
メモ書きされた紙を見て、誰も意見を口にしない。
俺たちが言った意見もカオスだったが、そのメモ自体もカオスだったからだ。確かにあの時はみんな好き放題意見を言って、それを長谷川が必死でメモに書いていたが、何て書いているかすら俺には読めない。
「まず......この暗号を解くことからだな」
「......そうだね」
俺の言葉に柳瀬が呟き、川上と太一は何も言わず頷いた。
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