213 校外学習その8
カニタ食堂。
大学設立からある食堂らしく、和洋中とメニューが豊富で、値段も安い。
在校生にも人気の高い食堂だそうだ。
駅前にあった本店が、大学からの要請を受けて出店したのが、そもそもの話らしい。
俺達の班以外も、カニタ食堂を選んだところがあったようだ。
すでにテーブルに着いて、食事をしている班もあった。
値段を見るとかなり安い。
一番高い満腹大盛り定食でも五〇〇円だった。
「ここはコスト度外視で、学生に古くから安く提供してくれてるの」
美咲が簡単に説明してくれた。
それぞれ食券を購入。
券売機だけでも、和洋中の三種類が三台ずつ並んでいて、混雑に対応できるようにしているようだ。
食券を食堂のおばちゃんに渡すと、手早く準備してくれた。
俺が買ったのは、エビフライ定食。四〇〇円と安値だった。
ご飯に味噌汁、エビフライ二匹、一口大のナポリタンスパゲッティ、フライポテト、サラダにキャベツの千切り、それと漬物が付いていた。
ご飯もおばちゃんの気分次第な感じで、俺が男だからか、多めに入れてくれたようだった。
これで四〇〇円は安い。
美咲は、ホイコーローとチャーハンの小をそれぞれ単品で頼んでいた。
長谷川は鮭の塩焼き定食、太一は、豚カツ定食を頼んだようだ。
川上と柳瀬が券売機の前でギャーギャーとうるさいが、どうやらどれにしようか迷っている様子。
いいから早く選べ。
結局、柳瀬はオムライス、川上はテリヤキ定食を注文したようだ。
食堂の奥にある大きめなテーブル席へと移動した。
響達もそれぞれ注文したものを手に俺達の後に続く。
響はパスタを選んだようだ。
ホワイトソースのかかったパスタに見えるけど何だろう。
大きなテーブル席の一番奥に太一が座る。
俺は太一の横に座り、俺に続いて座ったのは響だった。
反対側には、長谷川、川上、柳瀬が続き、その後に美咲が座った。
遅れて響たちの班も空いた席へと男女に分かれて座る。
響の正面が固まらない三人だったのはちょうど良かった。
いただきます、とそれぞれが食事を口にしていく。
「あ、うまい」
「これ、お母さんのよりいいかも」
柳瀬がぽつりと言った。
比べる基準が違うような気がするけど、まあ、よしとしよう。
俺が頼んだエビフライも身がしっかりと入っていて、値段以上のものに感じた。
フォークとスプーンを使い、くるくるとパスタを巻き取る響。
ぱくっと小さな口を開けて放り込む。
もぐもぐ、としばらく噛み、こくんと喉を鳴らす。
「……」
響、お前無表情なんだから何か言えよ。
美味いかどうかわからないだろ。
とりあえず聞いてみた。
「美味いか?」
「ええ、とてもいい感じよ」
だから、無表情で言われても、そう思えないって。
「……そうか」
「一口食べてみる?」
響はくるくるとフォークにパスタを巻き付けて、手を添えて俺に差し出す。
「はい、あーん」
いや、それ無理だから。
てか、なんでほかの奴の目の前でできるの?
恥ずかしくないの?
川上と柳瀬を見ろ。ジト目でこっち見てるじゃねえか。
他の奴は見て見ぬ振りをしてくれてるけどさ。
「恥ずかしいって!」
「あら、愛さんはよくて私は駄目なの?」
おうふっ。痛いところを突きやがる。
愛とのデートで見ていたからな。
これは腹をくくった方がいいか?
口を開けようとした途端、冷気に襲われる。
この感じよく知ってる。俺に危険が近付いてる証拠だ。
周りを見ると視界にいる美咲が、目だけ笑いながらこっちを見ている。
あれは笑ってねえ。絶対、笑ってねえ。
「ほら、早く」
口元にパスタを持ってくる響。
どっちがましだ?
これを食べなかったら、響は怒るかもしれない。
食べたら食べたで、美咲からまたお仕置きされるかもしれない。
これ、どっちも引けねえじゃねえか。何、この罰ゲーム。
腹をくくり、美咲からのお仕置きを選択した。
間違ってるかもしれないけれど、美咲からは逃げれば何とかなると思うことにしよう。
ぱくっと響の差し出したパスタを口にする。
ホワイトクリームの中に入ったチーズの濃厚な匂いが鼻腔に充満する。
「あ、これ。美味い。チーズがすっげえ美味い」
マジで美味かったので、思わず口に出た。
「でしょ。好みがあって良かったわ」
響の口角が少しばかり上がったのが見えた。
もっと素直に笑えよ。可愛いのにもったいないと思う。
それより、急に美咲が手帳を取り出して何やら書きだしたのが気になる。
あれかな。乙女のメモ帳とか言うやつかな。
あれの中身って、ろくな事書いてないから怖いんだよな。
この間は俺を道連れにして死のうとかって書いてたし。
書き終わった美咲の笑顔が超怖い。
美咲の目が『分かってるよね?』と訴えてるように見えるのは何故だろう?
気のせいだと思いたい。
食事が終わり、ちょっとした雑談タイム。
川上と柳瀬が響に一生懸命話しかけている。
「東条さんて、普段何してるんですか?」
「習い事くらいかしら。あなたたちと変わらないと思うけど」
「好きな芸能人っています?」
「ごめんなさい。テレビはあまり見ないから、芸能には疎いの」
「習い事って何してるんですか?」
「書道と茶道、生花、後は、合気道を少々」
何か、見合いっぽい会話だな。
「逆に聞いていいかしら? 川上さんは普段どういうことしてるの?」
「私? んーと、ブログ作ったり、芸能ニュース追いかけたりしてます。私、新聞部なんで勉強がてらなんですけどね。特にゴシップですけど……」
意外と真面目な回答だった。
「芸能ニュース……将来は記者にでもなりたいの?」
「できればですけどね。成績よくないと記者になれないとかよく言われますし」
「そこは自分のがんばり次第ね。柳瀬さんは?」
「私? ゲームしたり、動画見たり、基本ゴロゴロしてますよー」
「ゲームはどんなのが好きなの?」
「今は乙女ゲームかな。前は狩るやつしてたんですけど、飽きちゃって」
「私の母も、乙女ゲームとかいうのをよくしてるわ」
「えー、お母さんとかゲームするんですか? 東条さんは?」
「私はしないんだけど、母がね。しょっちゅう悲鳴を上げてるわ」
「悲鳴? どういうのかタイトル知ってます?」
「えっと、最近のだと、ヒロインがカキツバタアヤメとか言ってたような……」
「あー、それ知ってます。鬼ゲーですよ」
「ところで、私と話すのは敬語じゃなくていいわよ?」
「あ、ごめんなさい。逆におかしいよね。了解、了解!」
意外と盛り上がる三人の会話を目にして、感心した。
響って、話を引き出すのがうまい。これも頭がいいからなのか。
思わず感心して見物していると、響が俺に視線を送ってきた。
どうやら眺めている俺が気になったようだ。
「……何? どうしたの?」
「マジで川上らと気が合うかもな。お前のクラスのやつとも、こんな風にできるんじゃないのか?」
俺がそう言うと対面に座る川上らは喜んだ顔を見せた。
「ちょっ! 柳瀬、これチャンス」
「任せろ川上。敵の牙城に突っ込むわよ」
お前ら、声がでかい。
ところで、敵の牙城って使い方間違ってないか?
「クラスだと、用事以外は誰も話しかけてこないのよ」
「え、何それ。どういうこと?」
川上が食いついた。そして、響の班員にも目を向ける。
こいつらに詳しい話を聞きたいのだろうか。
武藤、佐々木の男子二人は、共通の話題がないからと言葉を濁す。
小早川、佐伯の女子二人は、他の子の目もあるからと顔を伏せた。
「えー、そうなんだ? 東条さん、こんなに話しやすいのにもったいない。そんなの東条さんが寂しいじゃない。私らは抜け駆け禁止があったからだけど、クラスメイトだったら言い訳できるじゃん」
川上が、そう言うと、響は小さく俯いた。
「……私の態度も問題があるみたいだから……」
「え? どんな?」
「……冷たいとか、言葉が厳しいって、言われたこともあるわ」
「えー、今日そういうの感じなかったけど? ねえ、柳瀬?」
「同意。どちらかというと、そっちの方がツンデレみたいで攻略し甲斐があるってのに」
こういう言葉を出すやつが、響のクラスにもいたなら響は孤立しなくてすんだだろう。
歯痒い思いがした。
響なら友達がたくさんできてもおかしくないと俺は思うからだ。
「じゃあ、友達は?」
その言葉を言われて、響がビクッと身体を揺すった。
「……クラスにはいないわ」
「えーと、木崎君はあれか。東条さんの好きな人だから、千葉君?」
「ええ、そうね。あとは同じ学校だと一年の愛里さんくらいかしら」
片手にも及ばない数に川上と柳瀬は、お互いにアイコンタクトを一つ取る。
「じゃあ、私達とも友達になろ?」
響に握手を求めるように手を伸ばしてそう言った。
「え?」
二人から差し出された手を見て、響は呆然とした。
「私らは、確かに東条さんに憧れてる。だけど、どっちかっていうと友達になりたい。だって、今日話してみて楽しかったんだもん」
「同意。柳瀬的にも近くで東条さんのデレが見たいと思った」
川上と柳瀬は本音で言ってるって気がした。
響は差し出された手を見てから、俺の顔をチラリと見た。
響に言ってやる答えは決まってる。
「さっさと握り返してやれよ。二人の手がプルプルし始めてるぞ?」
響はそっと手を伸ばして、川上と柳瀬の手を取った。
「――こちらこそ、よろしく」
照れ笑いを浮かべる響。
ほら見ろ。笑ったらお前超可愛いから。
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